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15杯目「赤石春花の話7」

8月12日(金)23:00

 とくんとくんと、心臓の音が私の部屋に積もっていくようだった。彼氏とは普段通話もしない。週に何度か顔を合わせるだけの関係であり、もし通話をしたとしても何を話せばいいのかわからない。

 何を話せばいいのかわからない。

 私はもかと通話して、何を話すのだろう。

 もかと友達になりたい? 彼氏じゃなくて私にかまってほしい?

 だんだん頭の中が堂々巡りになってくる。

 そう考えるのも束の間、約束の時間は感じていた以上に短かった。

「……」

 彼女からのメッセージ欄には、LINEのQRコードが張られていた。

 ネット上で知り合った人と個人使用のSNSでつながるのは初めてだった。仕事でもLINEを使う関係上、ツイッターと違い本名で登録されている私のLINEには、「赤石春花」という名前が刻まれている。

 抵抗はなかったが、そのことがより緊張感を高めていた。

 ここから先は本当の自分との勝負。仮初の姿ではなく、推敲を重ねた自分の言葉ではなく、本当の私ともかの関係。

 私は緊張に強い。初めての人と話すことは何度もしてきた。

 ただ、それは彼女も同じ。幾度となく男性と話し、深い関係になってきた。

 彼女は私にどんな言葉をかけるのだろう。私はどんな言葉をかけてしまうのだろう。

 意を決して、私は彼女のLINEにメッセージを送った。

「こんばんは、はるです」

『やっほ~、はるちゃん。もかです』

 彼女のLINEの登録名はもかでもねこでもなく『Chika』という名前だった。

「うん、ありがとう。通話つないでいい?」

 私は緊張の裏で、いち早く彼女との時間を過ごしたい気持ちが強く出ているようだった。自分の言葉が制御できていないことを感じる。冷静にならないといけないと頭ではわかっているけれど、自分の手が止まらない。

『わかった! かけるね』

 私の心の、時が止まる。何を話せばいいとか、そんなのどうでもいい。

 早く、彼女の声が聴きたい。


「は、はい。はる……です」

『あ、はるちゃん! もかです~』

 彼女はいたって冷静だった。それは彼女がこのような通話に慣れているからなのか、それとも私が緊張しているのを読み取って、私を落ち着かせようとするために冷静を装っているのかもわからない。

「あ、もかちゃん……」

 彼女の声は透き通っていた。軽くてすぐに持ち上げられそうなのに、私の心の血紅色の塊は、だんだん水気を失っていく。

『はるちゃんって、やっぱり思ってた通り、素敵な声してるね』

「んなっ」

 彼女からの突然の不意打ちに、私は素っ頓狂な声を出す。

「そんなことないよ……」

『え~、絶対そうだよ! はるちゃんの声すっごくいいよ! 声出したらきっと男子からいっぱい声かけられると思うんだけど』

 私は声なんて出さないよ。私は男の人に話しかけられたいわけじゃないんだ。あなたと違って。

 そんな言葉が私の口から出せるわけもなく、少し無言の時間ができてしまった。

『あ、私、本名は千佳っていうの。もかでも千佳でもいいよ~?』

「じゃあ、千佳って呼ぶね」

『春花ちゃんっていうんだね! 私は今まで通りはるちゃんって呼ぶ!』

 彼女の楽しそうな声が聞こえる。彼女の声でだんだん気持ちが落ち着く。

「あ、そう。それで、マッチングアプリやってるんだっけ?」

『そうそう。Twitterだけじゃなくて、マチアプでも彼氏探してて、今はそっちに注力してる感じかな』

「そうなんだ。いい人は見つかりそうなの?」

『1人、いいなぁっていう人はいるの。私、ゲーム好きなんだけど、彼ともそのゲーム繋がりで知り合って……顔も素敵だし、彼は九州の人なんだけど、人柄も良くって話しやすいの』

千佳の男の人を見る目は優れているようだ。経験が豊富な視点は、初動の人当たりからその人と付き合った先のことまで想像し、悲しい結末に至らないように細心の注意を払う。その姿はもはやプロとでも呼べるようだった。

「そうなんだ。その人と付き合うの?」

 私は鎌をかける。本心でそんなことを聞きたいわけじゃない。けれど、千佳の本心が知りたい。千佳の周りの状況ではなく、千佳自身がこれからどんな運命を背負いたいのか。

『うん……、まあその方がいいかなって』

 千佳の言葉は歯切れが悪かった。

「その人にしたくない理由があるとか?」

『うーん……その人って、私のことちゃんと理解してくれるのかな……って』

 彼女の言葉に勢いはなく堕ちていく。

「これまでの彼氏は千佳ちゃんのこと理解してくれてたんだよね?」

『そう、今まではTwitterで探してたから。愚痴を言いあったりできる人たちばかりだったから、そんなに抵抗なかったんだけどね』

「なるほどね、今回はゲームで知り合ったから、そこら辺をちゃんと理解してくれるか心配なんだね」

 私は液晶の画面に向かって冷静に整理する。自分の言葉を意識して、なんでこんなことをしてるのか途端に恥ずかしくなってくる。

『私ね、前にも話したことあると思うんだけど、人から認められたいの』

 千佳の声の質が変わった。

 冷たく恐怖心を感じる声色が、私の耳を襲い掛かる。ここからは取り繕われたもかの時間ではなく、千佳として本心で話すから真剣に聞くことを強制された。

『親は私のことを認めてくれなかった。友達も私のことを認めてくれなかった。でも最初に出会った彼氏は私のことを認めてくれた。本当に好きだった。何をしても認めてくれて、私が頑張ってること全部褒めてくれた。愛されてる感じがしてとても幸せだった。でも結局別れてしまった。他の女に取られた』

 淡々と話す。文中に出てくる感情は彼女の声色と釣りあっておらず、この後の彼女の運命を想起させる。

「それは、何があったの」

『私と彼氏が通ってた大学に、彼氏の元カノさんが乗り込んできたの。すごい言い争いになったけど、私が負けちゃった』

 修羅場だなぁ。若い大学生にはよくある話かも……。私の大学時代にはそんなことはなかったので、一概に共感ができないのが悩ましい。

「そうなんだ……。大変だったね……」

 私は頭の中を必死でかける言葉を探しているが見つからない。

『私は、ただ認めてほしいだけなんだよ……。でもそんな甘えたことをずっと言ってられるわけじゃない。いつか私もちゃんと社会に復帰して、普通に女として生きていくことを考えたとき、ちゃんと収入もあって私を幸せにしてくれそうな人のところに行くのも、考えなきゃいけないのよね』

 私の心は痛む。けれど、千佳にかける言葉はちゃんと、見つかった。

「大丈夫。辛いことがあったら何でも私を頼って。私たち、友達だから」

『そう……』

「どうかしたの?」

『私ね、友達って言葉があんまり好きじゃなくて……でもね、はるちゃんだったら友達として好きになれそう。ありがとう』

 友達として……その言葉を強調するしか私にはできない。千佳の心に積もった闇を取り除くは一人でなくていい。私一人で千佳のことを何とかしてあげる必要はない。

 彼女のことが好きなら、彼女が幸せになれるように私ができることをやればいい。

「今日は話してくれてありがとう。また、通話してもいいかな?」

『もちろんだよ。こちらこそ、ありがとう』

 そう言って通話は途切れた。

 一度受け入れたはずの感情は、揺れる。好き、苦しい。

 私は千佳が好き。性別なんて関係なく、千佳が好き。

 その瞬間、私の心の血紅色の塊がはじけた。その破片は、私の心臓の奥底に突き刺さり、私の感情を揺らす。

 千佳のことを、誰にも渡したくない。

 私が、千佳のそばにいたい。

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