22杯目「幕間 小原千佳の話」
営業時間の少し前、ある女はとある喫茶店を訪れていた。
「遙ったら、そんな話をライターさんにしたのね」
彼女はこの店の名物のカフェモカではなく、口にしていたのはアイスティーだった。
「別に、あなたのことを出汁にしてるわけじゃないわよ」
「あら、出汁にしてくれるくらい、全然問題ないわよ」
「私はあなたのそういうところが嫌いなんだけどね、千佳」
店主は彼女に出したアイスティーの出涸らしを処分して、自分用のカフェモカを注ぐ。
その慣れた手つきを見て、客の彼女が微笑む。
「いつからモカちゃんはあなたの得意料理にまでなってしまったんでしょうね」
客の女の名前は小原千佳。微笑む顔の奥には闇が宿る。
「ずっと、モカちゃんを手に入れたいと思っていたからこそよ」
店主の名前は遙。本名は、赤石春花という。
「ホント、いつ来ても嫌な店ね。いつだってカフェモカの匂いがするもの」
「一度くらい、私のカフェモカ飲んでみない?」
千佳の顔から微笑みが消える。
まるで、時が止まったかのように。
「いやよ。まるであの時の自分のようだもの」
客は、アイスティーを飲み干して去っていった。