第20話 強敵!!「朱雀高校」(前)
風が止まったとき、空気は焦げつく。
次に吹く風が“炎”なのか“嵐”なのか、
このときのオレたちは、まだ知らなかった。
一回戦、二回戦と順調に勝ち上がったオレたち煌桜。
そして、次の相手はーー朱雀高校。
ここ最近、都内で急速に勢いを伸ばしている新鋭チーム。
その豪快で攻めの姿勢から、“炎の野球”と呼ばれているらしい。
けれど実際どれほど強いのか、正直わからなかった。
ただーー。
試合前に配られたメンバー表を見た瞬間、先輩たちの表情が変わった。
その空気に、オレの心臓がざわついた。
---
「……おい、これマジか」
リュウジ先輩の声が低く落ちる。
隣でヒカル先輩も一瞬、息をのんだ。
「中学時代に一緒だったやつだ」
リュウジ先輩が言う。
「まさか彼と当たるとはね」
ヒカル先輩も、珍しく真顔だった。
二人の雰囲気がいつもと違う。
そのただならぬ空気に、オレは思わず口を開いた。
「どうしたんですか? 先輩たち」
声をかけた瞬間、ヒカル先輩が人差し指を唇に当てる。
「しっ……声を小さく」
普段冷静なヒカル先輩が、わずかに困惑していた。
そんな姿を見るのは初めてだった。
リュウジ先輩が短く息を吐き、帽子のつばを握る。
「ヒカル。いいから黙っておこうぜ」
だけどヒカル先輩はしばし沈黙してーー
そして、オレをまっすぐ見た。
「いや……タイチ君に聞かれてしまったからには仕方ない。話すよ」
その声は小さく、けれど誠実だった。
キャプテンとしての責任と覚悟が滲んでいた。
---
その人物の名前はーー日野 虎太郎。
かつて二人と同じチームでバッテリーを組んでいた元仲間。
入試に落ち、別の道を歩んだ彼は、
いま朱雀高校のエースであり、四番打者だという。
---
「去年は下位だったけど、今年は上位候補。
虎太郎の存在が大きいね」
ヒカル先輩が静かに言う。
その声の奥には、わずかな緊張と、かつての記憶が混ざっていた。
リュウジ先輩も短く頷く。
「……他のメンバーには黙っておく。余計な不安は与えたくない。責任は僕が取る」
二人は視線を交わし、言葉少なにうなずいた。
その沈黙が、かえって重たく響いた。
オレも、同じように思った。
もしこの話をユーリやヒロに伝えたら、きっと余計な心配をかけてしまう。
試合前に不安を背負わせるなんて絶対にしたくなかった。
だから……何も言わない。それが、チームのためだと思った。
そしてーー三人だけの小さな秘密が生まれた。
その瞬間、風の流れが、ほんの少し変わった気がした。
---
試合開始のサイレンが、澄んだ空気を裂いた。
先攻・朱雀。後攻・煌桜。
朱雀のユニフォームは薄いオレンジ色。
光を浴びるたび、燃えるように揺らめく。
まるで風そのものが炎をまとっているようだった。
グラウンドに立つ彼らの姿は、どこか異様な熱気を帯びている。
観客席もざわついていた。
――まるで、ひとつのチームというより“炎の塊”みたいだ。
---
序盤、リュウジ先輩の球は冴えていた。
強気のストレートで押し込み、二者連続三振。
スタンドの声援が一気に沸く。
(いける――この流れなら!)
そう思った矢先の、二回表だった。
カキーン――。
金属音がグラウンドを貫いた。
打球は守備の間をすり抜け、レフト線へ転がっていく。
「ランナー、ホームイン!」
先制点。
空気が、一気に重くなった。
その後も、じわじわと打たれる。
打者はまるで何かを知っているように、リュウジ先輩の球を的確に捉えていた。
(リュウジ先輩のフォームは綺麗だ。打たれる癖なんてとても見えない……)
胸の奥でざわめきが止まらない。
でも、ここで動揺を見せたらダメだ。
ユーリもヒロも、きっと不安になる。
大丈夫、俺が冷静でいなきゃ……。
ーーそう、自分に言い聞かせた。
---
その時ーー。
バッターボックスに立った虎太郎が、こちらを見た。
軽く笑いながら僕に短く言う。
「久しぶり。今日は勝つよ。
……二人のことは、よく知ってるから」
その瞬間、風が通り抜けた。
虎太郎の長い髪が――まるで朱雀の尾のように、夕光を反射して揺れた。
炎色の髪が風に舞い、球場全体を焦がすように光を放つ。
挑発でも威圧でもない。
ただ、“勝利を確信している者”だけが放てる静かな熱。
リュウジ先輩の眉がわずかに動き、
ヒカル先輩がマスクをかぶり直した。
空気が、一変した。
――知っている。
彼は、二人の“何か”を知っている。
---
点差は3―1。
マウンドに守備陣が集まる。
誰も口を開かない。
沈黙の中、砂の上を風だけが滑っていく。
リュウジ先輩の背中。
ヒカル先輩の構え。
そして、朱雀の打者の眼差し。
そのすべてが、わずかにずれている気がした。
見えない糸が、相手の手で引かれているような。
(……読まれてる)
けれど、それを言葉にできなかった。
確信があるわけじゃない。
ただ、感じる。
目に見えない“何か”が、この空気を支配している。
だけど……俺が言って間違っていたら?
根拠もないまま動揺を広げたら?
みんなの集中を乱すだけだ。
今はーー黙って探すんだ!。
そう自分に言い聞かせ、拳を握った。
だが、このときのオレはまだ知らなかった。
そうしていたことがーー
やがてチームを大きく揺さぶる嵐になることを。
朱雀の炎が風に揺れる。
その尾の光が、煌桜の風を試す。
嵐の予感が、静かに息を吹き始めていた。




