第9話 紅白戦 そうだ……この人たちは……③
勝てない。
それでも、立っていた。
この敗北が、やがて“風”を呼ぶ礎になる。
ーー次のマウンドは、まるで別人だった。
リュウジ先輩の瞳から、油断が完全に消えている。
さっきまでの柔らかさは跡形もない。
その姿は、まるで獣。
腕の振りがひとつ速くなるたび、
風が鳴り、グラウンド全体が軋む。
ストライクゾーンの端を削るような制球。
ボールがミットに吸い込まれる音は、まるで雷鳴。
そのたびに一年生の体がびくりと揺れた。
呼吸のリズムすら支配されていく。
打者が構えるたび、空気が張りつめ、
バットが空を切る音だけが、無情に響いた。
(……これが、リュウジ先輩の“本気”か)
見ているだけで、手のひらが汗で濡れる。
マウンドに立つ姿勢も、投げ終わったあとの沈黙も、
すべてが“圧”だった。
いつしか、オレたちは声を出すことすら忘れていた。
沈黙の渦。
まるで、風の止まった世界みたいだった。
そして、ふと思い出す。
そうだ。
彼らは、この東京で“二番目に強い”チームなんだ。
オレたちはまだ、“野球を始めたばかり”の存在にすぎない。
届くはずがない――それが現実だった。
五回コールド。
スコアは、1―12。
試合終了のサイレンが鳴った瞬間、
グラウンドに立つ足が、地面に縫いとめられたように動けなかった。
汗と砂が混ざり合い、喉が焼ける。
悔しさは言葉にならず、
ただ胸の奥で“熱”だけが暴れていた。
空は茜色。
沈みかけた太陽が、遠くの金網を赤く染めている。
オレはグラウンドにしゃがみ込み、
手のひらで土をすくった。
指の隙間からこぼれ落ちるその粒が、
まるで敗北そのもののように重かった。
(……じいちゃん。オレ、悔しいよ)
(だけど、まだ終わりじゃない。
“風”は、ここからだ)
握りしめた土の中で、
ほんのわずかに吹いた風が、頬を撫でた。
この敗北は、終わりじゃない。
むしろここから、タイチが「仲間」と「自分」を信じていく物語が始まる。
夕陽の赤は、燃え尽きた色じゃない。
次の“風”を生むための、炎の色だ。
【コールドゲーム】
五回終了時点で十点差以上。
もしくは七回終了時点で七点差以上。
そうなった時点で、試合は“強制的に”終わる
どれだけ逆転を信じていても、
もうバットを握ることすら許されない。
要するにーー「これ以上やっても勝負にならない」って、審判が宣告する瞬間。
冷たく、でも確かにルールの一部。
ただし例外はある。




