第15話 練習試合③ 捨て石なんかじゃない!
風が変わる。
それは誰にも見えないけれど、確かに“空気”の向きが変わる瞬間がある。
試合前のグラウンドにも、そんな予兆が漂っていた。
相手チームのメンバー表を見て、オレは思わず息を呑んだ。
(……一年生ばかり?)
つまりーー二軍。
向こうにとって、オレたちは“経験を積ませるための練習相手”。
「舐めてんのかよ……!」
リュウジ先輩が拳を鳴らした。
その音に、風がピリッと震えた気がした。
「落ち着け、リュウ」
ヒカル先輩が穏やかに制した。
「今はどこも人が減ってる。強豪は若手を育てたいんだ。そういう時代なんだよ」
リュウジ先輩は短く息を吐き、笑った。
「じゃあ、教えてやろうぜ。これが本物の風だってな」
その言葉に、オレたちの胸が一気に熱を帯びた。
くじ引きの結果ーー先攻は煌桜。後攻は神威岬。
グラウンドを渡る風が、一段と強くなる。
一番・三輪。
初球を強振、鋭い打球が一塁線を抜ける。
「ナイスバッティング!」
続くユーリ。迷いのないセーフティバント。
軽やかに走り抜け、ノーアウト一、二塁。
そして三番・ヒカル先輩。
粘りに粘って、左中間へ打ち返す。
一回表からウチの打線が風に乗った。
「よし、続くぞ」
バットを握る手に力を込めた、その瞬間ーー
「タイム!」
相手ベンチが試合を止めた。
一瞬、風が止む。
(……嫌な流れだ)
再開。
渾身のスイングでレフト方向へ打球を飛ばす。
だが、風のように滑り込んだ遊撃手ーートウリがボールを掴んでいた。
セカンド、そしてファーストへ。
「アウトォ!」
完璧なダブルプレー。
オレとリュウジ先輩、二人同時にアウト。
帽子のつばを握る。
(……これが、6-4-3ってやつか)
虎の巻にあった数字の意味を、身をもって知った瞬間だった。
裏の回。
マウンドに立つリュウジ先輩。
バッターボックスには、ユーリの兄ーートウリ。
試合前、ユーリが話していた。
「ボクと同じで脚が速い。だけど兄は……止まらない人なんだ」
カーン!
打球はライト前に弾む。
すぐ拾って送球したが、もうトウリは一塁にいた。
「速っ……!」
リュウジ先輩が牽制を繰り返す。
左利きの強みを活かし、何度も、何度も。
だが、トウリは動じない。
そしてーー一瞬の風。
「走った!」
ヒカル先輩が即座に反応。捕球から送球まで、一拍のズレもない。
ユーリがその球を受け、タッチ!
「アウトォ!」
歓声が沸いた。
まるで風が一気に吹き抜けたようだった。
(……兄弟対決、か)
血のつながりが、球場の空気を揺らしていた。
二回表。
下位打線も食らいつくが、神威岬の守備が堅い。
特に二遊間ーートウリと、その相棒・エイト。
彼は守備位置に立ちながら、足元で「タン、タン」と小刻みにリズムを刻んでいた。
イラついているのか、それとも余裕なのか。
「エイト、大丈夫か」
トウリが声をかける。
「問題ナシ!点は取られてるけど、どうせ調整試合だろ?」
エイトが鼻で笑いながら言う。
その足が、またタンタンと鳴った。
(……何だ、あの態度)
レフト奥からレンが声を上げた。
「そこの二遊間! ナメんなよ!!」
オレも同じ気持ちだった。
「練習相手」なんて言わせてたまるか。
見せてやる。風の向きを、変えてやるーー!)
グラウンドを渡る風が、一瞬だけ強く吹いた。
まるで、次の展開を告げるように。
風はいつも、強者の背を押す。
だけど本当の風は、弱者が必死に立ち上がった時にこそ、吹くのかもしれない。