第11話 談話室の裏側
一方そのころ。
悔しさを噛みしめる一年生たちをよそに、
上級生三人は、いつものように主将の部屋で顔を合わせていた。
談話室で監督と一年たちが語り合っていたその頃ーー
上級生たちもまた、静かな夜を迎えていた。
場所は、主将・天王寺ヒカルの部屋。
寮は全室シングルだが、なぜか用事があると皆ここに集まる。
まるで「部屋ごと副キャプテン」だ。
「……前から思ってたけどさ。どうして何かあると、みんな僕の部屋に来るんだ?」
ペンを置いて振り返ると、ふたりの声が見事に重なった。
「「だって一番キレイだから」」
ハモった。完璧すぎるユニゾン。
リュウジはベッドに寝転がり、ショートは回転椅子をくるくる回している。
完全にくつろぎモードだ。
「ヒカルの部屋ってさ、空気がいいんだよね〜。
スッキリしてて、落ち着く感じ?」
「ただ掃除してるだけだよ」
「いやいや、それができるのがすごいんだって!
俺の部屋なんか、靴下が自己主張してくるからね〜」
「……それは自慢かい?ショート」
「違う違う、“人が集まる空気”ってやつ。俺は好きだよ、こういうの」
にこにこと笑うショートに、リュウジが呆れ顔を向ける。
「なあショート、たまには俺の部屋にも来いよ。賑やかだぞ」
「うーん……“賑やか”というより“騒がしい”の間違いじゃない?」
「はぁ!? 俺に清潔感がねぇってのか!」
「だってないでしょ♡」
そのやりとりに、思わず吹き出してしまう。
この二人がいるだけで、夜の空気が少し柔らかくなる。
笑いが落ち着いたころ、ショートがふと呟いた。
「そういえば一年たち、落ち込んでたみたいだね。……励ましに行かなくていいの?」
風呂上がりの髪をくるくる指に巻きながら言う。
光に濡れる長髪が、モテ男の象徴みたいに揺れた。
さすが“部の太陽”だ。
その声に、ベッドのリュウジがぼそりと呟く。
「今の俺らが何言っても逆効果だろ。
全力で勝った側が慰めたら、余計ムカつくだけだ。
……あいつらは、自分で立ち直るしかねぇ。なあ、ヒカル」
眠たげな顔の奥に、試合中と同じ光が宿っていた。
ヒカルは小さく頷く。
「同感だよ。だから監督に頼んでおいたんだ。
一年たちのこと、気にかけてやってくださいって」
リュウジが天井を見上げて苦笑した。
「さすが主将だな。俺には真似できねぇ」
「リュウジは考える前に動くタイプだからね〜」
「うるせぇ。……でも、いい試合だったよ。
あいつら、きっと伸びる」
「うん。僕もそう思う」
窓の外では夜風が木々を揺らし、
ヒカルは再びペンを取る。
ノートに書かれた一文は、まるで祈りのようだった。
“風は、まだ吹き始めたばかり。”
新しい季節の気配が、静かに部屋を通り抜ける。
「それにしても、ヒカルはほんと主将って感じだよね〜〜」
軽口に見えて、ショートの目の奥には尊敬の色があった。
「やめてくれよ、照れるだろ」
「褒めてんのに〜〜」
ヒカルは笑いながらノートを閉じる。
横ではリュウジが低く呟いた。
「でも、実際そうだろ。
ヒカルが主将で良かった。お前がいなきゃ俺らバラバラだ」
不意の言葉に、胸の奥が少し熱くなる。
「リュウ、それは試合で言ってくれ」
「試合中は忙しいんだよ」
「はいはい、照れ隠し♡」
ショートの声が夜気に溶け、部屋にまた笑いが戻る。
「で、二人は今日の一年で誰が気になった?」
ショートが椅子をくるくる回しながら問いかけた。
「一条タイチ。あいつ、俺の球を打った。……正直、驚いた」
リュウジの声は短く、それでいてどこか誇らしげだった。
「僕は三輪かな。あのフィジカルはすごい。
リュウの球に当てたのは大したものだ」
「俺はユーリ君。あの子、柔らかいのに芯がある感じ。好きだな〜」
「おい、“好き”って言い方やめろ。誤解されるぞ」
「え〜?いいじゃん♡」
リュウジが呆れたように笑い、ヒカルは肩をすくめる。
この空気こそ、チームの“風”そのものだった。
だが、リュウジの表情が一瞬で真顔に戻る。
「……にしても、なんであいつは俺の球を打てたんだろうな」
ヒカルの手が止まる。
あの一球ーー確かに、何かを感じさせるスイングだった。
「その時さヒカルがマウンドで何か言ってたよね? 何だったの?」
「それはショートにも秘密。誰にでも、隠しておきたい瞬間があるんだ」
「ふーん、秘密ね。じゃあ俺のも聞くなよ?」
「なにを隠してるんだい、リュウ」
「い、いや……別に。ただーー今年は負ける気がしねぇってだけだ」
その言葉に、ヒカルとショートは目を合わせて笑った。
根拠なんてない。
でも、リュウジの言葉はチームの支柱みたいに響いた。
外はもうすっかり夜だ。
月の光がカーテンの隙間からやわらかく差し込む。
「僕たちは去年、決勝で敗けた。今年こそ優勝したい」
「当然。リベンジだ」
「負けるのは嫌だからね〜」
三人の声が静かに重なった。
同じ想いを抱けることが、ただ嬉しかった。
そしてヒカルには、確信があった。
今年は違う。
一年たちが、僕らに“もう一度風を吹かせてくれる”。
消灯のベルが鳴る。
三人はそれぞれの部屋へ戻っていった。
ドアが閉まる音が、夜の静寂に溶けていく。
ヒカルはひとり、月を見上げて呟いた。
「……今年こそは、勝ちたい」
その声は夜風に乗り、寮の外へと流れていった。
ヒカルを中心に、リュウジとショートが自然に支え合う。
この夜の三人は、勝利よりも“仲間の存在”を再確認していた。
風は、確かに吹き始めている。




