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「◎すいたい」衰退しちゃった高校野球。堕ちた名門野球部を甲子園まで  作者: 末次 緋夏
地区大会編

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第25話 地区大会決勝③ 風がつながる

静かな朝だった。

 蝉の声も、まだ遠い。

 でも、胸の奥では確かに風がざわついていた。


 去年の夏に止まった“風”を、もう一度動かしたい。

 リュウジ先輩はまだ迷っていた。

 ヒカル先輩も、ユーリも、そしてオレも。

 それぞれの胸の中で、何かが少しずつ動き出していた。


 朱雀戦を越えて、今度は冥月との決勝。

 かつて先輩たちが敗れ、止まってしまったその場所に――

 もう一度、新しい風を吹かせるために。


 オレたちは、同じ空を見上げていた。





二回表の守備。

 ベンチの監督が、ヒカル先輩へ「敬遠」のサインを送った。


 けれど――リュウジ先輩は、静かに首を横に振る。

 ヒカル先輩は短く息をのみ、ミットを構えた。

 ストライクかボールか、ぎりぎりを攻める位置。


 相手打者には見えないはずなのに、リュウジ先輩の放った球を――迷いなく捉えた。


 打球が、稲妻のような音を残して観客席へ。


 「……マジかよ」

 球場にざわめきが走る。


 監督が再びサインを出した。

 (守備範囲を広げろ。長打に備えろ)


 それでもリュウジ先輩は、頷かない。

 ――勝負する。

 同じ投手だから分かる。

 先輩は、最初から逃げる気なんて持っていない。


 相手打者の体格なら、長打どころかホームランだってあり得る。

 俺は息を整え、いつでも飛び出せるよう全神経を研ぎ澄ませた。


 そして――渾身の一球。


 相手は迷いのないスイングで迎え撃つ。

 音が鳴った瞬間、白球はレフト方向へ一直線――。


(来る!)


 捕れるか? 間に合うか?


(間に合え……間に合え!!)


 呼吸が切れ、視界が狭まる。

 一か八か――ダイビング。


 地面へ飛び込む。

 衝撃。土の匂い。

 次の瞬間、球場全体が爆発したような歓声に包まれた。


 グローブの中。

 確かに、白球。


「……取った」


 思わず頬がゆるむ。

 よかった。チームの力になれた。

 頭の中は、それだけでいっぱいだった。


 この回、リュウジ先輩は残り二人をきっちり抑え、無失点でベンチへ。



---


 戻ると、仲間たちが一斉に駆け寄ってきた。

 ヒカル先輩が俺の手をしっかり握り――


「よく捕ってくれたね、タイチ君。本当にありがとう」


 リュウジ先輩も、いつものぶっきらぼうな笑みを浮かべながら。


「……まあ、サンキューな」


 胸の奥が熱くなる。

 あの場面でアウトにできた。ただそれだけが、嬉しかった。



---


 その後は、一歩も譲らない投手戦。

 スコアは3―0。

 リードしているとはいえ、油断なんてできない。

 3点差なんて、流れひとつで簡単に消える。


 ショート先輩が華麗にゴロをさばき、一塁へ送球して一死。

 あと二つ――そう思った矢先だった。


 カキン、と乾いた音。

 打球は一塁線を抜け、ランナーが滑り込む。

 シングルヒット。


 ……嫌な予感が背中を走る。

 監督がすぐさまタイムを要求。

 マウンドに俺たちが集まった。


「どうする? 打たせて取るか?」

「でも長打を浴びたら――」


 重い空気の中、突然。


「……あの」


 小さく手を挙げたのは、ユーリだった。


「もし次、同じ方向に打たれたら――僕とショート先輩で、ダブルプレーを狙います」


 全員が息を呑む。

 普段なら一番おとなしいはずのユーリが、まっすぐな目で言い切った。


 「……! ユーリ君……君は……」

 ショート先輩は目を丸くしたが、すぐににやりと笑う。


「いいね。それ、やろう」


 その笑顔に、俺たちも頷いた。

 信じるしかない。



---


 再び守備位置へ散る。

 打席に立つのは、これまで何度も球を当ててきた強打者。


 リュウジ先輩が力強く投げ込む。


 カキン――!

 打球はマウンド付近にワンバウンドし、そのまま頭上を越えていく。


(来た!)


 二遊間。

 その一瞬の動きは、まるで呼吸を合わせたようだった。


 ユーリが体をひねり、背面でグラブを差し出す。

 そのまま二塁ベース付近のショート先輩へ、軽やかにトス。


 ショート先輩は走り込むランナーを冷静にタッチアウト――からの、矢のような送球。


 一塁ベースが音を立てる。

 ――ダブルプレー成立。


 あまりの自然さに、頭が追いつかない。

 だが次の瞬間、胸が熱くなる。


「ダブルプレーだ……! 4―6―3!!」


 気づけばレフトから叫んでいた。


「うわあぁぁぁぁ!!」



---


 ショート先輩は目尻をぬぐった。

 ……ユーリの言った通りだった。


 マウンドへ駆け寄ると、ユーリは汗をぬぐいながら少しだけ照れくさそうに笑う。


 後で聞いた話だ。


「次の打者は、ここまでリュウジ先輩方向にばかり打っていました。だから――連携すればいけると思ったんです」


 いつも弱気なユーリとはまるで別人。

 ショート先輩が肩をすくめる。


「ユーリ君、基礎がしっかりしてたからね。前から連携練習してたんだ。練習試合でお兄さんと再会してから、さらに燃えてたし」


 そして、さらりと爆弾発言。


「この動き、タイチ君のおじいさんの“虎の巻”にも載ってたらしいよ」


 その言葉に、監督の話が頭をよぎる。

 ――野球の衰退で失われた数々の技術。

 指導者不足で、昔ながらのプレーを伝えられる人も減った。


 まさか、そのひとつをユーリたちが再現するなんて。


 観客席は一瞬、何が起きたのか理解できずどよめいた。

 だがすぐに轟くような大歓声。


 まるで忍者のような連携プレー。

 球場は再び、最高潮に包まれる。



  その後はお互いに無失点。



 そしてーー運命の9回が、静かに幕を開けようとしていた。






この一瞬、確かに「風」は吹いた。

 それはリュウジが信じた勇気であり、ユーリが見せた覚悟であり、

 タイチが掴み取った“繋ぐ一球”だった。






---



【ダブルプレイ】

二つのアウトを、一つの風で奪え。

  それができる者は、“風の守備人”だ』

          ――一条 大虎

それは、守備の“奇跡”であり、“芸術”だ。

野球を知らない人にとっては「二人アウトにするだけ」かもしれない。

けれど、グラウンドでそれを決めるのは、まるで時間を止めるような瞬間だ。

ボールが内野に転がる。

一瞬で判断しなきゃならないーーどの塁を踏む? 誰に投げる? 走者はどこまで来てる?

考える暇なんてない。

体と心が同時に“風”を読む。


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