第27話 甲子園出場!夜のご馳走編
長かった地区大会が終わり、ついにーー甲子園出場。
喜びと安堵に包まれた夜、
煌桜の仲間たちは、ほんの少しだけ肩の力を抜いて笑い合う。
今回は、そんな“勝利の夜”のひと幕。
緊張も涙も全部忘れて、笑顔でいっぱいの時間をーー
試合が終わった帰り道。
オレたちを乗せたバスは、夜のハイウェイを走っていた。
窓の外、流れる街の灯。
ぐうぐう寝息を立てるチームメイトたち。
ーーでもオレだけは眠れなかった。
まだ胸の奥が、あの興奮の熱でざわついていた。
煌桜学園に戻ると、正面玄関にでっかい垂れ幕。
(あれ? 思ったより小さいな……)
以前、サッカー部が全国を決めた時の、校舎を覆うような巨大な横断幕と比べれば、そのサイズは控えめだった。
だけど、確かにそこにあった。
「甲子園出場決定おめでとう!!」
……うわ、マジか。
その文字を見た瞬間、笑いがこぼれる。
小さくても、確かに自分たちに向けられた祝福だ。
その事実だけで、胸の奥がじんわりと温かくなった。
あぁ、オレたち、本当にやったんだな。
きっと誰も気づかないくらいの風かもしれない。
でも、たしかに今ーー風が、吹きはじめている。
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報告は主将のヒカル先輩がビシッと決めた。
そのまま寮の食堂へ直行すると、テーブルいっぱいにご馳走が並んでいた。
「うおっ、これ全部オレらのために!?」
テンション爆上がりの部員たち。
その中でーー
「タイチ、俺もう食ってる」
声のほうを振り向くと、料理の山の陰からヒロが顔を出した。
口いっぱいに詰め込んで、もぐもぐ咀嚼している。
「えっ!? いつの間に!!?」
「うわぁぁ!! ヒロがリスみたいになってるよぅ!!」
ユーリが目を丸くして叫ぶ。
「美味い、最高」
ヒロは親指を立て、もぐもぐ続行。
「おい、早くしないとヒロのやつが全部食うぞ!」
リュウジ先輩が笑いながら箸を取る。
「あはは〜♡ いつにもましてすごいね、ヒロ君」
ショート先輩が肩をすくめる。
「まったく……」
ヒカル先輩は苦笑いしつつも、どこか優しい表情だった。
試合の緊張が嘘みたいに、空気がやわらかくなる。
勝利の余韻と、仲間の笑い声。
そしてーー
「よくやったな、タイチ」
声の方を振り向くと、監督ーー源さんが立っていた。
「あっ……監督。お疲れ様です」
「勝利の感想はどうだ?」
少し考えてから、オレは言葉を選んだ。
「……“チーム”って、こういうことなのかなって。
みんなと一緒に野球できて、監督のおかげだと思ってます」
監督の口元が、わずかに緩む。
「……照れるだろ、タイチ。褒めても何も出ないぞ」
そう言いつつ、頬をかく仕草がどこか照れくさそうで。
「それでも。ありがとうございます」
オレは頭を下げた。
監督は静かに頷き、グラスを掲げる。
「じゃあ……乾杯といこうか」
「はい!」
グラスが軽く触れ合い、カランと澄んだ音が響く。
その音は、どんな歓声よりも心地よかった。
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「タイチーっ! 助けてよぅ!! ヒロが食べまくってるよぅ!!」
食卓の向こうから、ユーリの悲鳴。
見れば、ヒロが皿を抱えて全力で食べていた。
「ったく、ヒロは……! 今行くから!」
思わず笑いながら立ち上がる。
その瞬間、食堂の窓から夜風が吹き抜けた。
頬を撫でたその風が、まるで「よくやった」と言ってくれている気がした。
ーーあの日の風は、まだ止んでいない。
夜が更け、布団に倒れ込んだ瞬間、意識が途切れた。
夢の中でも、オレたちは白球を追いかけていた。
戦いのあとの食堂は、まるで家族の食卓みたいだった。
ヒロのもぐもぐ、ユーリのツッコミ、
そして先輩たちの穏やかな笑顔。
このチームの“風”は、やっぱりあたたかい。
そんな夜があるから、また次の試合も頑張れる。
ーー次回、「変わる夏、変わる野球」。
笑顔のあとに待つ、新しいルールと新しい風。




