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「◎すいたい」衰退しちゃった高校野球。堕ちた名門野球部を甲子園まで  作者: 末次 緋夏
タイチ始まりの章

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第3話 冬こそ勝負


「いっけーー、これが……オレの決め球だーー!」

甲子園の歓声。仲間たちの笑顔。

「やったー! 優勝だー!」

でも、あれ……?

振り返っても、誰の顔も見えない。

風の音だけが、静かに響いていた。



「……夢、か」

ーー吐く息が白い。

窓の外では、冬の朝の冷気が街を包んでいた。

オレは机に突っ伏していた頭を起こすと、

パシン、と頬を叩いた。

「いけない、勉強だ!」

冷たい空気の中、指先の痛みが妙に鮮明に響く。

「よし、切り替えだ……」

凍える手でシャーペンを握り直し、ノートを開いた。




 源さんの家に来てから、もう一年が経った。

最初の冬は、ただがむしゃらに走って、息が白く消えていくのを見てた。

でも今は違う。

風の向きを読む余裕が、ほんの少しだけできた気がする。


そして迎えた、二度目の冬。


窓の外は真っ白なのに、オレのノートは真っ黒だった。

びっしり書き込まれた文字の隅に、まだじいちゃんの声が生きている気がする。


「冬は野球ができないーーけど、冬こそ勝負だ」


何度も聞いたその言葉を信じて、今日もペンを握る。

雪が降っても、手は止めない。

だって、あの人の教えが、今も胸の奥で燃えているから。


 

冬の練習は、想像の五倍きつい。

走り込み、素振り、筋トレ。

息を吐けば白く凍る。足の感覚なんてすぐになくなる。


それでも源さんは、ストップウォッチ片手に言う。


「ラスト一本! ここで止めたら春に泣くぞ!」


「は、はいっ……!」


最後の一歩を踏み切った瞬間、視界が真っ白になった。

でもその中に、確かに“風”があった。

自分の身体から生まれた、熱のような風が。


 

『虎の巻』には、こう書いてある。

(仲間の動きを寸分違わず信じてこそ、この配球は生きる)


信じるって、どういうことなんだろう。

ひとりで投げていた頃には考えもしなかった。

だけど今は、分かる気がする。

この冬に積み上げた時間が、春の力になる。

それが“信じる”ってことなんだ。


 


 練習を終えて部屋に戻ると、こたつの誘惑が待っていた。

半纏に“合格!!”の鉢巻き。

教科書を開いて、ノートの海を泳ぐ。

受験まで、あと少しだ。

グラウンドに立つには、試験を越えなきゃならない。


「……あぁ、もっと早くからやっておけばよかった」


ため息がこたつに溶けていく。

眠気が背後から襲ってくるたび、ペンを握り直した。


(寝たら終わりだ。オレは……絶対に負けない)


 

「おい、タイチ。まだ起きてるのか?」


背後から、渋い声。源さんだ。

今は保護者であり、見張り役でもある。


「もうちょっとだけ! ここ、覚えたら寝ます!」


「お前、三時間前も同じこと言ってたぞ」


呆れたように笑いながら、湯飲みを差し出してくる。

湯気の向こうで、源さんの顔がやわらかくにじんでいた。


「野球の練習も勉強も、限界を超えりゃ意味がねぇ。

 “追い込み”と“無茶”は違うんだ」


「でも……!」


気づけば声が出ていた。


「オレ、絶対に合格したいんです!

 春から、煌桜学園で野球したいから!」


言葉にした瞬間、胸の奥が熱くなった。

源さんは少し口角を上げ、静かに笑う。


「……いい目をしてるな。あいつの孫らしい」


「へへっ、じいちゃんと同じ“負けず嫌い”なんで!」


「そうか。なら安心だ」


 

窓の外では雪が静かに舞っていた。

街灯に照らされた粉雪が、ゆっくり落ちては消えていく。


「……一条が現役だった頃な。

 冬でも毎日グラウンドに立ってた。

 雪が積もろうが、ボールが見えなくてもーー

投げてたよ」


「はっ!? え、マジで!?」


「マジだ。あのバカ、手の感覚がなくなるまで投げ続けて……

 最後はオレが怒鳴った。“お前が倒れたら意味ないだろ”ってな」


語る声は穏やかだったが、どこか懐かしげだった。

あの頃の景色が、源さんの瞳に浮かんでいるように見えた。


「……じいちゃん、やっぱすごい人だったんですね」


「ああ。だが、すごいのは“やめなかったこと”だ。

 才能があっても、やめたやつは消える。

 才能がなくても、続けたやつは残る」


その一言が、静かに胸に落ちた。


『諦めるな。風は必ず吹く』

“虎の巻”の言葉が、また蘇る。

……やっぱり、じいちゃんと源さんは繋がってる。

その絆の先に、オレも立っている気がした。


 

「おい、集中しすぎて寝るなよ。

 こたつで寝たら次は外で雪かきだからな」


「う、うわ、それは勘弁してください!」


「だったらもう寝ろ」


「はーい!」


 

返事をしながらノートを閉じる。

手のひらには鉛筆の跡と小さな豆。

どっちも、今日の証だった。


 

オレはこたつの電源を切り、部屋の灯りを落とした。窓の外の雪は、まだ静かに降り続けている。

廊下の奥から、食器の音とテレビの笑い声。

その全部が、“生活の音”として心にしみた。


 

布団にもぐると、やわらかな温もりが体を包む。

まるで誰かに「よく頑張ったな」と言われているみたいだった。


「……じいちゃん。オレ、がんばるからな……」


寝言のような声がこぼれる。

ドアの外で、源さんがふっと笑った気配がした。


 

外はまだ冬なのに、心の中では春の匂いがしていた。

あと残すは“合格”。


その先には、白球が光るグラウンド。

その風の中に、もう一度ーーオレの野球が始まる。


 

ーー急がなきゃ。

グラウンドが、オレを待っている。


 

冬の夜、ひとりの少年とひとりの監督のあいだに生まれた“絆”。

次回、ついに高校入学編!

タイチの“春”が、少しずつ近づいてくるーー


気になった方はブクマ、☆があると嬉しいです!

作者の寿命が伸び、モチベが上がります(^^)

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― 新着の感想 ―
やる気が出る物語です。読めば読むほどやる気が出てきます。
丁寧な描写にスッと情景が入ってきます。 冬景色の中、源邸での一幕…。 じいさま譲りの、愚直なくらいあきらめが悪いむしゃらな性格…。 小さなスタートが胸熱です。
ここまで読ませて頂きました。 野球を題材にはされていますが、このマインド。 特に続けていた奴が残るってワードは何事にも当てはまる物だと感じました。 野球は好きで続けたいけど、この作中での野球の地位は…
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