ブレーキとアクセルと遠心力
亡き父は運転が下手だった。重ねて言うけれども、本当に下手だった。本人も自覚はあった。
それに運転も好きではなかったようで、母がいる時は母に運転を頼んでいた。変にプライドのある人ではなかったので、自分は運転が下手だといっていた。
またまたー、なんて言って父の運転する車に乗った人は、次から進んで運転手をやった。そうでしょうとも。
父と二人で出かけるときは大抵車で、そのたびに車酔いした。慣れはない。いや、多少は慣れていたとは思うけれども。
毎回車酔いしているので、移動先での食事が楽しみにできない。もっと食べなさい、と言われたが、私から言わせてもらえば、そんなご無体な、である。
どう下手なのかと言うと、加速時にアクセルベタ踏み。ブレーキは直前に強く踏む。なんの実験なんだ。それとも耐久度テストなのかとツッコミたいほどだった。
教習所でも、ブレーキを踏んでからもすぐには車は止まらないので、ゆっくり減速しましょうとか、あったと思うんだけれども。
ある時、運転について父と話していた時、珍しく父が、アクセルとブレーキの使い方は間違ってないはずだと言った。間違ってるとか正しいとかそういうことじゃなくて、いや、ちょっとブレーキの踏み方は間違ってる気がすると伝えれば、間違ってない、だってそう教わった、と子供のように言う。
誰に教わったのと問えば、レーサーだと。
まさかのレーサー。
予想もしなかったよ……!
あぁ、加速と減速、確かにそうなりそうだなぁ、と納得したのと同時に、レーサーって何処で知り合うんだろうとか、色々心の中でツッコミを入れたのを覚えてる。
そんな父はかなり早い段階で免許を返納し、自転車の人となったのだが、転けた。おでこに大きめの絆創膏が貼ってあって、驚いた。
母に大丈夫なのかと問うと、母が笑うのだ。
「お父さんね、ある程度漕いだら、漕がないのよ」
多くの人は自転車に乗ったことがあるだろうから分かってもらえると思うけれど、自転車はペダルを漕げばしばらく漕がなくても進む。とはいえ永久ではない。
父は何故か、限界まで漕がない人らしく、それで転けたらしい。いや、漕ごう?!
そのことを父に言えば、ちまた、自転車は漕いだら勝手に進むんだぞ、知ってるか、と言われてしまった。
ある時自転車に乗ってる父を見たが、本当に漕いでないし、フラフラーというか、プルプルというか、そんな状態で進んでいた。これもまた何かの限界に挑戦してるのかと思った。
あれはきっと歩いたほうが早い。牛歩と張るのではないだろうか。
父も、これ、歩いたほうが早いと気付いたようで、自転車に乗るのをやめていた。
我が父ながら、不思議な人だと思う、いまだに。
酔い止めを作ってくださった方には感謝しかないです。
言われるだろうなとは思いましたが、言われましたので追記しておきます。
父は還暦を迎えて間もなく免許を返納しました。