第17話 チームメイトでもあり仲間なんだ
勝っても、まだ胸の奥に熱が残る。
風が止まった夜ほど、仲間の声がよく響くんだ。
練習試合が終わったあと、俺たちはミーティングルームで反省会をした。
テーマは「今日良かったこと」「足りないところ」「個人の課題」。
監督の声が静かに響くたび、部屋の空気がわずかに張りつめていく。
最初に名指しされたのはオレだった。
「タイチ。紅白戦より球に重さが出てきたな。夏に向けてこのままトレーニングを続けろ。申告敬遠は戦略だ、気にするな。最後の被弾は単純に相手打者が上手かっただけだ。引きずる必要はない」
穏やかで力のある声。
胸の奥がじんわりと温かくなる。
――引きずるな、か。わかってはいる。けど、やっぱりあの一球の手触りは忘れられない。
続いて、ユーリ。
「セカンドは瞬時の判断が命だ。基本は出来ている。だが守備連携をもっと磨け。メンタル面も課題だ。後で参考資料を渡す」
少し厳しめの言葉。
けれど、それが“期待”だとオレにはわかる。
そして、三輪。
監督の表情がふっと和らぐ。
「全体的に良かった。今日の自信を糧に頑張れ。成長次第では4番も狙える。技術の高い選手を見て、常に意識を持て」
ーー多分、今日いちばん褒められてたな。
三輪、あいつ……本当にすごい。
最後に監督が締めくくった。
「今日戦ったのは二軍だ。夏には一軍が出てくる。彼らは今日の敗北を糧に、さらに強くなるだろう」
その言葉に、胸がざわめいた。
いつか、あの“約束の風”の相手とも、また――。
夕食を終えたあと、自然とオレ、ユーリ、三輪の三人は談話室に集まった。
照明は少し暗くて、湯気の立つマグカップの中で紅茶の香りが漂っていた。
三輪はいつもならお菓子かガムを噛んでるのに、今日は何も口にしていない。
机に肘をついて、静かにカップを揺らしていた。
「それにしてもさ、まさか今日トウリに会うなんて思わなかった」
ユーリがテーブルに突っ伏しながらつぶやく。
オレは苦笑して答えた。
「ユーリ、兄さんいたんだな。最初、あまりに似てて話しかけたら、めっちゃ睨まれてさ。怖かったぞ」
その時の鋭い視線を思い出すと、背中が少し冷たくなる。
「脚も速かったな。ユーリそっくりだけど、なんか違う。……正直ちょっと怖かった」
三輪がぼそっと言った。
声に重みがあった。
ーー今日は、本気で戦ってたから。
ユーリは困ったように眉を寄せ、そっと頭を下げた。
「兄さんが失礼なことしてゴメン。昔からああなんだ。ボクに対してもずっと……」
ぽつぽつと話すうちに、ユーリの言葉が過去へ溶けていく。
二遊間を組んでいたこと。いつも比較されていたこと。
その静かな告白に、三輪もオレも何も言えなかった。
(……だからあんなに必死だったのか)
点と点がつながる音がした気がした。
「でもね、今日の試合でちょっと自信がついた。みんなのおかげだよ。ありがとう」
そう言って微笑むユーリの瞳に光がにじむ。
涙がこぼれても、笑顔はまぶしかった。
「大丈夫。嬉しくて、涙が勝手に出ちゃったみたい」
その言葉に、オレの胸の奥が熱くなる。
三輪も無言のまま、少しだけ笑ってうなずいた。
今日は、珍しく何も食べない代わりにーー
あいつは誰よりも、静かに噛み締めてる気がした。
ふと、三輪がこちらを向いた。
「タイチも相手校の選手と話してたよな。あの体格のいい人……スイング、凄かった」
「ああ、レンのことか。小学校の頃の幼なじみだ」
オレは天井を見上げて、ぽつぽつと語る。
別れてから一度も会ってなかったこと。
あいつが野球を続けてたこと。
そして、“オレと戦うため”にここまで来たということ。
「試合には勝ったけど……勝負じゃ負けた。
あの一球、悔しかった。でも不思議と気持ちよかった。
これがーーライバルってやつなのかな」
その言葉に、ユーリと三輪が顔を見合わせる。
「ライバル、かぁ」
ユーリが笑って言う。
「ボクにとっては兄さんかな。強いけど、もう怖くない」
「俺は……監督に“成長すれば4番も狙える”って言われたとき思った。
リュウジ先輩みたいな存在になるのが目標かな」
三輪の声は穏やかだった。
ああ、今日のあいつ、本当に静かだ。
でもその静けさが、やけにあたたかい。
ーー少しの沈黙のあと、三輪がぽつりと言った。
「あのさ……ずっと言えなかったんだけどさ」
オレとユーリが同時に顔を向ける。
三輪は少し緊張したように、ゆっくり息を吸った。
「俺も名前で呼んでほしい」
「「えっ!?」」
声が重なってしまった。
確かに、いつの間にかユーリもオレも名前呼びになってた。
三輪だけ“苗字”のままだったんだ。
「ごめん、仲間外れみたいだったよな」
「ご、ごめん!!ボクとタイチだけ名前で……」
「どんな呼び方がいいんだ? ミチ? それとも……ヒロ?」
その瞬間、三輪がぴたりと固まる。
そして、ほんの一拍置いてーー
頬をかきながら、照れくさそうに笑った。
「……ヒロ、がいいな。
今まで友達から名前で呼ばれたことなかったから……なんか、変な感じするけど……嬉しい」
耳まで赤くなっていて、
その笑顔を見たユーリが思わずくすりと笑う。
オレもつられて笑った。
その小さな照れが、なんだかすごく温かかった。
そう、俺たちは“チームメイト”でもあり、“仲間”なんだ。
気づけば、外はすっかり闇。
窓の外の風が、カーテンをやさしく揺らしていた。
ヒロがぽつりとつぶやく。
「……今日はさ、風が静かだな」
オレは笑って答えた。
「きっと、もう怒ってないんだよ。
今日のオレたち、ちゃんと頑張ったからさ」
ユーリが小さくうなずいた。
「うん……優しい風だね」
その風が、三人の頬をそっと撫でていった。
まるで「よくやった」と言っているみたいに。
勝負のあとは、静かな夜風が吹く。
それは後悔でも、寂しさでもなくて、
ただ“仲間になれた”証の風。
この風を胸に、次の夏を迎えよう。




