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『占い見ます』~はずれる人、お断り

作者: 妙原奇天
掲載日:2025/10/04

改札の神託


 行列は占い機の前で折れ曲がり、券売機のとなりで細くなった。

 新型の占い自販機〈オラクル〉は、無口で、紙だけを吐き出す。画面は灰色、ボタンは三つ。話題は多いが、音はひとつも出さない。


 田島は胸ポケットの身分証を指で押さえた。今日から駅ナカ事業部への出向。初日の指示は短い。

「“当たった事例”を集め、レポートにまとめてください」

 当たらなかった事例については、何も言われていない。


 紙は静かな印字音を残して出てきた。

《本日のあなたは、南口で焼きたてに出会います。少し早めの昼食を。》

 先頭の女性は笑い、友人の袖を引いた。ちょうどそのとき、構内アナウンスが流れる。

「北口ベーカリーは焼き上がりまで十五分ほどお時間をいただきます」

 列が、気づかれない角度で、南へ傾いた。


 午後。SNSは「当たった」で満ちた。

 《傘を持て》と出た学生は、改札を出たところでにわか雨に会い、売店のビニール傘を広げて自撮りした。

 《本日の落とし物は、改札内の右側》と出た会社員は、朝落とした社員証を“右側”の遺失物カウンターで受け取って笑顔だ。

 《赤色は勧めない》と出た若いカップルは、青いスニーカーを選んで、写真に「これも当たり」と書いた。


 田島は“当たり”のスクリーンショットを淡々と保存した。保存先のフォルダ名はRESULTS、その下にHIT。MISSは初めから存在しない。



「で、どう見えます?」

 打合せ室で、久世課長がペットボトルのキャップを回した。

「的中率は100%です。数字上は」

「数字上は?」

「“当たり”の母集団が、変です」


 田島はプリントをめくった。オラクルの占い文面は、やさしい。やさしすぎる。

《南口の新作パン》と書く日の南口には、クーポンが貼られる。北口のベーカリーは“焼き上がり待ち”の札を出す。

《落とし物は右側》の日、左側のカウンターは“本日担当不在”になる。

《赤色は勧めない》の日、赤は売り切れ、青は棚の中央に積まれている。


「当たるように環境が書き換わっている。それも駅の仕組み側から」

「表現が攻撃的ですね」

「正確です。しかも“外れた人”の扱いが抜けています」


 課長は笑った。口角の上がり方が、貼り紙に似ていた。

「“外れた人”は存在しません」

「定義上ですか」

「集計上です。“助言券”扱いに切り替わる。“占い通りに行動した人”だけを母集団に採用、と規程で決めました。無理に従ってもらう必要はない。ただ、従って“当たる”楽しさを、丁寧に用意するだけです」


 丁寧。田島はその言葉をノートの端に書いた。書いてから、二重線で消した。



 数日、田島は“当たり”を集めた。集めるたびに、違和感も集まった。

 駅は、こまごまと手を動かしている。サイネージ、構内放送、店員の「本日おすすめでございます」、改札の開閉。微差が積み重なり、客の進路を狭める。


 その夕方、オラクルの前で制服の少年が困っていた。

《今日は東改札から出ると良い》

 少年の定期は西改札でしか使えない。東は工事中で、臨時改札が開いている日だけ通れる。

 ちょうどそのとき、臨時改札のシャッターが上がった。

「※本日、混雑緩和のため一時開放いたします」

 少年はオラクル券を握りしめ、東へ走った。

 田島は、走った理由を理解してしまう。理解したくはなかった。



 会議室。匿名化された資料の束。

 表紙には**「オラクル運用要領(抜粋)」**とある。

 第一章 定義。

 1. 的中率──“占い文面に従った利用者”に対し、占い文面が現実の事象と一致した割合。

 2. 利用者──駅アプリ、定期更新、構内購買等の履歴により、本人同意のもと識別された者。

 3. 助言券──占い文面に従わなかった利用者に発行される券。統計上の扱いは助言ログであり、的中率計算の対象外。


 田島はページをめくった。

 第四章 環境調整。

 1. 広告・販促──占い文面と一致する販促を該当箇所に掲出する。

 2. 動線──改札の開閉、案内表示、エスカレーター運転方向の調整を行う。

 3. 在庫──該当商品の面出し、売切れ表示の再配置。

 4. 情報──構内アナウンス、遅延情報の優先表示。

 5. 除外──助言券の体験者は、レビュー欄に投稿できない設定を既定とする。


「徹底していますね」

 久世課長は水を飲んだ。

「徹底しないと“体験”にならないので」

「体験」

「ええ。当たる体験。未来を言い当てるのは難しいが、未来のような通路を敷くのは簡単です。しかも皆さん、嬉しそうでしょ?」


 田島は窓の外を見た。ホームに風が流れ、ベンチの広告がめくれた。未来という文字が、二秒ほど裏返しに見えた。



 田島は反抗を決めた。

 翌朝、オラクルが吐き出した券を、彼はポケットで折って、逆を選ぶ。


《本日は南口を避けるのが吉》

 田島は南口に向かった。

 途中、北口のエスカレーターが逆回転になった。上りが荷物搬入で止まる。駅員がロープを張る。

 南口は空いていた。自動ドアのむこうで、焼きたての香りがした。


《午前の会議はオンラインで》

 田島は現地に顔を出すつもりで駅を出た。

 信号待ちの向こうで、道路工事が始まっていた。タクシーは長い列。会社からメッセージが届く。

《急な設備点検のため、会議室は使用不可。オンラインで》

 田島は歩道橋を渡り、カフェに入った。カフェのWi-Fiは、強かった。


《今日は現金を使うと良い》

 田島はカードを出した。

「すみません、本日カードの読み取りが不調でして」

 店員は“丁寧に”頭を下げた。

 田島は小銭を数えた。当たりの音が、卓上のトレイで乾いた。


 反抗は続かなかった。続けるだけの未練も、利点も、意味もなかった。

 駅は、彼の逆を予測する能力さえ持っていた。予測し、微調整した。

 田島はポケットの券を丸め、ゴミ箱に入れた。ゴミ箱の蓋には「占い券リサイクル」と印字されていた。



 週明け、打合せ室。

 久世課長はいつになく上機嫌だった。

「数字、いいですよ。レビューも伸びています」

「“当たった”しか表示されない設計ですからね」

「事実です。“当たった”。それ以外は助言ログ」

「“助言”が積み上がると、何になります?」

「UX改善です。次は、もっと当たる」


 田島は、机の下で拳を握った。手汗がにじむ。にじんだ汗が、何かの“データ”になることを想像して、開いた。

「この装置は、予言ではなく誘導です。倫理審査は?」

「通っています。**“本人同意”**ですから」

「同意の画面は、どこに?」

「アプリの初回起動時です。皆さん、可愛いスタンプがもらえるので“同意する”を押してくれます」

 課長は笑った。

「それに、私たちは誰の自由も奪っていません。当たりのほうが歩きやすいだけです」



 その夜、田島は終電間際の駅に立った。

 オラクルの前には、誰もいない。

 彼は百円玉を入れ、券を受け取った。

《あなたはこの仕組みを暴こうとして、やめる》

 インクは新しい匂いがした。

 改札の向こうで、工事の黄色い柵が並ぶ。駅員が黙って動かす。行く手は狭くなり、別の通路が広くなる。


 田島は、駅の外に出れば破れると考えた。

 駅の外には、家族がいる。保育園の送り、スーパーの特売、定期の更新。

 駅の外で暮らすために、彼は明日も駅を通る。通るために、定期を更新する。更新すれば、オラクルは彼の朝を、またやさしくなぞる。

 やさしさは、刃より速い。


 彼は券を折った。四つに、八つに、細くなるまで。ゴミ箱の小さな口に差し込もうとして、やめた。

 券売機の脇に戻り、壁に片手を当てた。冷たい。駅の体温は、いつも一定だ。


 翌朝、田島は出社してレポートを書いた。

 件名:オラクル運用週報。

 本文:当たった事例の一覧、スクリーンショット、レビューの抜粋。

 最後に、所感欄を作った。数秒だけ、空欄にカーソルが点滅した。


 彼は一文を打ち込んだ。

 ——当たるように書けば、当たる。


 送信ボタンを押すと同時に、メールが返ってきた。自動返信だ。

《ご投稿ありがとうございます。本日のあなたは、的確な所感を残します》

 画面の右上で、スタンプの通知が跳ねた。“オラクル・インサイト Lv.1 達成!”

 バッジは青く輝いていた。赤色は勧めない、という日の翌日だった。



 翌月、オラクルは増設された。導入駅は市内全域に広がる。**的中率100%**のキャッチコピーが、街角のLEDで笑う。

 “当たらない人”は、どこにもいなかった。集計上。

 “外れ”た人は、助言券を握ったまま、レビュー欄にアクセスできなかった。

 “迷う”人は、案内表示に導かれた。優先表示、限定クーポン、臨時改札。当たりは、少しだけ涼しい通路に敷かれていた。


 田島は改札を抜け、青いバッジが並ぶアプリ画面を閉じた。

 人波の上で、構内放送が秒単位で調整される。

 駅は、人間より優しい。そして、そのぶんだけ、正確だ。


 オラクルは今日も紙を吐き出す。

《あなたは、占い通りに動く》

 それは脅しではない。親切だ。


 親切は、刃より速い。


 そして、当たるように書けば、当たる。

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