過去の記憶
ガブリエルは王と後妻との子どもだった。母は男爵の娘であり普通なら王と結婚できるような身分ではなかった。けれど母は薔薇のように華やかでそれそれは美しかった。舞踏家で様々な男を魅了し最後には王に見初められた。
前妻である王妃を亡くし消沈している王の前に現れ、天使のように時に悪魔のように王を翻弄しあれよあれよというまに王妃の座を勝ち取った。
23年前、第一王子であるヘイスが17歳の頃にガブリエルはこの世に生を受けた。
母はガブリエルが生まれてすぐに乳母に世話を任せ舞踏会や茶会などで忙しそうだった。ガブリエルは母に抱き上げられた記憶がなく乳母が母親代わりのようだった。
ガブリエルが幼い頃、国の情勢が不安定で王としての仕事が多忙で父には滅多に会うことが出来なかった。たまに会う父は穏やかな男ではあったが、年に1、2度としか会わない王はガブリエルにとったら親のように思えずどこか他人の様にだった。
兄であるヘイスはガブリエルが生まれる前から寄宿学校に通っており、年1度兄が帰省したタイミングで顔を合わせるぐらいだった。
生まれたときから血の繋がった家族との関係が希薄で、乳母や10歳頃からガブリエルを護衛をしてくれているロイの方が彼にとっては家族のような存在だった。
ガブリエルに愛を与えてくれなかった母は、彼が王になることを熱望していた。第一王子であるヘイスがいながら、ガブリエルが王になれるようにと様々な英才教育を母は施した。
父や母に甘えたい盛の頃、剣の訓練、音楽や学問、礼儀作法や同盟を結ぶ諸外国の勉強と毎日忙殺され息つく暇などなかった。
彼があまりの忙しさに音を上げ母に勉強を減らしてくれるよう頼む。
「ガブリエルはいつかこの国の王になるのです。泣き言など言うものではありません」
母はガブリエルを見下ろし冷たく言った。そして自分は盛装して舞踏会へと戯れに行った。
(母は僕に興味がない。王になる為の母の人形なのだ。心などいらないのだ。)
ガブリエルは母から愛を貰うことを諦めた。それからガブリエルは周りに言われたことをただ淡々とこなしていった。
ある日ガブリエルが幼い頃から懐いていた乳母の姿が見えなくなっていた。不安がガブリエルの心を包む、意を決して母に聞いた。すると母は事も無げに言った。
「あなたもう10歳なのよ。いい加減誰かに甘えるのはよしてひとり立ちしなさい」
母はガブリエルの言い分など聞かずいつものように茶会に行ってしまった。
この時ガブリエルは母の言うことをどんなに聞いても、彼の気持ちを理解しようともしてくれない事を知る。
大切なもの作ってもどうせ母に取り上げられてしまう。僕は自分の意志じゃなくてこの国のために生きなければいけないんだ。ガブリエルはこれからの未来を想像して絶望した。
いつもの稽古終わり久しぶりに母の部屋に呼び出される。何事かと尋ねにいくと、鏡を見ながら黄金に輝く髪にオイルを塗りながら母は軽々とガブリエルに言った。
「ガブリエル、あなた来月で13歳よね。13歳になったら寄宿学校に通いなさい。いいわね」
「ーー来月からですか?そんな急に」
「あなたに拒否権はありません。私が行けと行ったら行くのです」
いきなりの事に戸惑っていると母は面倒くさそうにため息を吐き、横目でガブリエルを見ていう。
母の部屋から出てきたガブリエルに、外で待機していた騎士のロイが気遣わしげに声をかける。
「ガブリエル様…」
「母様が来月から寄宿学校に通いなさいってさ」
温かく時に厳しくいつも側に使えてくれるロイを心配させないように、なんて事ないように軽く伝えた。
「ーーガブリエル様、貴方様がどんな凄烈な場所へ行かれようとお供いたします」
強がる彼を憂いを帯びた目で見やり、忠誠を表すように跪いた。
間もなくしてガブリエルは王となる器を育てるため、同年代の貴族達が多く通っている寄宿学校に入学することとなった。
いつも城で過ごしていても剣術や勉学に追われ自由などなかった。城に比べて、母や口うるさい母の側近達がいない寄宿学校は居心地が良かった。
しかし同級生達はガブリエルを遠巻きに見てるばかりで交流を深める事は出来なかった。王になる為に生きてきたガブリエルは友と呼べるものもいなかった。
(ここには母様はいない。自分の意志で動けるんだ)
ガブリエルはこの状況をなんとか打破出来ないかと、積極的に教師や同級生達に話しかけたりして試行錯誤していた。
そんなある日同級生達の会話をガブリエルは聞いてしまった。
「俺あの王子様は見てるとイライラするんだよな」
「わかる、わかる。下々の民に話しかけてやってますって感じで俺等を見下してるよな」
「いつも同じ笑顔で仮面みたいで気味が悪いぜ」
「まさか本当に自分が王・様・になれると思ってるのかね」
意地の悪そうな薄ら笑い声が聞こえガブリエルの事を話していた。ガブリエルは急いでその場を立ち去った。
心に孤独と同時に怒りが湧いてくる。
(僕は一度だって王になりたいなんて思ったことない。本当はみんなと同じようになりたいんだ。)
けれどそれは叶うことのない夢だ。ガブリエルは自分を殺して周りのために生きなければいけない人形なのだ。
この瞬間ガブリエルは感情を捨てた。
それから寄宿学校では18歳まで過ごした。何人か寄宿学校でも気を許せる友人はできた。友はガブリエルの元で働き彼が王になれるように支えてくれる。けれどそんな仲間達がいてもガブリエルはいつも孤独だった。
―――
20歳を過ぎた頃、王は齢65になっておりこの国の平気寿命を優に越していた。前までは風邪など引いたことがないくらい健康体で、国中を動き回り王としての職務をはたしていた。しかしそんな父も病にかかり先は長くないかもしれないと言われていた。
父が亡くなる前に次期王を決めなければいけない。そんな臣下達の焦りがガブリエルにも伝わってきた。
ヘイスとガブリエル一体どちらが王位を継ぐのかと囁かれていた。普通なら王位は兄に継承されるはずだが王は兄が継ぐことを危惧していた。
氷のように冷たくずる賢い。自分の利益にならないものは容赦なく切り捨て、血なまぐさい行為も厭わない。父と兄は正反対だった。父は国民から愛され尊敬されている。そんな父の気質を受け継いでいると言われるのはガブリエルの方だった。
ヘイスが王になってしまったらこの国は滅ぶかもしれない。ヘイス派を除き多くの臣下達がガブリエルこそが次期王だとまことしやかに囁やいていた。しかしそんな状況を王になることに固執しているヘイスが黙っているはずもなかった。
ある日、日頃の公務の息抜きにとお供を連れ森で狩りをしてる時、突然木陰に隠れていた男に襲撃された。襲撃者に必死に剣で格闘しながら一緒に来ていた兵士に応援を求める。しかし反応がない。
「あいつは俺達に寝返ったぜ」
男は薄笑いを浮かべる。
(兄はどんな手を使っても僕を殺したいのだ。)
2年ほどガブリエルに使えていた兵士の裏切りを知ると同時にヘイスの執念を感じた。
(もう疲れた。僕は王位なんかいらない)
ガブリエルの心は限界だった。
「じゃあな、王・子・様・」
ガブリエルが一瞬力を抜いた隙を狙い男は追い打ちをかけた。
ガブリエルはよろけて川へと倒れ激流の中を流されていった。
目が覚めるとそこは見知らぬ場所だった。ガブリエルを救ってくれたのは、夜のような黒い髪を持つ凛とした美しい女だった。




