『占い見ます』~はずれる人、お断り
改札の神託
行列は占い機の前で折れ曲がり、券売機のとなりで細くなった。
新型の占い自販機〈オラクル〉は、無口で、紙だけを吐き出す。画面は灰色、ボタンは三つ。話題は多いが、音はひとつも出さない。
田島は胸ポケットの身分証を指で押さえた。今日から駅ナカ事業部への出向。初日の指示は短い。
「“当たった事例”を集め、レポートにまとめてください」
当たらなかった事例については、何も言われていない。
紙は静かな印字音を残して出てきた。
《本日のあなたは、南口で焼きたてに出会います。少し早めの昼食を。》
先頭の女性は笑い、友人の袖を引いた。ちょうどそのとき、構内アナウンスが流れる。
「北口ベーカリーは焼き上がりまで十五分ほどお時間をいただきます」
列が、気づかれない角度で、南へ傾いた。
午後。SNSは「当たった」で満ちた。
《傘を持て》と出た学生は、改札を出たところでにわか雨に会い、売店のビニール傘を広げて自撮りした。
《本日の落とし物は、改札内の右側》と出た会社員は、朝落とした社員証を“右側”の遺失物カウンターで受け取って笑顔だ。
《赤色は勧めない》と出た若いカップルは、青いスニーカーを選んで、写真に「これも当たり」と書いた。
田島は“当たり”のスクリーンショットを淡々と保存した。保存先のフォルダ名はRESULTS、その下にHIT。MISSは初めから存在しない。
◇
「で、どう見えます?」
打合せ室で、久世課長がペットボトルのキャップを回した。
「的中率は100%です。数字上は」
「数字上は?」
「“当たり”の母集団が、変です」
田島はプリントをめくった。オラクルの占い文面は、やさしい。やさしすぎる。
《南口の新作パン》と書く日の南口には、クーポンが貼られる。北口のベーカリーは“焼き上がり待ち”の札を出す。
《落とし物は右側》の日、左側のカウンターは“本日担当不在”になる。
《赤色は勧めない》の日、赤は売り切れ、青は棚の中央に積まれている。
「当たるように環境が書き換わっている。それも駅の仕組み側から」
「表現が攻撃的ですね」
「正確です。しかも“外れた人”の扱いが抜けています」
課長は笑った。口角の上がり方が、貼り紙に似ていた。
「“外れた人”は存在しません」
「定義上ですか」
「集計上です。“助言券”扱いに切り替わる。“占い通りに行動した人”だけを母集団に採用、と規程で決めました。無理に従ってもらう必要はない。ただ、従って“当たる”楽しさを、丁寧に用意するだけです」
丁寧。田島はその言葉をノートの端に書いた。書いてから、二重線で消した。
◇
数日、田島は“当たり”を集めた。集めるたびに、違和感も集まった。
駅は、こまごまと手を動かしている。サイネージ、構内放送、店員の「本日おすすめでございます」、改札の開閉。微差が積み重なり、客の進路を狭める。
その夕方、オラクルの前で制服の少年が困っていた。
《今日は東改札から出ると良い》
少年の定期は西改札でしか使えない。東は工事中で、臨時改札が開いている日だけ通れる。
ちょうどそのとき、臨時改札のシャッターが上がった。
「※本日、混雑緩和のため一時開放いたします」
少年はオラクル券を握りしめ、東へ走った。
田島は、走った理由を理解してしまう。理解したくはなかった。
◇
会議室。匿名化された資料の束。
表紙には**「オラクル運用要領(抜粋)」**とある。
第一章 定義。
1. 的中率──“占い文面に従った利用者”に対し、占い文面が現実の事象と一致した割合。
2. 利用者──駅アプリ、定期更新、構内購買等の履歴により、本人同意のもと識別された者。
3. 助言券──占い文面に従わなかった利用者に発行される券。統計上の扱いは助言ログであり、的中率計算の対象外。
田島はページをめくった。
第四章 環境調整。
1. 広告・販促──占い文面と一致する販促を該当箇所に掲出する。
2. 動線──改札の開閉、案内表示、エスカレーター運転方向の調整を行う。
3. 在庫──該当商品の面出し、売切れ表示の再配置。
4. 情報──構内アナウンス、遅延情報の優先表示。
5. 除外──助言券の体験者は、レビュー欄に投稿できない設定を既定とする。
「徹底していますね」
久世課長は水を飲んだ。
「徹底しないと“体験”にならないので」
「体験」
「ええ。当たる体験。未来を言い当てるのは難しいが、未来のような通路を敷くのは簡単です。しかも皆さん、嬉しそうでしょ?」
田島は窓の外を見た。ホームに風が流れ、ベンチの広告がめくれた。未来という文字が、二秒ほど裏返しに見えた。
◇
田島は反抗を決めた。
翌朝、オラクルが吐き出した券を、彼はポケットで折って、逆を選ぶ。
《本日は南口を避けるのが吉》
田島は南口に向かった。
途中、北口のエスカレーターが逆回転になった。上りが荷物搬入で止まる。駅員がロープを張る。
南口は空いていた。自動ドアのむこうで、焼きたての香りがした。
《午前の会議はオンラインで》
田島は現地に顔を出すつもりで駅を出た。
信号待ちの向こうで、道路工事が始まっていた。タクシーは長い列。会社からメッセージが届く。
《急な設備点検のため、会議室は使用不可。オンラインで》
田島は歩道橋を渡り、カフェに入った。カフェのWi-Fiは、強かった。
《今日は現金を使うと良い》
田島はカードを出した。
「すみません、本日カードの読み取りが不調でして」
店員は“丁寧に”頭を下げた。
田島は小銭を数えた。当たりの音が、卓上のトレイで乾いた。
反抗は続かなかった。続けるだけの未練も、利点も、意味もなかった。
駅は、彼の逆を予測する能力さえ持っていた。予測し、微調整した。
田島はポケットの券を丸め、ゴミ箱に入れた。ゴミ箱の蓋には「占い券リサイクル」と印字されていた。
◇
週明け、打合せ室。
久世課長はいつになく上機嫌だった。
「数字、いいですよ。レビューも伸びています」
「“当たった”しか表示されない設計ですからね」
「事実です。“当たった”。それ以外は助言ログ」
「“助言”が積み上がると、何になります?」
「UX改善です。次は、もっと当たる」
田島は、机の下で拳を握った。手汗がにじむ。にじんだ汗が、何かの“データ”になることを想像して、開いた。
「この装置は、予言ではなく誘導です。倫理審査は?」
「通っています。**“本人同意”**ですから」
「同意の画面は、どこに?」
「アプリの初回起動時です。皆さん、可愛いスタンプがもらえるので“同意する”を押してくれます」
課長は笑った。
「それに、私たちは誰の自由も奪っていません。当たりのほうが歩きやすいだけです」
◇
その夜、田島は終電間際の駅に立った。
オラクルの前には、誰もいない。
彼は百円玉を入れ、券を受け取った。
《あなたはこの仕組みを暴こうとして、やめる》
インクは新しい匂いがした。
改札の向こうで、工事の黄色い柵が並ぶ。駅員が黙って動かす。行く手は狭くなり、別の通路が広くなる。
田島は、駅の外に出れば破れると考えた。
駅の外には、家族がいる。保育園の送り、スーパーの特売、定期の更新。
駅の外で暮らすために、彼は明日も駅を通る。通るために、定期を更新する。更新すれば、オラクルは彼の朝を、またやさしくなぞる。
やさしさは、刃より速い。
彼は券を折った。四つに、八つに、細くなるまで。ゴミ箱の小さな口に差し込もうとして、やめた。
券売機の脇に戻り、壁に片手を当てた。冷たい。駅の体温は、いつも一定だ。
翌朝、田島は出社してレポートを書いた。
件名:オラクル運用週報。
本文:当たった事例の一覧、スクリーンショット、レビューの抜粋。
最後に、所感欄を作った。数秒だけ、空欄にカーソルが点滅した。
彼は一文を打ち込んだ。
——当たるように書けば、当たる。
送信ボタンを押すと同時に、メールが返ってきた。自動返信だ。
《ご投稿ありがとうございます。本日のあなたは、的確な所感を残します》
画面の右上で、スタンプの通知が跳ねた。“オラクル・インサイト Lv.1 達成!”
バッジは青く輝いていた。赤色は勧めない、という日の翌日だった。
◇
翌月、オラクルは増設された。導入駅は市内全域に広がる。**的中率100%**のキャッチコピーが、街角のLEDで笑う。
“当たらない人”は、どこにもいなかった。集計上。
“外れ”た人は、助言券を握ったまま、レビュー欄にアクセスできなかった。
“迷う”人は、案内表示に導かれた。優先表示、限定クーポン、臨時改札。当たりは、少しだけ涼しい通路に敷かれていた。
田島は改札を抜け、青いバッジが並ぶアプリ画面を閉じた。
人波の上で、構内放送が秒単位で調整される。
駅は、人間より優しい。そして、そのぶんだけ、正確だ。
オラクルは今日も紙を吐き出す。
《あなたは、占い通りに動く》
それは脅しではない。親切だ。
親切は、刃より速い。
そして、当たるように書けば、当たる。




