第29話 監督の部屋で見た「伝説」
地区大会で優勝した翌日。
歓声の余韻がまだ校庭に残るなかで、オレは監督から「話がある」と呼び出された。
胸の奥がざわついていた。
まさかその日、じいちゃんの“伝説”に触れることになるなんてーー
この時のオレは、まだ知らなかったんだ。
地区大会で優勝した翌日。
監督から「個人的な話があるから来い」と言われて、オレは職員室の奥にある部屋の前に立っていた。
一体、何の話なんだろう。
夏なのに冷や汗が止まらず、手が少し震えていた。
ノックをすると、中から「入れ」と声がする。
扉を開けるとーーいつもより重く感じた。
監督は椅子に座り、机の上で肘をついていた。
部屋に入るなり、オレの顔を見るなり、ふっと笑う。
「なんだ、そんなに緊張してるのか。そうかしこまるな、タイチ」
声の響きに、少し肩の力が抜けた。
「いや、いきなり個人的に呼ばれたら緊張しますよ、監督」
そう返すと、監督は少しばつが悪そうに笑った。
「はは、それもそうだな。……悪かったな」
軽く咳払いをして、真面目な声に戻る。
「今日お前を呼んだのは、見せたいものがあったからだ。とりあえず座れ」
見せたいものーー?
監督は机の引き出しから、1枚のディスクを取り出してオレに見せた。
「ここにはアイツの……大虎さんの現役時代の映像が入っている」
「……じいちゃんの、現役時代……!?」
思考が追いつかない。
次の瞬間、オレはソファから立ち上がっていた。
「監督!! どういうことですか!? どうして監督が!? ……いや、それより、見せてください!」
矢継ぎ早に質問をぶつけるオレに、監督は苦笑しながら両手を上げた。
「勢いがすごいな……! まあ、アレだ。――ファンだったんだよ。同士であり、憧れだったんだ」
頬をかきながら照れくさそうに言う。
けれど、その目は確かに光っていた。
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ーーじいちゃん。
胸の奥で鼓動が早まる。
見たい。
もう一度、あの人の“風”を見てみたい。
「そんな慌てるな。今かけてやるから」
監督がディスクを機器に差し込む。
円盤が静かに回り始め、テレビ画面が光を放つ。
そこに映ったのはーー若かりし頃のじいちゃんだった。
端正な顔立ち。長身で、分厚い体。
他の選手の中でも、ひときわ目を引く存在感。
瞬きすら忘れて、オレは画面に見入っていた。
(──一条選手、本日初のホームラン! これで今大会5本目! また記録を塗り替えるか!)
実況アナウンスが響く。
じいちゃんが悠々とダイヤモンドを駆け抜ける。
その姿を見た瞬間――頬を伝うものがあった。
「おい、大丈夫か?」
監督が心配そうに覗き込む。
「すみません……まさか、こうしてじいちゃんの姿を見られるなんて思わなくて。ありがとうございます」
オレが頭を下げると、監督は静かに言った。
「アイツは当時、野球界の記録をいくつも塗り替えた“伝説の男”だったんだ。……知らなかったのか?」
「……伝説の、男……?」
言葉が出てこない。
じいちゃんが、そんなすごい選手だったなんて。
「そうか。そこまでは聞いてなかったか」
監督の表情に、少しだけ影が落ちる。
「お前にアイツが話さなかったのは、血筋じゃなく“お前自身”を見てほしかったからだろうな」
その言葉に、胸が熱くなる。
もし幼い頃に“伝説の孫”だと知っていたら、きっと自慢して天狗になっていた。
じいちゃんはそれをわかっていた。
だから、言わなかった――オレを守るために。
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涙を拭いながら、オレは拳を握った。
胸の奥から、熱が湧き上がる。
「オレ、じいちゃんを超える選手になりたいです」
気づいたら、言葉が出ていた。
憧れが、目標に変わる瞬間だった。
監督は少し間をおいて、にやりと笑う。
「よし、それなら──試合に勝つたびに、アイツの映像を見せてやる」
挑発するような口調。
でも、そこには確かな期待が込められていた。
「上等です。全部見せてもらいます!」
オレも負けじと笑い返す。
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窓の外では、夏の風が校庭を渡っていた。
甲子園の幕開けが近い。
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【あとがき】
「風は、形を変えて受け継がれる」
監督が見せてくれたのは、ただの映像じゃなかった。
あれは“想い”を託す約束の証だったんだと思う。
試合に勝つたび、映像を一つずつ。
それはきっと、じいちゃんの過去を追いかけながら、
オレ自身が“未来の風”を探していく物語になる。
ーーいつか、その映像の続きをこの目で見る時が来るかもしれない。
その時、胸を張って言いたい。
「オレは、ちゃんと受け継ぎました」って。




