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「◎すいたい」衰退しちゃった高校野球。堕ちた名門野球部を甲子園まで  作者: 末次 緋夏
地区大会編

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第23話 地区大会決勝編① 止まった風


去年、決勝で敗れてから一年。

あの日の悔しさを胸に、煌桜こうおうは再び決勝の舞台へ。

けれどそこに立っていたのは、“かつての仲間”。

止まっていた風が、再び吹きはじめる――。





 目を開けると、窓の外は雲ひとつない青。


 まだ早朝の空気はひんやりしていて、絶好の試合日和になりそうだ。


 いつものルーティンを終え、軽めの朝食を済ませ、バスに乗り込む。


「流石に緊張してきたよー、助けてータイチ」



「泣いてないじゃん」



「泣いたら負けって顔に書いてあるでしょ」


 相変わらずのユーリに苦笑しながらも、

 オレたちはいつもより少し早く球場へ向かった。





 神宮球場。

 かつて“聖地”と呼ばれたその場所には、今も変わらぬ風が吹いていた。

 観客席は昔より少ないけれど、それでも確かに息づいている。


 ウォーミングアップを終えたあと、ベンチ前で整列。

 相手チームが歩み寄ってくる。

 その先頭に立っていたのは、見覚えのあるシルエットだった。



「……久しぶりだな。ヒカル、ショート、……リュウジ」



 ツーブロックに整えた短髪、落ち着いた眼差し。

 それだけで、空気が一瞬にして張り詰めた。


 ヒカル先輩の肩が小さく震える。



「……っ、お久しぶりです、先輩」



 二人が静かに握手を交わす。

 ショート先輩もリュウジ先輩も、言葉が出てこない。

 その場の風がぴんと張りつめた。



(……空気、重い)


 

 オレは息をのんだ。


 そこへ、背後から明るい声。



「なんばしよるとね、あんたら! せっかくの決勝たい、笑顔でいかんか!」



 快活な笑い声。

 福岡訛りの強い声が、重くなりかけた空気をあっという間に変えた。

 冥月のエースーー稲川  ミノル



「ミノル、ほんとお前は変わらんな……」



 サトシが苦笑を浮かべる。


 その一言で、ようやく場がやわらぐ。



「ねぇ九州のどこ!? 福岡? それとも宮崎!?」



 ヒロが食いつくように聞く。



「福岡たい。美味かもん、沢山あると!」



「うわっ、いいな! オレも行きたい!」

 


「お前ら、試合前に旅行の話すんな!」


 オレのツッコミに笑いが広がる。

 硬かった空気がようやくやわらいだ。


 その様子を見て、サトシ選手が静かに呟いた。



「……勝ちに行くよ、今日は」



 短く、それでも真っすぐな声だった。

 どこかぎこちなさを残しながらも、確かな覚悟を感じた。





 試合前の円陣。

 ヒカル先輩が声を張る。



「今日の相手は、去年僕たちが負けた西陵に勝ったチームだ。……厳しい戦いになる。でも楽しむ気持ちを忘れるな!」


 その言葉に応えるように、全員が声を上げた。

 砂を握る手に熱が宿る。




(行こう。勝ちに!)



オレは帽子のつばを握りしめた。




 試合開始。

 先攻は冥月学院、後攻はオレたち煌桜学園。


 リュウジ先輩の左腕がしなる。

 

 

 低めギリギリを突くストレート。


 観客席から息を呑む音が伝わる。


 三番打者、海城悟が打席に立った。


 背番号6。

 ツーブロックの髪が風に揺れる。



(あれが……サトシ先輩か)


 グラウンドの空気が一瞬で変わった。


 リュウジ先輩の目つきも、明らかに違う。






ーー僕は捕手の立場からサトシ先輩を見ていた。


 髪型もそうだけど、一番違うのは見た目


 あの頃より一回り大きくなった身体。



  きっと、サトシ先輩は打ってくる。


  そう、思って神経を集中させていた。


 

 だけど、かつて“気合を入れるとき必ずバットをヒュンと回した”という癖は見られない。


 

(……先輩、何か迷ってるのか?)



 その一球目ーー外角高め、空振り。

 わずかに体が遅れていた。


 二球目、ファウル。

 三球目、変化球。サトシは見逃した。



「ストライク、バッターアウト!」


 あっけなく三振。

 ベンチに戻る背中を、リュウ、ショートは黙って見つめていた。



(先輩、どうしたんだ……?)

 


 胸の奥に冷たい風が吹く。






ーーリュウジ先輩の快投で無失点。

 ベンチが沸く。



 「チェンジ!」


 試合の流れは、完全に煌桜のペースだ。




 攻撃が始まる。

 一番ショート先輩がセンター前ヒット。

 続くユーリが送りバントを決め、ヒカル先輩のタイムリー。


 一・三塁。

 四番ヒロの打席。


 ベンチから声を張り上げる。

 


「ヒローー! 後ろにオレがいるから! 思いっきり振れ!!」


 その瞬間、ヒロの表情が変わった。

 稲川が投げたスライダー。

 キイィィィンッーー!


 球場に金属音が響き渡る。

 白球が神宮の空を切り裂いた。


 三点ホームラン。



「タイチが応援してくれたから……打てたよ」



 笑うヒロの手を叩き、オレは言葉を返した。



 「当然だろ!」


 

 スタンドから風が吹き抜ける。

 オレたちは確かに今、“風の中にいる”。






この回では、ついに“冥月学院”との再会を描きました。

かつての主将・サトシが、どんな思いでバットを握るのか。

そして彼が再び“風”を感じる瞬間が、どんな形で訪れるのか――。


止まっていた風が、少しずつ動き出そうとしています。

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