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「◎すいたい」衰退しちゃった高校野球。堕ちた名門野球部を甲子園まで  作者: 末次 緋夏
地区大会編

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35/80

第22話 ミーティングで衝撃の事実判明!!

風は、時に優しく。

 そして、時に残酷に過去を呼び覚ます。


 かつて煌桜に吹いていた“風”は、ある日を境に止まってしまった。

 あの敗北。あの別れ。

 それは監督にとっても、先輩たちにとっても、胸の奥に残る傷のような記憶だった。


 だが――その止まった風が、再び動き出そうとしている。


 新しい仲間とともに歩む、今の煌桜。

 そして、かつて“風”を止めたメンバーとの再会。


 止まった時間を超えて、

 彼らはもう一度“風”を信じる。


 これは、過去の痛みを乗り越え、

 再び風を起こす者たちの物語。



全員が集まって決勝戦の作戦会議。



 東京は大会をふたつのブロックに分けている。

 ブロックの頂点同士が最後に激突する。つまりオレたちは、現時点でベスト4に入るのチームってことになる。


 「強豪同士が初戦から潰し合わないための仕組みだ」――監督はそう説明していた。



 そういえば、じいちゃんの“虎の巻”にも余談が書いてあった。

 かつて東京はチーム数が多すぎて、西と東に分かれていたこと。

 高校野球の全盛期には八回勝たなきゃ地区突破できないとか、途中で再抽選があったとか。

 その過酷さでケガ人が続出した……時代は違えど、野球の熱だけは変わらないんだ。




 テレビの前には、監督。

 モニターの電源がつく音だけが、やけに大きく響く。




「今日見るのは、次の対戦相手の映像だ。目に焼き付けておけ」


 監督の声に、全員の背筋が伸びた。


 ユーリが不安そうに小声でつぶやく。


「家族が言ってたけどね……昔はスマホで全国の試合を見られたらしいよぅ」


「マジで!?」


 オレは思わず食いついた。


「今はダメなんだよ。個人情報や肖像権の問題で、映像の流通は制限されてる。

 直接戦うか、テレビの中継で見るしかない」


 監督の言葉に、オレは少し寂しさを覚えた。

 時代が変わった。

 野球が“日常”から少しずつ遠ざかっている――そう感じた。



---


 モニターが光を放ち、試合映像が流れはじめた。

 反対ブロック準決勝、「冥月学院 vs 西陵高校」。


 映像越しでも伝わる熱量。

 攻守どちらも圧倒的だった。


 ツーブロックのセカンドが華麗に送球をさばき、

 短髪のピッチャーが快活な笑みを浮かべながら唸るようなストレートを放つ。


(……すげぇ)


 息を呑む。

 守備の連携、ベンチの統率。

 まるで“機械仕掛けの野球”だ。



---


「海城選手ーータイムリーツーベースヒット!」


 実況の声が響いた瞬間、談話室の空気が凍りついた。


 誰も言葉を発さない。

 監督、リュウジ先輩、ヒカル先輩、そしてショート先輩の表情がーー明らかに変わった。



 驚きと、戸惑い。

 それが入り混じった空気が部屋を支配する。


「……海城? まさかサトシ先輩のことか?」


 ヒカル先輩が小さくつぶやく。


「かな……あの俊敏な動き……見覚えある、ヒカル」


 ショート先輩の目が鋭く光る。

 いつもの“髪をいじる癖”をしていない。

 本気の顔だった。


「…………」


 リュウジ先輩が腕を組み沈黙する。

 それだけで、彼が何を思っているのかが伝わった。


 監督の額にも、うっすらと汗が浮かんでいる。



---


 そして、テロップが決定的な答えを突きつけた。


【冥月学院 二塁手 海城カイジョウ サトシ




 一瞬、誰も息をしていなかった。

 ただ映像の音だけが、遠くで響いている。



---


「……先輩たち、どうしたんですか?」

 耐えきれず、オレは声を出した。


 沈黙を破ったのは、監督だった。


「元チームメイトだ。タイチ。まさか冥月にいたとはな……」


「セカンド……ってことは」


 ユーリが小さく言う。


「そうだ。ショートと二遊間を組んでいた。

 去年、決勝で西陵に負けて……大半のメンバーが他所に転校か退部を選んだ」



 監督の声がかすれていた。


 そして、誰もが聞きたくなかった言葉が落ちた。



   「風は止んでしまったーー」




 それが、海城がチームを去る前に残した最後の言葉だった。



---


「そんな……」


 オレは言葉を失った。

 ショート先輩が拳を握りしめる。

 リュウジ先輩は何かを噛み殺すように黙り込んでいた。


「……俺にも、止められなかった」


 監督が苦い表情でつぶやく。


「対応に追われて、気づいたらいなくなっていた。……監督である俺の落ち度だ」


 ヒカル先輩は目を閉じ、低くつぶやいた。


「今のサトシ先輩は、確実に強くなってる」



---


 静寂の中、リュウジ先輩が口を開いた。


「……勝つしかねぇ」


 その言葉は、まるで誓いのように重かった。


  「リュウ……」

 

ヒカル先輩が何かを言いかけるが、声が続かない。


 ショート先輩も珍しく黙ったままだった。



---


 その時ーー。


 パァン!


 乾いた音が響いた。

 全員の視線がヒロに向く。



「……すんません、つい」


 頬をかきながら、ヒロがガムを割っていた。



「ちょ、ヒロ……っ」


 ユーリが青ざめる。


 けれどヒロはいつも通りの調子で言った。



「因縁とかよく分かんないっすけど……勝てばいいんですよね?

 俺、頑張ります。勝ったらご飯おかわりで」



「はぁ!? お前な……!」

  

オレは思わずツッコんだ。



「タイチは食べないの? なら俺が貰うぞ」



「勝手に決めるなぁっ!」


 その瞬間、みんながふっと笑った。

 重く張りつめていた空気が、少しだけ溶けていく。



---


「……あはは。ヒロ君の言う通りだね」



 ヒカル先輩が静かに笑った。

 その笑みは穏やかで、力強かった。


「もう、隠すことはやめよう。

 風を止めたのは、俺たち自身だった。

 だから今度は、全員で“風”を吹かせよう」



 その言葉に、誰もが頷いた。

 監督も口角をわずかに上げ、静かに言った。



「そうだ。勝ちに行くぞーー全員でな」



---


 談話室を出たあと、夜風が廊下を通り抜けた。

 窓の外の星が、冥月の黒空に浮かんでいた。



(風は……もう、止めない)


 オレはそっと、拳を握った。





冥月戦前夜――。

朱雀戦では「仲間を信じきれず、風が止まった」。

今回は、「全員で真実を共有し、風をつなぐ」。

この対比が、“煌桜”というチームの成長を証明する章となる。


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