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「◎すいたい」衰退しちゃった高校野球。堕ちた名門野球部を甲子園まで  作者: 末次 緋夏
タイチ始まりの章

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第1話 風の止んだグラウンド  

ーーようやくここまで来た。


待ち望んだ舞台。

甲子園の熱気が、肌を焦がすほど伝わってくる。


背後には、仲間たちの声が聞こえる。

どの声も、オレを支えてくれる“風”のように響いていた。


そして、オレの目の前には

バッターボックスには、ライバルが立っている。

鋭い眼光がこちらを射抜いてくる。

その視線に、オレの胸が高鳴った。


 試合は同点の最終局面。


誰もが息を呑むこの瞬間だ。

それなのに不思議と笑みがこぼれる。


オレはボールを握りしめ、全身で振りかぶった。


 「行くぞーーこれが、オレたちの野球だ!」


その時グラウンドに風が吹いた。

その風の中へ、渾身の一球を放った。



 グラウンドの真ん中で、オレは立ち尽くしていた。

 夕陽が沈みかけ、風が枯れ葉を巻き上げていく。

 金木犀の香りが遠くで揺れ、赤く染まった空の下で、ボールの影だけがやけに長く伸びていた。


 頬を伝う涙を、秋風が冷たくさらっていく。


 


 かつて“夢の舞台”と呼ばれた甲子園。

 今でも歓声はある。ーーけれど、少ない。


 じいちゃんがよく言ってた。

 「昔はな、スタンドが割れるほどの歓声だったんだぞ」って。

 練習の合間に、何度も聞かされた言葉だ。


 そのたびに、オレはまだ見ぬ甲子園に思いをはせた。

 風が吹き抜けるスタンド。砂を巻き上げる白球。

 いつかあの場所に立って、“風”を掴みたいーーそう思ってた。


 

「……投げたいな」


 誰もいないマウンドでつぶやいた声は、風に攫われて空へ溶けていった。

 掌には、じいちゃんと最後にキャッチボールをしたボールの感触が残っている。

 もう一度だけ、あの人に投げたかった。


 

 思い出すのは、ふたつの声だ。


「タイチ、風を掴むように投げろ!」


 あの頃、耳がタコになるほど聞いた言葉。

 でも、最後に聞いたのはその“逆”だった。


 

「タイチ……もう、野球はやめとけ」


 

 あの日。病室の窓の外では、銀杏の葉がゆっくりと落ちていた。

 ベッドの横のテーブルには、週刊誌。


(野球界の闇に迫る)(高校野球、縮小か)ーーそんな見出しが並んでいた。


 テレビからはサッカー中継の歓声。

 その熱気が、「もう野球の時代は終わった」とでも言いたげだった。


「え? どうしてだよ。じいちゃん、野球が大好きだったじゃん!」


「好きだったさ。けど、もう時代が違う。

 今の野球は……信じられなくなっちまった」


 声が震え、喉が詰まる。言葉が出てこなかった。

 じいちゃんは細い腕を伸ばし、オレの頭をそっと撫でた。


「タイチ。お前は真っすぐすぎる。

 だからこそ、曲げられるな。それだけ覚えとけ」


 それが、じいちゃんの最期の言葉だった。


 

 葬式の日、空だけはやけに青かった。

 なのに、心の中はどこまでも曇っていた。


「元気が取り柄だった大虎さんがなぁ……」

「辛いだろうけど、タイチ君……」


 涙ながらにかけられる言葉のひとつひとつが、心に沈んでいく。

 オレは数珠を握りしめ、うつむいたまま何も言えなかった。


 

 家に戻ると、ちゃぶ台の上には湯飲みの輪染み。

 靴箱の上には、黒い数珠。

 新聞を広げて笑っていた背中が、まだ目から離れない。


 両親はいない。親戚もいない。

 この家には、オレとじいちゃんーーそれだけだった。


 「じいちゃん……どうして、やめろなんて言ったんだよ」


 つぶやきながら、帽子のつばを握りしめる。

 緊張したとき、覚悟を決めるとき。

 いつもじいちゃんがそうしていたみたいに。


 

 中学二年の秋。十四歳のオレは、どこにも居場所がなかった。

 じいちゃんがいなくなってから、学校を休む日が増えた。クラスメイトの「家族」の話を聞くのが、ただただ辛かった。


 家で一人で食べるご飯は、まるで味がしなかった。 箸を動かすたび、じいちゃんが“薄味派”だったことを思い出す。

 喉の奥がぎゅっと詰まり、また涙がこぼれた。


 買い物を終えて帰っても、「おかえり」と言う人はいない。 静まり返った家が、「もうじいちゃんはいない」と突きつけてくる。


 

 季節だけが、無情に進んでいった。

 秋が深まり、冷たい風が部屋を抜ける。


  ーー数週間後。


 部屋を片づけようと押し入れを開けたとき、

 奥から一冊の古びたノートが転がり出てきた。


 

 表紙には、太いマジックでこう書かれている。 『野球・虎の巻』


 ページをめくると、びっしりと丁寧な字。

 投球フォーム、守備、配球、そして“心の構え方”。 どのページにも、じいちゃんの野球が生きていた。


 そして、最後のページだけ筆圧が強く、紙が少し破れている。

 そこに書かれていた言葉を見た瞬間、胸が大きく鳴った。


 『タイチ!! 諦めるな。風は必ず吹く!!』


まるで、未来から届いたメッセージみたいだった。


 

「……ずるいよ、じいちゃん。やめろって言っておいてさ」


 ぽた、ぽたと涙が落ち、ノートの文字がにじむ。

 オレは慌てて袖で拭った。

 胸の奥がじんわりと熱くなっていく。


 気づけば、指先でじいちゃんの字をなぞっていた。

 その一筆一筆が、あの日の声みたいに響く。


  顔を上げると、窓の外は茜色に染まっていた。

 沈みかけた夕陽がノートの端を照らし、金色の縁取りを作る。

 まるで、じいちゃんがそこに立っているようだった。


 ノートを胸に抱き、帽子のつばを握りしめる。


(もう一回、野球をやってみよう)

(オレが、風を吹かせるんだ)


 

 その瞬間、胸の奥で“カチリ”と音がした気がした。

 止まっていた時間が、ふたたび動き出す。


 

窓の外では、秋風がグラウンドの方角へ吹いている。

 風に乗って、じいちゃんの声が確かに聞こえた気がした。


 

オレは立ち上がり、帽子のつばをもう一度握り直す。


 もう、迷わない。

 この風の向こうに、まだ見ぬ仲間がいる。

 この風の先に、オレの未来が待っている。


 

 胸の奥で、何かが静かに熱を帯びていく。


 ーーここから始まる。

 衰退した野球の時代に、もう一度風を吹かせる時代が。




20☓☓年、日本の高校野球は「あること」が原因で衰退してしまった。


「野球」のことを道行く子どもに聞いてみても

「野球? 今はゲームの時代だよ」


そう笑う子どもたちが増えた。


いつしか、バットよりもコントローラーのほうが“当たり前”になった。


これは、そんな時代の中でーー

それでも“野球”に賭けた少年たちの物語である。


【野球】

それは、9人ずつの2つのチームが攻撃と守備を交代しながら得点を競う球技のことを指す。

試合の終了までにより多くの点を取った方のチームが勝利する。


*この作品は、スポーツを題材にしたヒューマンドラマです。

試合の勝ち負けだけではなく、

人と人とのつながり、言葉にできない想い、

そして「もう一度立ち上がる勇気」を描いていきます。


*体育会系のノリや他人いじりなどは極力なく、

静かな熱を大切にしています。

誰でも安心して読める、青春小説として。


*しばらくは毎日更新します。

ブクマや☆をいただけると嬉しいです(^^)



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― 新着の感想 ―
前書きのプロローグから、言葉選びのセンスとリズム、あえて句点のないところでも一箇所切っていて見栄えまでもがが素晴らしいです。 おじいちゃんが亡くなったと示唆されているので、回想に入るとすぐにうるうる…
先生、お疲れ様です。 早速読ませて頂きました! このお話は、とても胸にぐっとくる第1話でした。 最初の「風の止んだグラウンド」というタイトルから、すでに物語全体の象徴が込められていて、静けさの中に情…
まーた泣かされましたぁ……
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