第34話 封印を越えて、風が吹く
今回の主役はーーレオとヒロ。
チームの中では少し異端で、どこか孤独を抱えた二人です。
自分を守るために「漆黒の獅子神」という設定を作ったレオ。
そして、体格だけで判断されてきたヒロ。
そんな二人が出会い、言葉を交わすことで、
初めて“自分を受け入れられる瞬間”を描きました。
俺の名前は、四宮玲央。煌桜学園一年、野球部所属。
……というのは“建前”だ。
本当の名はーー『漆黒の獅子神』。
右目には前世の相棒たる獄炎の魔獣が封印され、
両腕のリストバンドには魂を喰らう暗黒竜が眠る。
この“真眼の封印”を解けば、世界は終焉を迎えるはず。
ーーなんて話、もちろん全部ウソだ。
現実の俺はただの人間。
中学では存在感ゼロで、クラスメイトからは
「……あ、いたの?」
と、まるで風景の一部みたいに扱われていた。
高校デビューを夢見て、自分なりに「個性」を調べた結果が、これだ。
野球部に入ったのも、流行のサッカーではなく“あえて逆張り”。
人気のない野球という“逆風”に立ち向かう俺――
その構図が、なんとなく格好いいと思った。
最初はきつかった。だが、できなかったことが少しずつできるようになるたびに、
胸の奥から熱がこみ上げてくる。
ーーそうか。これが「楽しい」って感覚なのか。
控えとはいえセンターに選ばれ、
厳しすぎず、でも芯のある先輩たちに囲まれ、悪くない環境。
それでも、どこか満たされない。
屋上で弁当を食べて笑い合うような青春。
漫画の中にあるような「居場所」が、俺にはまだない気がしていた。
“漆黒の獅子神”ーーこの設定は俺の防具だった。
誰にも本音を悟られないように。
孤独をごまかすために張った結界。
だが、語るたびに痛感した。
俺は「特別」なんかじゃない。
むしろその設定こそが、自分を“異端”にしている。
ある昼休み、食堂で偶然、同級生の三輪と隣になった。
背が高く、どこか寡黙。正直、ちょっと怖いタイプ。
彼が俺のリストバンドを見て言った。
「それ、何の模様?」
ケルベロスだの暗黒竜だの、つい“漆黒の獅子神”設定をノリで語ってしまった。
……まずい。つい口が滑った。
ああ、また引かれる。
また距離を置かれるーーそう思った瞬間。
彼は、眉ひとつ動かさず笑った。
「へぇ、面白いな。もっと聞かせてくれよ。その“封印”っていつからなんだ?」
……え? バカにされない?
その声は低く、優しかった。
背の高さも、無口さも、もう怖くない。
この男は、“設定の奥にいる俺”を初めて見てくれた。
ーーこの人は、俺の“同士”だ。
ヒロのモノローグ
俺の名前は三輪道広。
野球部でサードを守っている。
昔から、俺は“でかい”だけの存在だった。
運動会ではリレーのアンカー。
部活では「体格いいから」と真っ先に前に出される。
でも、それだけ。
本当の俺を見ようとするやつは、誰もいなかった。
ーーでかいだけで、俺は何なんだ?
そんな疑念を抱えたまま入った煌桜で、
タイチたちに出会った。
あいつらは俺を「体格」じゃなく、「ヒロ」と呼んでくれた。
それが、なんか嬉しかった。
最近、同級生の四宮ーーレオと話すことが増えた。
彼は「漆黒の獅子神」なんて中二設定で、自分を守っている。
でも、見ていて分かる。
あれは“痛い”とか“変”なんかじゃない。
本当は、傷を見せたくないだけなんだ。
彼は、俺と同じだ。
外側ーー見た目ーーでしか見られない痛みに怯えてる。
レギュラーに選ばれても、不安を隠せない。
「俺でいいのか」「もっと相応しい奴がいるんじゃないか」
その迷いは、“自信”の問題じゃない。
自分を受け入れられるかの問題なんだ。
悩んだ末、俺はタイチとユーリに相談した。
談話室に集まり、三人でレオの話をする。
最初に口を開いたのはタイチだった。
「オレたちの野球は、誰かが欠けたら成り立たない。
お前がいるから風が吹くんだ」
ユーリも頷いた。
「完璧な人間なんていない。だからチームなんだよぅ。
ミスしたら、誰かがカバーすればいいんだよ」
その言葉に、レオの肩がわずかに震えた。
俺はまっすぐ目を見て言った。
「レオ。誰も“漆黒の獅子神”のことなんて気にしてない。
みんなが見てるのは、全力でフライを追う“今の四宮玲央”だ」
その瞬間、彼の瞳が揺れた。
「……本当に感謝だな、一条」
低く、素の声が漏れる。
タイチが笑う。
「いや、名前でいいよ。代わりに、オレも“レオ”って呼んでいいか?」
驚いたように、レオが少し笑った。
「フッ、好きに呼ぶといい。
なら我は間を取ってーータイチ氏と呼ぼう。
他の二人も、ユーリ氏、ヒロ氏で良いかな?」
いつもの“漆黒の獅子神モード”に戻るレオ。
それが、照れ隠しだと分かって、思わず俺たちは吹き出した。
笑い声が談話室に響く。その瞬間、新しい風が窓から入ってきた。
談話室で。
俺が勉強をしていると、タイチが急に顔を上げた。
「なぁ、レオ。……その“獅子神”の話、もっと聞きたい」
不意打ちだった。
手がピタリと止まる。
「え、えっと……その、だな……」
肩をこわばらせ、視線が泳ぐ。
今まで誰も、本気で続きを聞こうとしたことがなかったのだ。
「……こ、今度……時間がある時に、だな……」
思わず目をそらしてしまった。
ユーリがそっとつぶやく。
「……困惑してるよぅ」
ヒロは口の端をゆるめ、手にしていたサンドイッチをもぐもぐ。
「なんか知らないが、まあ、これで一件落着だな」
「無理やり締めないでよぅ!」
ユーリの抗議が談話室に響く。
笑い声が重なり、窓から風が吹き抜けた。
“漆黒の獅子神”も、今はただの少年の姿だった。




