第11話 談話室の裏側②
上級生たちの夜は、静かで温かい。
紅白戦のあと、彼らはそれぞれの胸に“次の風”を感じていた。
ショートはくるくる回していた指を止めた。
「……それにしてもさ、ヒカルはやっぱ主将って感じだよね、本当に」
軽い調子で言いながらも、目の奥に少しだけ尊敬の色があった。
「やめろよ、照れるだろ」
「褒めてんのに~」
僕は苦笑いしながらノートを閉じる。
その横でリュウジが低くつぶやいた。
「でも、実際そうだろ。ヒカルが主将で。
お前がいなきゃ、俺らバラバラだ」
不意の言葉に、胸の奥が少し熱くなる。
「リュウ、そういうのは試合で言ってくれ」
「試合中は忙しいんだよ」
「はいはい、照れ隠し〜」とショートが笑い、場の空気がやわらぐ。
「……で、二人は今日の一年で誰が気になった?」
ショートが回転椅子をくるくる回しながら問いかける。
リュウジが腕を組み、少し考えてから言った。
「一条タイチ。あいつ、俺の球を打ちやがった。マジで驚いた」
短く、でもはっきりした声。
悔しさよりも、どこか楽しそうに聞こえる。
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「僕は三輪かな。フィジカルが強いし、スイングも素直だ。
リュウの球に当てたのは大したものだよ」
「俺はユーリ君。なんか面白そうだし。
あの子、雰囲気が軽いのに芯がある感じ。好きだなぁ〜」
「おいショート、“好き”って言い方やめろ。誤解されるぞ」
「え〜? 別にいいじゃん♡」
その軽口に、リュウジが呆れながらも笑う。
「……お前、ほんとマイペースだな」
「ありがと〜、褒め言葉〜」
笑い声が重なり、少しだけ重かった空気が軽くなる。
けれど次の瞬間、リュウジの表情が真顔に戻った。
「……にしても、なんであいつは俺の球を打てたんだろうな」
僕もペンを止めた。
あの一球――確かに、キャッチャーとしても驚くほど綺麗なスイングだった。
「そうそう、あの時さヒカルがマウンドに駆け寄って何か話してたけど、あれ何だったの?」
「それはショートにも内緒。誰にだって秘密はあるからね」
「秘密か……。じゃあ俺のも聞くなよ?」
「おい、何を隠してるんだい?リュウ」
「い、いや、別に〜。ただ、今年は負ける気がしねぇってだけだ」
その言葉に、僕とショートは顔を見合わせて笑った。
根拠なんてない。
でも、リュウジのその言葉が一番の安心材料だった。
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外はもう夜。
月の光が、カーテンの隙間からやわらかく差し込む。
「僕たちは去年、決勝で敗けた。今年こそ、あの学校に勝ちたい」
「当然。リベンジだ」
「負けるのは嫌だからね〜」
三つの声が重なった。
同じ想いを抱くことが、ただ嬉しかった。
けれどーー僕にはひとつだけ確信がある。
今年は違う。
一年たちが、僕らに“もう一度風を吹かせてくれる”気がする。
消灯時間のベルが鳴る。
僕たちは立ち上がり、それぞれの部屋へ戻る。
ドアが閉まる音がひとつ、またひとつ。
夜の静けさの中で、僕はそっとつぶやいた。
「ーー今年こそは、勝ちたい」
その声は月明かりに溶け、
やがて風のように、寮の外へ流れていった。
ヒカルを中心に、リュウジとショートが自然に支え合う。
この夜の三人は、勝利よりも“仲間の存在”を再確認していた。
風は、確かに吹き始めている。