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第8話 紅白戦 ③

半年ぶりのマウンド。

それは、止まっていた時間を取り戻すような一球だった。

緊張と希望、そして“風”の始まりの物語。





 半年ぶりのマウンド。

 踏みしめた土の感触が、指先から全身へと広がっていく。


 グラウンドの空気が、じわりと熱を帯びていた。

 観客はいない。

 それでも、この一瞬を見ている人が確かにいる。


 ヒカル先輩がミットを構えた。

 サインはーー“ストレート”。


(よし、いくぞ……!)


 腕を振り切った。

 風を裂く音が耳を打つ。


 だがーー


「ボール!」


 白球はわずかに外れ、乾いた音を残してネットに跳ねた。

 その直後、ヒカル先輩が軽やかにマスクを外す。


「タイム」


 落ち着いた声。

 ゆっくりと歩み寄ってきた。


「すごい球だよ、タイチ君。リュウと同じくらいの球速が出ていたんじゃないか。

 僕が捕り損ねた。本当に申し訳ない」


「そ、そんな! 汗で手が滑っただけです!」


 慌てて首を振るオレに、ヒカル先輩はふっと笑う。

 その笑みは、春の風みたいにやわらかかった。





 再び構え。

 気持ちを整え、ただ前だけを見る。


 ーーズバァン!


 一球。

 二球。

 三球。


 三者連続三振。


「なにあの球!」


 センターのユーリが叫ぶ。

 隣で三輪はガムを噛みながら、ニヤリと笑った。


「……やるじゃん、タイチ」


 胸が熱くなる。

 だけど、そんな余韻はすぐに打ち砕かれた。





 二回表。

 マウンドに立つリュウジ先輩のバットが、

 空を裂いた。


 カキィンッ――!


 鋭い金属音が胸を貫く。

 白球は一直線に外野へ飛び、ネットに突き刺さった。


 二点先取。

 圧倒的な力の差。

 まるで、目の前に高い壁が立ちはだかるようだった。


(……やっぱり、あの人はすごい)


 それでも、負けたくなかった。





 ヒカル先輩がタイムを取り、

 マウンドに歩み寄ってくる。


「タイチ君」


 その声は、どこまでも静かだった。


「君の速球は素晴らしい。

 でもね……“速い”だけじゃ勝てない。

 だからこそ――緩急を使おう」


 短くうなずく。

 心臓の音が、風の中で混ざっていく。


 構え直して、手を離した。


 スローボール。

 それは、風のように静かで、鋭く沈む球だった。


 ――空振り三振。


 ヒカル先輩がマスク越しに微笑んだ。


「これが“風”さ。

 君の球が、相手を揺らしたんだ」


 その瞬間、胸の奥が熱くなった。

 嬉しいとか、悔しいとか、そんな言葉じゃ足りない。


(この人となら……どこまでも行ける)


 オレはそう思った。





タイチの速球が、初めて“風”になる瞬間。

それは力じゃなく、信頼が生んだ一球だった。

ヒカル先輩と出会い、タイチの野球が“個”から“チーム”へ変わり始める――。


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