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「◎すいたい」衰退しちゃった高校野球。堕ちた名門野球部を甲子園まで  作者: 末次 緋夏
タイチの悩み編

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第13話 原点(前) 取り残される焦燥

仲間が成長していく中で、ただ一人焦りを抱えるタイチ。

その胸の奥で、何かが静かに軋みはじめるーー。



---



新緑の風がグラウンドを抜ける頃、練習試合が目前に迫ったことで、

チーム全体の空気は一段と熱を帯びていた。


ユーリはつい先日、センターから正式にセカンドへと転向コンバートされた。

その発表に一番喜んでいたのはーー多分、ショート先輩だ。



「やったね~、ユーリ君♡ 二遊間が完成だよ!」

両手を挙げて喜びを全身で表現している。


「うぅ、そ、そんなに近づかないでくださいよぅ……」


 ユーリは顔を真っ赤にして、そっと一歩下がる。


「別に取って食いやしないよ~」


 ショート先輩がいつもの調子で笑うと、

 周りの部員たちからも小さな笑いが起きた




 最初こそ「一年がいきなりレギュラーなんて」と反対の声もあった。

 だが、先輩とユーリが見せた実戦さながらの連携プレーに、誰も何も言えなくなった。



 三輪も負けてはいない。体格はさらに厚みを増し、守備も打撃も見違えるほどだ。

主将に褒められた時なんてーー


「三輪、最近動きがいいね」



「……本当ですか? じゃあご褒美に、今夜ご飯二倍で」



「いや、そういう意味じゃない!」


食堂が笑いに包まれた。

そんな仲間たちの成長が、誇らしい。


だけど、焦りもあった。

オレだけ、取り残されていく。



風が止まったような、そんな感覚でいた。



毎日遅くまで投げ込み、走り込み、変化球の練習にも挑戦している。

球速も上げたい。


だけど焦るあまり、どこか噛み合っていない。

身につかない感覚だけが、指先に残る。



「……くそっ」



オレは帽子のつばをぎゅっと握った。

じいちゃん譲りの癖。

昔から、悔しいときはいつもこうだった。


このままじゃ、練習試合のメンバーに選ばれない。

心の中で警鐘が鳴りっぱなしだった。



悩んだ末、主将で捕手のヒカル先輩に相談した。

顎に手を当てた先輩は、少し考えてこう言った。


「同じ投手なら、リュウに聞いた方が早いんじゃないか?」


リュウジ先輩。

チームのエースで、オレが勝手にライバル視している人。

初対面から放たれていた圧に、いまだ少しビビってる。


ーーでも、もう逃げたくない。


個人練習で下半身を鍛えていたリュウジ先輩に、意を決して声をかけた。


「断る」



瞬間、風が止まったような感覚がした。

オレを見る目は鋭い。まるで何かを試すように。


正直怖い。だけどオレだって引くわけにはいかない!


「お願いします」


もう一度オレは頭を下げた。


すると先輩は、こちらを見て薄く笑った。


   


「普通エース争いの相手に聞くか? ……プライド、ないのか?お前」



図星だった。

胸の奥がキュッと締まる。


でも、オレは顔を上げて言った。


「プライドはあります。……悔しいです。

 でも、そのせいで成長できないなら、そんなプライドいらない。

 一度でいい、見てください。オレのピッチングを!」



沈黙が流れ、風の音だけが響いた。


やがて、先輩は小さくため息をつく。


「……分かったよ。ここで突っ立たれても邪魔だしな。

 一回だけだ。ちゃんと投げてみせろ。」


ブルペンに場所を移して、俺はリュウジ先輩の前で全力投球した。

 ーーが。


「……これじゃあ全然ダメだな。一回原点に戻って考えてみろ。野球も勉強も同じだ。今のお前に言えるのはそれだけだ」


 たったそれだけ言い残して、背中を向けて風のように去っていく先輩。

 残された俺は、マウンドの上で固まったままだった。


 原点?

 原点ってなんだ?


 思い浮かぶのは、幼い頃に見たじいちゃんの投球姿。

 あのフォームに憧れて、俺は投手を志した。

 ーーでも、じいちゃんはもういない。




その夜。

談話室で「虎の巻」を読み返していた。

理解できていない何かが、この本に隠れてる気がした。


そこへ監督が入ってきた。


「監督……あの、ちょっといいですか」


オレは今日のことをすべて話した。

リュウジ先輩の言葉も、「原点」という謎も。


監督は静かに頷き、ひと言だけ言った。



「アイツとお前は同じじゃない。……でも、目指すものは同じだ。


 焦るな、タイチ。いまは積み重ねの時期だ」



ーーその言葉が、胸に静かに落ちた。



部屋に戻ると、机の横の本の山が崩れた。

拾い集めていると、その中に一冊の参考書があった。

中学のとき使っていたやつだ。


ページを開いた瞬間、電流のような閃きが走る。


「そうか……!」



基礎だ。

変化球でも球速でもない。

足りなかったのは、もっとも大切な“土台”だった。



「まずはーーフォームから、見直そう」



帽子のつばを握り、そっと目を閉じる。



胸の中に、再びまっすぐな炎が灯った気がした。














監督の言葉には、時代を超えた想いがある。

“努力”と“科学”と“仲間”。その全てを抱いて、

タイチはついに、実戦のマウンドへ。






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