第35話 甲子園 大阪編① 七回制の衝撃 ーー夏、連合の風
ようやく、夢の舞台ーー甲子園に立つ。
あの日、荒れたグラウンドで白球を追っていた自分が、
まさかこの場所に辿り着くなんて、誰が想像しただろう。
だけど、これは“終点”じゃない。
ここからが本当の勝負。
少子化でチームすら維持できない学校もある中で、
野球を続けられること、それだけで奇跡だ。
この試合が、“衰退した高校野球”に再び風を吹かせるきっかけになる。
そう信じて、オレはマウンドに立つ
ようやく待ち望んだ八月になった。
セミの鳴き声がじわりじわりと街に染み込み、
日差しも気温も容赦なく上がっていく。
今日はーー甲子園の組み合わせ抽選会。
「煌桜学園」のくじを引くのは、うちのキャプテン・ヒカル先輩だ。
結果は……大阪の三校連合チーム。
「連合チームって?」
横からヒロが首をかしげてきた。
「少子化の影響で、今は珍しくないらしいぞ。
違う学校のメンバーが集まってできたチームのことだ」
説明すると、ヒロは感心したようにうなずきーー
「大阪かぁ……たこ焼きとかお好み焼きとか、いっぱいあるよね。
タイチはどっち派?」
案の定、食べ物。ヨダレまで垂らしてるからハンカチを渡す。
この頃のヒロは、何でも食いもんにつなげる癖がある。
俺? お好み焼き派だ、ヒロ。
監督によれば、連合チームは昔からあったらしい。
学校の存続すら危ぶまれる時代、この舞台に立つことがどれだけ困難か。
彼らは現代高校野球の“現実”の象徴だ。
相手の構成は京国・なにわ・咲花の三校連合。
打撃力に自信あり。決勝映像では名門相手に9対0。
鳥肌ものの攻撃だった。
守備も、連合とは思えないほどの連携。
正直、厳しい戦いになる。
応援団や吹奏楽部、チアのメンバーも現地入りしていた。
人数は多くないが
これもしばらく甲子園に出ていなかったということで、学校が“特別に”出してくれたらしい。
「ありがたいな……」
思わず口に出していた。
この音や応援が、確かに力になる。
風みたいに背中を押してくれる。
監督はベンチの隅で、どこか懐かしそうに空を見上げていた。
「甲子園も盛り上がってはいるが……全盛期は、もっとすごかったんだ。
ーーまた見てみたいもんだな」
その表情に、長い年月を見てきた人だけが持つ哀しさが宿っていた。
そうだったのか……。
本当の“甲子園の熱”を、オレはまだ知らない。
いつか見てみたい。
もう一度、風が吹くその瞬間を。
他地区の試合を観戦した帰り道、
俺たちは“初戦の相手”とすれ違った。
「なぁ、あんたら初戦の相手やろ? 当日はお手柔らかによろしゅう頼むわ」
柔らかな大阪弁とともに差し出された手。
ヒカル先輩が笑顔で握手を返す。
「こちらこそ、よろしく頼むよ」
ドラマ以外で聞く本物の大阪弁に、俺は思わず目を丸くした。
するとショート先輩が悪ノリしてーー
「ねぇ〜〜大阪の人って、指でパーンてしたら倒れるってホント?」
指鉄砲を向ける。
……次の瞬間、相手選手がバタリ倒れる。
「えっ!?」
俺たちは全員で声を上げた。
「ぐぁーっ、やられたー……って、昔ならともかく今はそんな年寄りぐらいしかやらへんで。
つい反射してしもたけど、他の人にやったらあかんよ、君」
立ち上がった辻 隼人は、ニコリと笑う。
「……いや、反射て。あんた反射神経だけ令和やん!」
そう突っ込むのは、エースの切崎 陽。
「ほんま、大阪人ってだけで“性格悪そう”とか“胡散臭そう”とか思うの、やめてほしいわ」
辻選手が肩をすくめる。
「誰も言うてへんやろ! 自分でハードル上げてどないすんねん!」
「これ全部メディアの印象操作やねん。風評被害や」
「それ言いながらドヤ顔するな! 逆効果やっちゅうねん!」
そのやり取りは漫才みたいだった。
でも、最後にこう言われた。
「でもーー本番当日は負けへんで」
辻の笑みの奥にはーー少しだけ、怒りが滲んでいた。
“連合チーム”と見下されることへの悔しさ。
彼らはそれを、笑いの仮面で隠していたのかもしれない。
ーー試合当日。
空はどんよりと曇り、いつもより涼しい。
けれどその雲は、不穏な未来を暗示するかのように低く垂れ込めていた。
降る前に決める。
もし先に点を取られて大雨が来れば、七回制では巻き返しは絶望的だ。
先攻は俺たち。後攻は相手の連合チーム。
監督が組み直した打順は、俺が一番。
甲子園球場は、想像よりもずっと古びていた。
蔦の絡まる外壁、剥がれかけたコンクリート。
かつて国民的熱狂を誇った野球というスポーツの“衰退”を、
静かに物語っているようだった。
それでも、グラウンドに立つ瞬間。
観客のざわめきと熱気が、まるで巨大な生き物のように押し寄せてくる。
震える手。速くなる鼓動。
ーー怖い。いや、これは緊張だ。
「タイチ、後ろに俺がいるから大丈夫だよ。任せて」
不意にかけられた声。ヒロだった。
いつもの穏やかな笑顔。
そして、あの日の応援を思い出す。
(あの時ヒロが一番に声を出してくれたからオレは勇気をもらえたんだ)
胸の奥がじんわりと温かくなる。
ーー大丈夫。オレは一人じゃない
初球を見送る。
相手投手は速球派だが、球筋はやや荒い。
(よし……焦らず振らずに我慢できたぞ)
そう、“虎の巻”にも書かれていた。
焦りは禁物。勝負は“待つ勇気”で決まる。
焦らず、見極めてフォアボール。
一塁へ駆け出した瞬間、甲子園の歓声が耳を打つ。
ヒロの番だ。
一塁から見えるヒロは、普段の柔らかさを消していた。
そこに立つのは、鋭い視線で獲物を狙う猛獣。
ーー投手がオレを気にしてる。牽制球を投げたい顔だ。
監督からのサインは一言ー!“隙を突け、攻めろ”。
そしてーー来た。
投手の集中が一瞬だけ切れる。
ヒロのバットが唸った。
鋭い打球がレフトとセンターの間を裂いていく。
「ーーッ!」
俺は迷わず走った。
土を蹴り、風を切り、ただホームを目指して。
球場全体が揺れる。
観客席から、ベンチから、歓声が洪水のように押し寄せる。
相手チームも素早く中継。ボールがホームへ返る。
ーー間に合えッ!!
息が焼ける。視界が揺れる。
最後は足から勢いよくホームへ滑り込んだ。
審判の右腕が横に振られる。
「セーフ!」
その瞬間、甲子園の空気が爆ぜた。
俺は立ち上がり、拳を天へ突き上げる。
顔が熱い。興奮と歓喜が全身を駆け抜ける。
まずはーー1点。
七回制の短期決戦。初回先制は、勝利への絶対条件。
胸の奥で叫ぶ。
これが、オレたちの野球だ!
【大阪について】
かつて“大阪”は、誰もが恐れた“最強”の地であった。
選手層、資金力、環境。どれを取っても他を圧倒していた。
ーーだが、どんな強者も永遠ではない。
時は流れ、学校が減り、時代が変わる。
それでも、忘れるな。
“最強”という言葉は、過去形ではなく“心構え”のことだ。
勝ち続ける者とは、環境に恵まれた者ではない。
逆境の中でも、挑み続ける者を指す。
油断するな。
誇りを持て。
風が止んでも、風を起こせ。
ーー虎の巻より一部抜粋。
いよいよ、甲子園編が始まりました!
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