第5話 衝突の予感
合格から数週間ーーついに春。
入学式を終えたタイチは、胸に“風”を抱きながら新しい学園へ。
しかし、そこで待っていたのは思いがけない“衝突”だった。
入学式を終えるや否や、オレは教室を飛び出した。
胸の鼓動が早い。
早くーーグラウンドを見たい。早く、仲間と白球を追いかけたい。
その一心で廊下を駆け抜ける途中、壁に貼られた一枚のポスターが目に留まった。
「野球部員募集」
角はめくれ、テープの跡が黄ばんでいる。
日焼けで色褪せたその文字は、まるで“時代に取り残された声”のようだった。
隣のサッカー部や軽音部のポスターは新しいのに、この一枚だけが、校舎の片隅で静かに息を潜めている。
オレは足を止め、そっと指先で触れた。ざらついた紙の感触が、不思議と懐かしかった。
(合格のとき、監督が言ってた“厳しい現実”って、これか……)
一瞬、胸の奥が冷たくなった。
けれど、同時にーーその冷たさの中で、小さな炎が灯る。
(だったら、変えればいい)
この色褪せたポスターごと、風で塗り替えてやる。
たとえ逆風でも構わない。
ここからもう一度、“風”を吹かせてみせる。
そう決意し走り出したーーその瞬間。
ドンッ。
「うわっ!」
角の向こうから勢いよくぶつかってきた影。
反射的に体をのけぞらせると、低い声が落ちた。
「いってーな。前、見ろよ。……アホ」
オールバックに着崩した制服。
黒いサングラス越しの瞳が、ギラリと光る。
その男は一瞥だけくれて、踵を返し、風のように廊下を去っていった。
(……なんだ、今の人)
ただのすれ違いなのに、心の奥がざわつく。
まるで「お前の立つ場所はここじゃない」と、突き放されたようで。
オレは胸ポケットの“虎の巻”を握りしめた。
あの日、じいちゃんが残した声が風のように蘇る。
ーー「諦めるな。風は必ず吹く」。
その言葉を胸に刻みながら、寮へ向かう足を踏み出す。
重いようで、どこか軽やかだった。
どんな仲間が待っているのか。どんな先輩たちがいるのか。怖さよりも、胸の高鳴りのほうが勝っていた。
グラウンドの土の匂い。
ボールの縫い目の感触。
仲間の声と笑い。
きっと、ここから始まる。オレたちの“煌桜”が。
窓から差し込む午後の日差しが、廊下の床を照らす。その光の中で、オレは小さく笑った。
(どんなチームでもいい。オレは、この場所で風を起こすんだ)
春の風がふっと吹いた。
その風が、ほんの少しだけ、未来の匂いを運んできた気がした。
春の出会いは、いつだって突然に。
タイチがぶつかった謎の男は一体ーー?
そして、これから出会う“仲間たち”とはどんな人物なのか。




