第32話 眩しきセンター、風を読む者
甲子園ルール変更の衝撃が冷めやらぬ中、
謎の男・四宮 玲央がチームに加わった。
その挑戦的な態度に、四番・ヒロが火をつけられる。
「センター勝負」ーー
それはただの遊びじゃない。
仲間としての信頼と、“光”を掴むための闘いが、いま始まる。
前回までのあらすじーー
甲子園の試合が、まさかの“9回から7回制”に変更されるという波乱のニュース!
そしてチームには、眼帯をつけた謎の男・四宮が突如参戦。
俊足自慢の彼は、四番・ヒロに「センター勝負」を挑んできたーー!?
「何か面白そうな話が聞こえたね〜」
背後から、いつの間にかショート先輩が笑顔で登場。
その顔は、面白がる子どものようにきらきらと輝いている。
「あっ、ショート先輩。バームクーヘンいりますか?」
ヒロが、ポケットから個包装のバームクーヘンをひょいっと取り出した。
「おお、これ有名なやつじゃないか。センスあるね、ヒロ君。ありがたくいただこうか」
「またどっかから出してるよぅ……ヒロのポケットどうなってるの?」
ユーリが呆れ半分でのぞき込む。
「ふっ、深淵だ」
「いや怖いわ!」
オレはすかさずツッコミを入れた。
「いや本当に無限に出てくるな、そのポケット……」
呆れながらヒロを見つめるとヒロはこう答えた。
「非常食だ、タイチ。備えあれば憂いなし」
オレの発言にニヤリと笑うヒロ。
「お前の備え方向、絶対ずれてるって!」
そんなやり取りにショート先輩がふっと笑う。
「ふふ、いいねぇ。こういう空気のチーム、嫌いじゃないよ」
空気が少し和み、
それまで張りつめていた練習前の空気がやわらいだ。
「せっかくだし、勝負してみなよ。面白そうじゃん」
軽い調子で言いながらも、その目は真剣。
先輩の言葉に、場の空気がピリッと引き締まる。
センター。
外野のど真ん中。
ホームから最も遠く、ファールゾーンにも守られない孤高のポジション。
レフトとライトのカバーリング、広大な守備範囲、走力と判断力ーー
そのすべてが試される“外野守備の要”だ。
俊足の四宮にとっては最適。
ただしーー打球を取り損ねる癖さえなければ、の話。
眼帯? あれは練習中は外しているらしい。つまり言い訳はできない。
四宮の提案した勝負はシンプルだ。
「センターに飛んだ打球を、どちらが早く処理できるか」
空は快晴。
陽射しが痛いほどの午後。
場所をグラウンドへ移し、ショート先輩がノックバットを構える。
「じゃあ、まずはヒロ君から!」
乾いた金属音。
打球が鋭い弧を描いて空へ消える。
ヒロは一瞬でスタートを切った。
筋肉が爆ぜるような加速。地を蹴るたび、砂が舞う。
落下点を読み切り、グラブを伸ばすーー
パシッ。
そのまま体を反転、一塁へ矢のような送球。
「ナイスキャッチ!」
ショート先輩の声が響く。
その俊敏さに、レオの口元がかすかに歪んだ。
まるで獲物を見つけた獣のように。
(さぁ……次は俺の番だ)
ショート先輩が軽やかにノックを放つ。
白球が青空を切り裂き、センターの高みへーー。
四宮は疾風のように駆ける。
足の速さは折り紙付き、誰もが「捕れる」と確信した。
だが。
ドスッ。
乾いた音がグラウンドに響いた。
グラブをすり抜けた白球が、土を跳ねて転がっていく。
四宮は俯いたまま立ち尽くす。
その拳は震え、悔しさが滲んでいた。
(……おかしい)
(四宮は足の速さならヒロより上。落下地点に着くのも一瞬だった。なのに、なぜ捕れなかった?)
胸の奥に、小さな違和感が残った。
ーー何か原因があるはずだ。
「四宮が捕れないのは……日差しのせいじゃねぇか?」
低く響く声。
振り返ると、リュウジ先輩がグラウンドへ歩み出てきた。
真上の太陽が、まるで意地悪な敵のように照りつけている。
確かに正午のセンターは、光の直撃を受ける。
俺の頭に、じいちゃん直伝の『センター虎の巻』がよぎった。
ーーセンターは常に太陽と勝負するポジション。
ーー視界を守ることが、守備の第一歩だ。
「野球専用サングラス、バイザー、アイブラック……色々あるけどな」
リュウジ先輩は自分のサングラスを外し、ひょいと掲げる。
「合うかわかんねぇけど、試してみろ」
「……かたじけない、先輩」
四宮は目を細め、静かに礼を言った。
もう一度ショート先輩がノックした。
白球が眩しい空を舞い、センターの高みへ。
四宮はスタートを切る。
足音が風と一体化し、砂煙を上げながら加速していく。
黒いレンズの奥、その瞳が真っすぐ白球を捉える。
ーー太陽は、もう敵じゃない。
パスッ。
完璧な捕球。
「うおおおおっしゃあああああ!!」
拳を高く突き上げ、四宮が叫んだ。
普段の神妙な態度からは想像もつかない大声だった。
グラブを掲げ、太陽に向かって笑うその姿は、まるで少年みたいで。
ベンチの誰もが思わず拍手していた。
リュウジ先輩も口元を緩め、満足げにうなずいた。
「……悪くねぇ。視界が変わると、世界も変わるだろ」
四宮はサングラスの奥で笑みを浮かべた。
「これが……“光”を制する感覚か」
俺も気になってセンターに立ってみた。
……眩しい。思わず目を細める。
正午の太陽は、皮膚どころか心まで焦がすように熱い。
四宮に聞くと、最近は視力の低下にも悩まされていたらしい。
日常生活では問題なくても、野球の激しい動きには堪えるという。
サングラスを返そうとする四宮に、リュウジ先輩は軽く手を振った。
「予備がある。やるよ。その代わり、練習サボんなよ」
四宮は深く頭を下げた。
その背を見つめながら、俺はポケットから「センター虎の巻」を取り出す。
「これ、じいちゃんからの秘伝書。役に立つはずだ」
四宮は驚いたように俺を見つめ、しばし沈黙。
「どうして……クラスも違うし、チームでも他人みたいなのに」
嬉しさと戸惑いが混じった、不器用な表情。
「仲間が困ってたら助ける。当たり前だろ」
その言葉に、四宮は小さく俯きーー
「……感謝する、一条」
そう呟くと、風のように去っていった。
眩しい太陽の下、白球がひときわ強くきらめいた。
それは、夏の幕開けを告げる光のように感じられた。
今回のテーマは「光」と「再生」。
四宮が太陽の下で掴んだ白球は、
ただのキャッチボールではなく――
彼自身が“野球を取り戻した瞬間”でもありました。
そして、タイチの「じいちゃんの虎の巻」が再び登場。
亡き人の教えが、次の仲間へと受け継がれる流れは
“風のバトン”のようでもあります




