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「◎すいたい」衰退しちゃった高校野球。堕ちた名門野球部を甲子園まで  作者: 末次 緋夏
タイチ始まりの章

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第4話 風、再び


長く厳しかった冬が終わり、季節は春へ。

努力のすべてを胸に、タイチは“新しい野球の世界”へ踏み出す。

それは、もう誰にも頼らず、自分の足で掴んだ一歩だった。



 厳しかった冬が、ようやく終わりを告げた。

街のあちこちに、淡いピンクが混じり始める。

電線に止まった雀の声。アスファルトの上を転がる花びら。

どれもが、春の訪れを告げていた。


 

 掲示板の前は、朝からざわめきに包まれている。

制服姿の中学生たちが群がり、歓声とため息が入り混じる。

手のひらの汗が、じっとりと名簿をにじませた。

心臓が、太鼓みたいに鳴っている。

一文字ずつ目で追うたびに、世界の音が遠ざかっていった。


 

ーーあった。


そこに、オレの番号があった。


一瞬、頭が真っ白になる。

それから胸の奥で、何かが弾けた。


 

「……あった。オレの、番号……! あったぁぁぁっ!!」


 

声が勝手に出た。体が勝手に動いた。

こぶしを突き上げ、何度も空に向かって叫んでいた。


「やった……! やった、やったぁぁぁぁぁぁーー!!!」


 

涙があふれて止まらなかった。

笑って、泣いて、また笑って、息が詰まるほどに笑った。

指先が震える。寒さのせいじゃない。

胸の奥にずっと押し込めていた想いが、風に変わって吹き抜けていく。


 「やったな、タイチ!」


声の主は源さんだった。

少し離れた場所から見ていたらしく、口元にはあのぶっきらぼうな笑み。

オレの肩をどん、と叩いた。


「はいっ! ありがとうございます!」

涙声のまま返す。

心の奥が熱すぎて、もう笑うしかなかった。


 

オレはこの春から、私立・煌桜学園に通う。

かつて“野球の名門”と呼ばれた学校。

今では、“野球部がある進学校”と呼ばれている。

だけどそんな呼び名なんて、どうでもいい。


グラウンドがあって、ボールを投げられる場所がある。

それだけで、十分だ。


(オレはーー野球がしたい)


 

土の匂いが恋しかった。

汗のしぶきも、声を張り上げる瞬間も。

あの風の中で、もう一度ボールを投げたかった。


 

「これからが本番だぞ、タイチ」

源さんの声が、春風の中で響いた。


「実はな、タイチ。話してなかったがーー

 訳あって、野球部のメンバーはギリギリだ。正直、厳しいぞ」


監督の声は穏やかだけど、どこか試すような響きを持っていた。


「だが、今いるメンバーには“熱”がある。

 設備も古いし、グラウンドも荒れてる。

 それでも、あいつらは本気で野球を続けてる。

 ……その覚悟、お前にもあるか?」


 

校門の先、丘の向こうに見えるグラウンド。

ネットにはところどころ穴が空き、外野の芝には雑草が混じっている。

かつて名門だった面影は、もう薄い。

でも、その“傷跡”が不思議とオレの胸を熱くさせた。


陽に焼けたバックネットの影が、土の上に長く伸びている。

風が吹くたび、金属音が小さく鳴った。

その響きが、まるで眠っていた野球の鼓動みたいに聞こえた。


 

問われた瞬間、迷いはなかった。

「オレが風を吹かせてみせます!!」


声が、勝手に飛び出した。

自分でも驚くほど、まっすぐで、力強い声だった。


源さんは少しだけ空を見上げて、穏やかに笑う。


「……風、気持ちいいな」

「はい。すごく、気持ちいいです」


 

「風はな……想いがある場所にしか吹かねぇ。

 だからお前が行け。もう一度、あのグラウンドへ」


その言葉が、まっすぐ胸に刺さった。

心が、静かに燃える音がした。


「……はい! 絶対、吹かせてみせます!!」


オレは笑っていた。

それと同時に、胸の奥で何かが小さく弾けた。


逃げたくない。

どんな相手でも、この手でーー風を掴んでみせる。


桜の花びらが舞った。

ひとひらが、まるで未来への合図のように、オレの肩にそっと落ちた。


 

そしてオレは、グラウンドの方へと歩き出す。

まだ誰もいない春のフィールド。

土の匂い。陽のぬくもり。

指先で感じる、あの懐かしい風の感触。


もう一度、始めよう。


この場所から。

この風の中で。


 

ーー風は、まだ吹いている。


 

冬を越え、タイチは新しい風を掴んだ。

氷のように止まっていた時代が、

少年たちの手で再び動き出す。


次回ーー新たな仲間、そして嵐の予感!?


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