第15話 練習試合⑥仲間の風、ひとつに
風はチームをつなぐ。
一人が吹かせた小さな風が、仲間の胸を動かし、
やがてひとつの“流れ”になる。
あのあとーーなぜか相手チームが妙に浮き足立った。
相手が豪快に飛ばした打球も、オレたちの二遊間コンビがまるで魔法みたいな連係であっさり処理。
四回裏の攻撃は拍子抜けするほどあっという間に終わった。
そして迎える五回表、オレたちの攻撃。
その前に、どうしても伝えたい言葉があった。
「さっきのファインプレー、本当に凄かったよ!! レフトから見てて鳥肌立った。やっぱりユーリは凄いんだ!」
声をかけると、ユーリはほっとしたように肩を落とし、いつもの柔らかい笑顔を取り戻す。
さっきまでの不安の影は、もうどこにもなかった。
「みんなのおかげだよ。ボク一人だったら無理だった……ほんと、ありがとう」
うっすら涙をにじませながらも、彼は小さく笑った。
オレと三輪は顔を見合わせ、胸の奥がじんわり熱くなる。
その三輪が、攻撃開始前に低い声で宣言した。
「次、オレが打つ。ユーリの仇、俺が取る」
その背中には、確かな闘志が燃えていた。
ーーそして本当にやってのけた。
バットが唸りを上げた次の瞬間、白球は鋭い弧を描き、フェンスの向こうへ消えていく。
スタンドが爆発する。
オレは思わず息をのんだ。三輪の一振りは、まるで稲妻だった。
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勢いづいた打線は止まらない。
復活したユーリが出塁し、ヒカル先輩が豪快に続く。
この回だけで三点をもぎ取った。
四番のリュウジ先輩は、点差を嫌った相手に申告敬遠。
ついでにオレも敬遠され、あっという間に攻撃終了。
相手の焦りが、ひしひしと伝わってくる。
その後は両軍とも点は動かず。
六回、ベンチから声が飛んだ。
「タイチ、そろそろ準備しておけよ」
心臓が一瞬で跳ねる。
ーー来た。ついに、この瞬間が。
待ち望んだマウンド。
紅白戦以来の緊張が、背中を走る。
「タイチなら大丈夫だよ。僕のリードと、自分自身を信じて投げてほしい」
まるで心を読んだように、ヒカル先輩が声をかけてくれた。
その一言で、胸の奥にあった余計な不安が一気に吹き飛ぶ。
(そうだ。もうあの頃のオレじゃない)
自信が全身にみなぎる。
深呼吸。
ボールを握り直し、投手板に足をかける。
ワインドアップから振りかぶりーー先輩のミットめがけて全力で腕を振った。
「――バァン!!」
紅白戦をはるかに超える破裂音が球場に響き渡る。
相手バッターは動揺を隠せないのか、目を泳がせてオロオロしていた。
そのまま一人、二人と三振を奪う。
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そして、三人目。
打席に現れたのはーーまさかのレンだった。
(……まじかよ。ここで来るのか)
相手チームがこちらを見下す中、レンだけは最初から真剣に向き合ってくれていた。
小学生の頃からそうだった。
彼はいつだって“真正面”から勝負してくれる。
そんな彼が、バットを構える。
目が合った瞬間、ゾクリとした。
笑っていない。
本気の“勝負師”の目だった。
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ヒカル先輩のサインが出る。
(ボール球で様子を見よう)
頷き、投げたーーファール。
次も外角。ファール。
レンは、すべて当ててくる。
(やっぱり、あの時のままじゃ勝てねぇ)
いやーー違う。
勝てないと思った時点で、試合は終わりだ。
次のサインはスローボール。
だが、オレは首を振った。
(違う。ストレートで勝負したい)
ヒカル先輩が、少しだけ目を細めて頷く。
その瞬間、迷いが完全に消えた。
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笑みがこぼれる。
いける。いや、いかせる。
オレは全力で腕を振り抜いた。
「──キイィィィン!!」
球場に響き渡る、今日一番の快音。
白球は、高く、高く、吸い込まれるようにスタンドへ。
レンが豪快にバットを振り切り、ホームラン。
「ヨッシャぁぁーー!!」
勝ち誇った叫びが、グラウンドに響く。
自信のストレートが、打たれた。
だけど、不思議と悔しさよりもーー清々しさがあった。
紅白戦の自分とは違う。
逃げずに、恐れずに、全力で勝負できた。
たとえ結果が同じでも、心はまるで違う。
オレの中の“風”は、確かに吹いていた。
チームの風は、誰かひとりの力じゃない。
互いを信じる声が、流れを変えていく。




