愛しい気持ち
あの出来事があってから、二人で本を読む時間がなくなりひと月が経とうとしていた。アエラは1人で本を読むことが増えた。
アエラが本を読んでいると、ハロンがなにか言いたげにその姿をじっと見ているの感じる。その視線が居心地が悪く、ハロンから逃げるように作業部屋で読むようになっていた。
昼間の仕事が一段落して、いつものように部屋で本を読んでいた。ふと窓から外を見るとハロンが木を切っていた。小屋の材料を作っているようだ。
アエラはハロンとの距離を保つために、彼女の家の近くにハロンが住む小屋を建てろと言った。
ハロンは急に彼女がそんな事を言い出し困惑し不服そうにしていた。
「アエラ急にどうしたんだい?理由を教えてくれ。君が何か不満なら改善するよう努力するから」
(ハロンとの距離が深まるのが怖いから。なんて本当の事を言えるわけがない)
「今まで十分住まわせてやっただろ。ここはあたしの家だ。ずっと出ていってほしいのを我慢していたんだ」
彼女は本音を隠し嘘を並べる。
(嘘だ、本当ならずっとハロンと一緒にいたい。だけど、ハロンがあたしに望む関係を叶えてやる事は出来ないんだ。)
「ーーどうしても無理なんだね。」
「あぁ、小屋が出来るまでは住ませてやる。ただし冬が来る前までに完成させな」
ハロンに投げるつけるように言い放つ。
「ーーアエラ…わかったよ」
アエラの顔は固い決意の色が浮かんでいる。そんな彼女の顔を見てハロンも渋々納得した。
「小屋は建てるよ。だけど僕にも条件を出させてほしい。1つはこれからも剣の稽古を一緒にすること。もう1つは…君が何故か最近避けてる本を読む時間を再開すること。この条件を受け入れてくれないと僕は小屋を建てられない」
「何でハロンが色々条件出してくるだよ!!あたしの言う事聞いて大人しく小屋でも建てろ!」
アエラは声を荒げる。別に剣の稽古は今まで通り続けるつもりだ。けど一緒に本を読む条件については受け入れない。
お互い一歩もひかずピリピリと張り詰めた空気が漂う。
結局に折れたのはアエラだった。
「あー、もうわかったよ!!剣の稽古もするし、本読みも再開する。それでいいだろ」
アエラはふてくされながらハロンの条件を飲むことにした。別にハロンと喧嘩がしたいわけじゃない。ただ距離を保つために小屋を建ててほしいだけなんだ。
「良かった。ありがとうアエラ」
ハロンがほっと吐息を洩らし張り詰めてい空気が解けていく。
それから約束通り本読みも再開し、ハロンも着々と小屋を建てる準備をしていた。
ハロンに小屋を建てるよう言った経緯を思い出していると、ピリッとした視線を感じる。窓を見るとハロンが瞬きもせずジッとアエラを見ていた。目があった瞬間アエラの背中にぶわっと鳥肌が立つ。
アエラと視線が合いハロンが口に笑みを浮かべながら手を振る。アエラも手をあげ応えるが、すぐに本へと視線を戻す。
(何かハロンに監視されているみたい。気のせいだよね。)
ふとアエラの頭によぎった疑問をかき消した。
夏が過ぎ肌寒くなった頃アエラは珍しく体調を崩した。理由はわかっていた。最近町で彼女が作る工芸品が思うように売れず収入が減っていた。
なんとか減ってしまった収入を増やそうと作った工芸品に絵付け施すようになった。しかし如何せん時間がかかる。寝る間も惜しんで作業をしていたため無理がたたって熱を出してしまった。
「アエラ大丈夫?今タオル変えるからね」
アエラの体温でぬるくなったタオルを水で濡らし、冷たくなったタオルを彼女のおでこに乗せる。
「あたしは平気だ。あんまり近くにいると伝染るぞ」
熱くて頭が上手く働かない。辛くてハロンに甘えそうになる自分をなんとか抑え、ぶっきらぼうに言う。
「君からなら伝染ったて平気だよ。何もせずにつらそうにしてるのにただ見てるだけなんて嫌なんだ」
アエラの頬を撫でながら、ハロンは優しくアエラに言った。
「2人とも倒れたら誰が看病するんだよ」
ハロンの言葉に嬉しくなる心を抑えられず上ずった声で言った。
「確かにそうだね。ここにはアエラと僕しかいないものね」
ハロンは溶けてしまいそうになるほど甘く囁き微笑んだ。それはいっそ神々しいほどだった。
「ーーハロンはあたしを置いてどこか遠い場所へと行ってしまったりしない?」
アエラがつい口走る。ハロンが不意をつかれたように彼女を見つめながら固まる。
(しまった、どう言い訳しよう)
働かない頭をフル稼働させるが言葉が見つからない。
アエラが、焦っていると左手がひんやりとした大きな手にぎゅっと包みこまれた。
「僕はアエラを一生1人しない、君を置いて何処かへ行くなんて考えられない。もう孤独になんかさせないよ」
ハロンがアエラの左手を持ち上げ唇に近づけ指にキスを落とした。焼けるように熱くアエラを見つめる。
2人の視線が深く絡み合う。女の本能で体が甘く震える。ハロンの顔がアエラの顔に近づき、しっとりとした柔らかい唇が彼女の唇に当たる。
(もうだめだ彼には抗えない。あたし十分1人で頑張ったよね。)
アエラはもうハロンへの気持ちに蓋をすることはできなかった。愛しい気持ちが溢れていた。