第20話 強敵!!「朱雀高校」(後)
風は、ときに止まる。
仲間を信じられなくなったとき、言葉がすれ違ったとき、
その風は静かに途絶えてしまう。
でも、声を上げることでーーもう一度吹き始めることだってある。
この試合で、オレはそのことを痛いほど思い知った。
チームの風が止まり、そして再び動き出す。
これは、そんな一戦の物語。
(……読まれてる。でもどうして?)
オレはベンチの片隅で、リュウジ先輩をじっと見つめた。
グラブの角度、足の開き、投げる前の呼吸。
その瞬間、胸の奥に小さな違和感が走った。
ストレートの時だけ、深く頷く――。
(……サインへの返事。そこか)
虎の巻の言葉が浮かぶ。
“捕手のサインを盗むのは反則だが、投手の仕草を読むのは勝負のうち”。
気づいた瞬間、背筋に冷たい汗が伝った。
虎太郎はリュウジ先輩の“呼吸”を知っている。
それが、彼らの優位を作っていたのだ。
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ベンチに戻ると、リュウジ先輩が帽子を握りしめていた。
「……で、知ったところでどうすりゃいいんだよ!!」
焦りと怒りが混ざった声が響く。
その瞬間ーー。
「なぁ、さっきから何をこそこそしてるわけ? ……内緒話かな?」
ショート先輩の声。
笑顔なのに、声だけが鋭い。
そして、いつもの“髪をいじる”癖をしていない。
怒っている。
事情を説明すると、彼は静かにユーリとヒロを指差した。
「ねぇ、あの二人。内野にばっかり打球が飛んでるの、気づいてる?
おまえらが黙ってたせいで、自分を責めてんだよ」
言葉が胸に刺さる。
その瞬間、ようやく気づいた。
ベンチに座るユーリの唇が震え、ヒロはグローブを握ったまま俯いている。
体だけじゃない。心まで削られていた。
(……チームなのに、オレは何を見てたんだ)
痛みが、胸を突き刺した。
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「俺は構わないけどさ。そんな事情、二人は全然知らなかったんだよーー主将」
語尾が“主将”に変わった瞬間、空気が張り詰めた。
ヒカル先輩とリュウジ先輩が同時に頭を下げた。
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「なんだ、騒がしいな」
監督の声。
そして、雷鳴のような怒号。
「馬鹿者!!!! どうしてそんな大事なことを今まで黙っていた!!!」
ベンチが震えた。
情報の共有は基本中の基本。
相手が元チームメイトなら、なおさらだ。
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俺はユーリとヒロに頭を下げる。
けれど返ってきたのは、涙混じりの声だった。
「ねぇ、どうして話してくれなかったの、ボク達チームでしょ!?」
ユーリの瞳が潤んでいる。
普段穏やかなヒロも、低く言った。
「次はないから」
その言葉が胸に刺さった。
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監督の一声が響く。
「リュウジが攻略されている。……タイチ、今すぐ準備してお前がマウンドに上がれ!」
心臓が跳ねた。
逃げ道はない。
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ーーここで打たれたら終わりだ。
手の震えが止まらない。
汗で滑るボールを握りしめ、目の前のマウンドがやけに遠く見えた。
ヒカル先輩が、マスク越しに静かに告げた。
「タイチ君、辛いだろうけど……僕が全力でリードするから」
そして、グローブ越しに手を握ってくれた。
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外角要求。
だが、ボールは思ったよりも外れてしまう。
暴投。走者が進む。
焦りで胸が焼ける。
フォアボール。塁が埋まる。
その度に息が浅くなる。頭の中が真っ白になる。
どうしよう
どうしよう
ど う し よ う
ーーその時だった。
「ピッチャー!!! 頑張れーーー!!! 絶対守るから!!」
サードから、鋭く突き抜ける声。
ヒロだった。
普段おとなしいあいつが、誰よりも大きな声を出している。
そしてーー。
「タイチーー!! 大丈夫だからーー!!」
泣きそうな声で、ユーリが叫んだ。
その瞬間、胸の奥に何かが灯った。
風が吹いたように、体が軽くなる。
(そうだ……オレは一人じゃないんだ)
そう思い再び帽子のつばを触った。
(みんながついてる。だから――投げられる)
気づけばもう、迷っていなかった。
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打たれもしたが、二人のファインプレーが支えとなり、回を無失点で切り抜ける。
そして攻撃の回。
リュウジ先輩が火をつけ、ヒロとユーリが続いた。
逆転の歓声が球場を揺らす。
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オレはベンチで叫んだ。
「ヒロー! 打てるよーー!!」
「ユーリならいける! 信じてるぞーー!!」
喉が焼けても構わない。
肺が痛くても、声を張り上げ続けた。
何度も、何度も。
ーーマウンド全体に届くように。
オレの声が、風になってグラウンドを駆け抜けた。
倒れかけた炎に、もう一度、風が吹いた。
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試合終了。
見事、逆転勝利。
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「ちゃんと聞こえてたよ。応援、ありがとう」
「タイチの声のおかげだよぅ〜。打てたよ〜」
ヒロとユーリの言葉が胸を突き抜けた。
堪えていたものが一気にあふれ、オレはその場に崩れ落ちた。
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「ご、ごべん……っ。オレ、2人にあんなに酷いこと……。マウンドで緊張して、手が震えて、頭が真っ白で……全然コントロールできなくて……。でも、ヒロの声が聞こえて……力をもらえたんだ……」
声はしゃがれ、涙と鼻水で顔はぐしゃぐしゃ。
それでも言葉は止まらない。
「ユーリも……本当にありがとう。セカンドで苦しかったのに……俺が弱いから打たれたのに……全部捕ってくれて……本当に、ありがどう……」
涙で視界が滲む。
ただ、二人の温もりだけが確かにそこにあった。
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今日の試合は、一生忘れない。
チーム全員でつかんだ勝利は、どんな一発よりも重い。
そしてオレは知った。
“声は風になる”ーー仲間を動かす風に。
タイチの叫びが、チームの炎を蘇らせた。
次回、彼らの風はさらなる嵐へと変わっていく。




