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リーン・カーネーション伯爵令嬢の場合(後編)

「この度は、我が伯爵家へお越しくださりありがとうございます。積もるお話はございますが、さっそく此度の件に関しまして、お話致しましょう」


あれから数日経過し、侯爵家当主とその妻である侯爵夫人をお招きして、父・私・侯爵夫妻の四名にて話し合いが行われようとしている。


リフレは参加していない。

きっと、こちらを怒らせる発言しかできないからだろう。


「此度の件、愚息が大変申し訳なかった」


静まった部屋の仲、第一声にそう侯爵が仰ると、つられたように夫人共々頭を下げられる。


正直、実の両親のように仲良くさせてもらっていた侯爵夫妻に頭を下げられるのは複雑な気持ちだ。


頭を上げてくださいと、言ってしまいたい。しかし、相手有責であることを強調するために、堪えなくてはいけない。


「…謝罪のお気持ちは受け取りましょう。しかし、此度のことは、どう責任を取るつもりか。侯爵よ」


父が冷めた様子で尋ねる。


「愚息は廃嫡致します。そして、次男の――」


「お待ちください」


「…リーン嬢」


止められると思っていなかった侯爵夫妻は驚いたようにこちらを見つめる。


「婚約はこのままでお願い致します」


「しかし、愚息は裏切っただけでなく、」


「そのうえで申し上げます。次男のリルド様に鞍替えいたしましても、同じことの繰り返しでございます」


後ろで控えている侍女から書類を受け取れば、手元に並べる。


「——これは」


「御覧の通りでございます」


そこには次男リルドが隠れて胡蝶の君と逢瀬している写真と、二人の会話を見聞きしたものの証言が載っていた。


「恐れながら申し上げまして、御子息様はお二方とも”胡蝶”にご乱心のご様子。結局は変わらぬのです」


「なんと、なんと」


侯爵は書類を握りしめ、憤慨した様子で声を震わせていた。

夫人は血の気の引いた顔で、書類を見つめ、唇を戦慄かせている。


「そして、もう一枚、こちらをご覧ください」


此度の一件がなぜ起こったのか。それを示す書類を置くと、私は侯爵夫妻に向き直った。







「――リフレ」


侯爵邸の自室にて微睡む、愛しい男に声をかける。

男は振り向きもせず、窓から庭園を見つめるだけ。

そんな男に構わず、独り言のように語り掛ける。


「私ね、リフレ。貴方を愛している、みたいなの」


ふ、と吐息が漏れる。


「愛しているみたい、なんて変な言い方よね。でも、分かっていなかったの」


自分自身を嘲笑するように、私は笑う。


「失って気づいたの」


「貴方はずっとそばにいて、それが当たり前で。これからもそれが変らないと勝手に思ってたの」


「でも、そんなことなかったのよね。当たり前なんて、どこにもない。当たり前を得るためには、努力が必要だった」


――だから。


「私は、貴女と結婚するわ。どれだけあなたが嫌がっても。領民のため、そして私のために」


ぐっとリフレの顔に手を添えると、無理矢理こちらを見させる。


「私は、私のために、貴女を手放さない」


そのまま勢いに任せて口付ける。


わずかに動揺した様子を見せるも、すぐにぼんやりした表情に戻る。


「リフレ、もう一度、私を見て」


唇を指で撫でながら、うっすらと唇を開かせる。


そして、もう片方の手で忍ばせておいたガラスの小瓶を器用に開ける。

瓶に詰められた液体を口に含むと、もう一度リフレの唇を塞いだ。


「ん…」


こくりと飲み込む音が聞こえる。

意識が元々薄れていたからだろう、反抗することもなく飲み込んでいる。

口の中の液体が全て嚥下されるのを確認すると、唇を離した。


「……?」


先程までぼんやりしていたリフレが、ぼーっとした様子から焦点が合うように瞳の曇りが拭われていく。

そして、理性を取り戻したのだろう。今の状況に困惑し、瞬く。


「リフレ、気分はどう?」


両手で顔をこちらに向けさせ、様子を伺う。


「り、リーン、この状況は一体…」


至近距離に耐えられなかったリフレは顔を逸らそうとするも、固定されていて少しも動かせないために目線だけでもと目線を彷徨わせている。


「貴方は薬を盛られていたのよ」


「薬を…?」


驚いた様子で目を見開く様子に、もう問題はないと手を離す。


「ええ、貴女の弟であるリルドに、ね」


此度の件は、次男リルドが当主になるために画策されたものだった。


胡蝶の君は、実は惚れ薬を使って殿方を誘惑、はべらしていたのだ。それに気づいた弟のリルドが胡蝶の君に取引を持ち掛けた。


自分の兄も誘惑してくれ。その見返りに、当主となった暁には、愛人の一人として侍りお金を支援する。そう約束していたのだ。


あの夜会の日。リフレが変わってしまった日、リフレは弟が持ってきた飲み物を口にしていたらしい。そして、そのまま胡蝶の君に引き合わされた。


本来、惚れ薬は第一級の禁止薬物として扱われており、使用どころか所持も禁止されている。


そんな品物を何故胡蝶の君が持っていたかは知らないが、まんまと引っかかってしまったのだ。


私もまさか禁止薬物が使われているとは露ほどにも思っていなかったために、行動が遅れた。


「この惚れ薬はね、元々ある好意を増大させるものらしいの。だからこそ、初対面でほとんど好感度のないリフレは効果が出にくく、ぼんやりとした状態になっていたそうよ」


だからこそ、発見が遅れた。他の取り巻きたちは意識を保ったまま胡蝶の君に囚われている。


「僕はずっと混濁した意識の中で、なぜか分からないけど胡蝶の君を見つめていなければならないと思っていたんだ。でも、どこかで、助けて欲しいと願っていた。だから、ありがとう…リーン」


リフレはゆっくりと頭を下げる。


「お礼を言われることなんてしてないわ。だって、私、貴方を誰にも渡したくなかっただけだもの。…さっきも言ったけど、この薬は好意を増大させるもの。もし貴方が本当に胡蝶の君を愛していたとしても、惹かれていたとしても、貴方を誰にも渡す気はなかった」


私だけのリフレ。そう、だから、言ったのだ。私のためだと。


「ねえ、リフレ。薬のせいとはいえ、貴方は私を傷つけたの。その責任、…取ってくれるかしら?」


そっとリフレの頬に触れ、顔を近寄せながら尋ねる。


「っ、リーンに言われるまでもないよ。僕はずっとリーンだけを女の子として見つめてきた。これからも、ずっと、それは変わらない。薬のせいとはいえ、他の女性を見つめてしまった僕だけど、愛とか恋とか、僕達の間には程遠いものだったけど、これだけは分かってるんだ。僕は君なしでは生きていけない」


私の頬も手が添えられる。


「これを恋というなら、僕はずっとリーンに恋している。リーン、愛してる。僕とずっと一緒にいて欲しい」


「…ええ、私だけのリフレ。もう二度と貴方を離さないわ」


どちらともなく顔が近寄せられ、唇が重なる。


やっと、手に戻した。


あのとき、死を味わっていなかったら今はなかっただろう。一度死んだことで冷静さを取り戻せたのだから。


私のリフレ。


まだ片付けることは山積みだけれど、今はこのひと時に酔いしれたい。


女神の恩寵の痣が熱くなるのを感じながら、目を瞑った。

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