3話 反逆を企てた大罪人から渡海の道士へ
無事にロンカ大陸に辿り着いたラパゼルは、次に人里を見つけるために高速浮遊船で海沿いに移動して運良く中規模な港町を発見した。
他の大陸との交易船が停泊するほどではないが、人の行き来が盛んに見えるこの街なら、自分の事は知られていないが、それ以外の情報は得られるはず。
そして大陸間で言語が異なる事は容易に想像できたので、ラパゼルは自身の思念を対象に伝えるテレパシー通信機を前もって作っていた。
『もし、そこの方。少々話を聞いてもらえんかな? 俺はここから西にあるザンクレスト大陸から来た天才錬金術師のラパゼル・スカーと言う者だが……』
「な、なんだ!? 何処からか声が聞こえてくる!? もしかして、あんたは道士様なのか!?」
それを使って港町の住人に声をかけたところ、「ザンクレスト大陸から来た道士」として歓迎された。
ロンカ大陸では、魔導士は道士と呼ばれ神秘的な術の使い手や様々な知識を持ち、いずれ不老不死で神に限りなく近い仙人に至る事を目指して修行中の存在として敬意と畏怖を持って扱われる。そのため道士を自称して各地で歓迎を受ける偽道士も少なくないのだが、ラパゼルの場合はテレパシー通信機で話しかけたのが幸いし、本物だと判断されたようだ。
そして港町の町長の家で世話になり、そこで出会った書生のマー・コンからロンカ大陸の言葉と基本的な知識を学んだ。
そして、いつの間にか自分を「先生」と呼ぶようになったマー・コンを連れて港町から更に旅立った。何と、彼は人間ではなく森人(ザンクレスト大陸でのエルフに相当する種族)とのハーフで、書生を騙る詐欺師だったのである。
「この大陸では、金持ちは書生の寝食の世話をすると徳を積めると言われているから、ただで宿と飯にありつけるのヨ。でも、そろそろ選抜試験の時期だから旅立たなければならなかった。丁度いいから先生について行くヨ」
「それは構わないが、俺といる間だけでも詐欺は止めてくれよ。役人に追われながらでは研究に支障が出るからな」
この時のラパゼルは騙されても失う物が無かったので、詐欺師である事が分かった後もマーを殊更警戒はしなかった。詐欺師と言っても、マーがやっている事はタダ飯とタダ宿をたかる小悪党であったし、彼の幅広い知識はとても有用だった。
「年に一度、陽光の都で開かれる文官になるための試験だヨ、先生。この国で書生は文官志望って意味サ」
過度に血統に拘ったラパゼルの故郷であるザンクレスト大陸のゼーリア王国とは逆に、ロンカ大陸の国々では能力主義が掲げられていた。流石に王家や貴族は例外だが、能力があれば平民や奴隷出身でも文官や武官として国の中枢で出世する事も出来る。
それを知った時はなんと素晴らしい国だろうと感激したラパゼルだったが、後にこの国の能力主義は名ばかりである事が判明した。
文官や武官に採用されるのは貴族や武家、そして裕福な商人の子弟が殆どで、平民以下の者が取り立てられる事は十年に一度あるかないか。
それは貴族達が自分の子に試験に受かるために必要な高度な教育を施す一方、平民以下の家では子供に高度な教育を施す余裕が無いからだ。
やはり、富める者の方が有利であるのは大陸が異なっても変わらない。もっとも、能力主義が十分に機能していなくても、過激な優性主義のゼーリア王国よりもロンカ大陸はずっとマシだが。
「そう言えば、俺は君にこの大陸の言語を教わる側で教える側ではないはずだ。それなのになぜ先生と呼ぶ?」
「いや、もう私が先生に教える事は無いヨ。むしろ、先生から術の事を教わってる。これからは書生じゃなくて道士を騙って稼げるよ」
「マー、君が過去にどんな商売をしていても咎める気はないが、術が使えるようになったのなら詐欺師は止めたらどうだ? それに、道士ならこれから本物に会いに行くところだろうに」
ラパゼルが港町を旅立った目的は、錬丹術の使い手である道士に会い教えを乞うためだった。
マー・コンが書生を騙るために、ハーフエルフの人の倍以上の長い青春時代に貯め込んだ幅広い知識……ロンカ大陸の基本的な言語や知識、最近の世情や故事、ロンカ大陸独自の魔物等様々な知識を学ぶ事が出来てとても助かった。
しかし、ザンクレスト大陸での魔法に相当する術に関する知識は殆ど持ち合わせていなかった。
ロンカ大陸では魔導士ギルドが存在せず、術を身につけるには文献などから独学で学ぶか、師匠となる者を見つけて弟子入りするしかない。しかも、その師となる道士の腕はピンからキリまで様々で、中には簡単な指先程の火を出す『発火』や、ろうそく程の灯りを作る『光』が使えるだけの者もいる。
道士(魔導士)志望の若者には素質だけではなく、当たりの師匠に弟子入りできるか否かの運まで必要になるため、ザンクレスト大陸よりもずっと道士(魔導士)の数が少なく、一般に術に関する知識はあまり広まっていなかった。
そのため、ラパゼルは直接道士を探すための旅に出たのだ。
「正直、私は無駄な努力だと思うヨ。だって、並みの道士より先生の方が凄い術を使えるのだもの」
「……まあ、それは分かっているが、俺が欲しいのは錬丹術の知識だ。術の技量ではない」
ラパゼルは錬金術師ではあるが、錬金術は魔法を形作る系統の一つに過ぎない。そのため、モーガスの研究所で学ぶ過程で彼は様々な魔法も習得していた。
『炎弾』や『風刃』、『浄水』や『土壁』等の比較的簡単な魔法なら、呪文を唱えなくても発動する事が可能だ。……それらの術を使ったのを見た港町の人々に「さすが道士様」と崇められた時には、驚いて固まってしまった。
逆に言うと、そうした比較的簡単な術も使えない道士がロンカ大陸では多い事を意味している。
(まさか、ゼーリア王国にまで伝わっていたロンカ大陸の逸話に語られるような一流の道士達が、世俗から去っていたとは思わなかった)
ロンカ大陸の道士の中でも一流の者達は、高みに至るために自ら時期を見定めると山に籠り、人の身でありながら神々に限りなく近い存在、仙人に至るための修行を始める。
そのため、世俗で会う事が出来る道士は基本的には二流以下……多くの場合三流の道士だった。それはラパゼルにとって大きな誤算だった。
(とはいえ、地道に研鑽を積んで研究を続ければどうにかなるだろう。時間はかかるだろうが、俺は天才だからな)
しかし、前向きにそう考えるとマーを連れて道士が滞在しているという噂の町へ向かった。
そして港町から歩いて十日の距離にある町で面長な顔立ちにチョビ髭を生やした道士のライ・ゼンガと面会し、教えを受けたいと頼み込んだ。
すると、「術を授けるのに値するか、試させてもらおう」とライが言い出し……。
「どうか私を弟子にしてください!」
「いや、だから話が逆だろう」
実力を見せたラパゼルは、ライに弟子入りを志願される事になった。
「こうなると思ったヨ。先生、こうなったらこの人の知識と引き換えに、私みたいに弟子にしてやったらどうネ?」
「もちろん私の拙い知識でも技でも、全てお教えします!」
「それは願ってもない事だが、俺の目的はあくまでも錬丹術の知識と技術だ。君にどれだけ術を教えらえるか保証は出来ないぞ」
「心配ないヨ、この先生、人に教えるのとても上手。私、弟子入りしてまだ一年経っていないのにもう術が使えるようになったヨ」
「マー、それはこの辺りの人々の教え方と俺の教え方が違うからだ。上手い下手の問題ではないよ」
陽光では道士に限らず師が弟子に教える時、精神性を重視する傾向にある。直接技を教えず、「見て盗め」と言って弟子の観察力や自分自身で工夫する力を養わせる事を優先するのだ。
ラパゼルは効率重視で可能な限り分かりやすく教えようとしたため、マー・コンは既に簡単な術を幾つか唱えられるようになっていた。
「それは素晴らしい。私ももう若くないので、早く教えていただけるなら願ってもない!」
こうしてライ・ゼンガはラパゼルの弟子となり、そのまま街に滞在しながらお互いの知識と技を教え合った。
ライは世間に多くいる並みの道士だったが、錬丹術もそれなりに修めていたためラパゼルは彼の知識を旺盛に吸収し、一年で自らの錬金術に組み込むことに成功した。
「やはり錬金術と錬丹術は根本的に同じものだな。重視するものと発展の仕方が異なるだけで、目指すものは共通している」
ロンカ大陸の錬丹術は、丹薬……つまり薬作りに特化する術だ。錬金術のように薬だけではなく様々なアイテムも作るが、装備する事で強くなる武器や防具を作るより、使う事で使用者の肉体を直接変化させる薬を重視している。
そして、その奥義は服用者の肉体を仙人に相応しい不老不死に限りなく近い、超人へと生まれ変わらせる仙薬を創る事。
錬金術の奥義の一つも不老不死なので、目標は共通している。
(山を登る際、別々の道を選んだとしても最終的には頂きに至るという事か。これなら、錬丹術を足掛かりに俺の技術を高める事も可能だ!
ロンカ大陸に来た俺の判断は正しかった!)
錬丹術も錬金術も、素材を様々な器具を使い、己の魔力で変化融合させ新たな物を創り上げるのは同じだ。錬金術の天才であるラパゼルは様々なマジックアイテムや薬を作り、書をしたためた。
そして様々な実験を強行し、自らの技術の確かさを証明した。
「早まらないでください、師匠っ!」
「止めるな、二人とも! 俺は人体実験の類は嫌いなんだ! 何故なら昔される方の立場だったからだ!」
「だからって自分の体で試すのはどうかと思うヨ、先生!」
だが、ラパゼルはその実験に生け捕りにしたネズミ等の小動物や魔物を使って最低限の安全性を確かめると、次に自分自身で試そうとしてライとマーによく止められた。
「実験台なら、領主様から重罪人を融通してもらうなり何なりすればいいのでは!?」
そう叫ぶライに、ラパゼルはきっぱりと「それは出来ない」と言った。
「あの領主様は信頼できん! 頼んだら善意でやらかしかねない。重罪人が足りないから軽犯罪者を重罪人に仕立て上げるとかな」
「ああ、確かによくある話ネ」
ラパゼルの感覚ではゼーリア王国よりだいぶマシなロンカ大陸だが、ここでも人権という言葉は無かった。
もちろん、ラパゼルの頭の中にも人権の概念はない。そんな彼が他人で人体実験をする事を嫌う理由は、単純に嫌いだからだ。
「それに、猩々で試したから多分問題ない!」
ちなみに、猩々とは猿に似た魔物でロンカ大陸におけるゴブリンのような存在である。
「まったく安心できません! って、ああっ!?」
こうしてラパゼルは不自由な右脚を攻撃魔法で自ら切断し、自身で開発した部位再生の丹薬で健康な脚が生えるか試し、見事新しい脚を生やす事に成功した。
しかし、二十年以上不自由な脚に慣れていたためか、上手く動かす事が出来ない。ラパゼルはその原因を自身の頭……脳に問題があるからだと判断した。
「これまでの経験とライから学んだ術の知識、そして家畜や魔物を使った実験の結果から肉体の操作には脳が強く関係している事が分かっている。おそらく、俺の場合は脚が不自由になってから時間が経ちすぎてしまったため、脳の脚を動かす部分が退化したのだろう。
つまり、脳の退化した部分を治す薬を作れば解決だ」
そう考えて研究に打ち込んだラパゼルだったが、一ヵ月過ぎても二カ月過ぎても手応えが無かった。
これは経験上、このまま研究を続けても結果は出せないと判断したラパゼルは研究を一旦止めた。そして、ロンカ大陸に存在する技、気功術にヒントがあるのではないかと考えた。
気功とは人の体内に宿る『気』という魔力とは別のエネルギーを扱う技術で、魔法や術のように炎や風を操る事は出来ないが身体能力を様々な形で強化する事が可能になる。
一流の気功術の使い手は、溶けた鉄の上を歩いても火傷せず、手刀で岩を切断し、海中に三日三晩沈められても死なないと伝えられている。
「先生、伝説が全て本当だと思っているならそれは間違い。殆どただの噂、旅芸人の飯の種ヨ」
「マーの言う通りです、先生」
ライはマーの言葉を補足した。
「私も旅をしている間に、何人もの気功術の使い手と知り合いました。だがその多くは伝説とは程遠い、空を数歩だけ歩けるとか、数秒だけ腕力を倍増させるとか、一瞬だけ肌が鉄のように固くなるとか、という程度です」
「いや、それで十分だろう」
しかし、ライの知っている程度の気功術の使い手でもザンクレスト大陸出身のラパゼルにとっては、十分興味深い。
魔導士が少なく質も低いロンカ大陸で魔物などの脅威に人々が対抗できているのは、この気功術の使い手が多いからでもある。それだけ、気功術は強力な術なのだ。
ラパゼルは渋るライを説得し、彼が知る中で最も巧みな気功術の使い手を紹介してもらった。
「あぁん!? 街で評判の渡海の道士様が、俺のような飲んだくれに何の用だ!?」
しかし、その気功術の使い手は見事に腐っていた。彼は顎髭を蓄えた熊のような大男で昼間から酒を飲み、尋ねて来たラパゼルに向かって威嚇するような大声を上げた。
「いかにも、俺は西の大陸から渡って来た天才錬金術師のラパゼル……ロンカ大陸流に名乗るなら、スカー・ラパゼルだ。
君が飛竜殺しのゴウ・レキザンだな? 君に気功術の教えを請いに来た」
ラパゼルがライに教えてもらったのは、空を数歩だけ歩く事が可能でそれを生かして飛行中の飛竜を狩った事で名を上げた流れ者、ゴウ・レキザンだった。
「へへっ、飛竜殺しぃ? そいつは何かの間違いってもんだ。何故なら、俺には飛竜殺しにあったはずの右腕が無いんだからよぉ」
しかし、そのゴウ・レキザンには右腕が無かった。名を上げてしばらく過ぎた頃に受けた巨人退治の依頼でミスをして、利き腕を失ってしまったのだ。
それからというもの、彼は酒浸りの生活を続けているらしい。見れば確かに筋肉が衰え、腹にもずいぶん肉がついている。
「それに、道士が気功術を教わっても無駄ってもんだ。お前らみたいな痩せっぽちが、気を扱えるようになるもんかよ」
「ああ、その辺りの事は何度も言われた」
気功術の使い手は、ゴウ・レキザンのように体格に恵まれた者や、肉体を鍛え抜いた者達が大部分を占めている。それは気功術が生命力の別名である気を扱う術なので、肉体に多くの気を保有している者の方が習得しやすいからだ。
「しかし、道士(魔導士)が気功術を使えないという訳ではないはずだ。礼はするので、教えてくれ」
気と魔力は反発しない。錬金術師であるラパゼルの肉体にも気は存在している。また、流れ者の気功術の使い手に『光』の魔法の呪文を教えて実際に使えるか試したが、問題なく術を発動する事ができた。
「礼だと? なんだ、酒代でも出してくれるってのか?」
「君の利き腕を新しく生やしてやろう」
「はぁ? 馬鹿な事を言うんじゃ――そう言えば、噂によるとあんた、四肢を生やす丹薬を試すために自分の脚を切り飛ばしたそうじゃないか。それなのに脚が両方あるって事は……いいだろう。あんたが使えるようになるかは知らねぇが、教えてやるぜ」
ゴウ・レキザンが信じなかったのは最初だけで、すぐにラパゼルに関する噂を思い出すと、盃を置いて立ち上がった。
それからラパゼルはゴウから指導を受けつつ、彼の失った右腕を取り戻すための治療を行い、その過程も事細かに記録に取る日々が始まった。
「おい、なんだかムズムズして仕方ねぇ! この殻みてぇな物は何時に成ったら取れるんだ!?」
ゴウの右肩には、腕をかたどったギプスのようなものが装着された。その中は液体状の丹薬で満たされている。
「新しい腕が生え、元通りに再生したらだ。そのギプスをつけたまま毎食後この丹薬を飲み、激しい運動を控えるだけでいい。
完治までの期間は治療例が少ないので確かな事は言えんが、俺の右脚の場合は五日で再生した」
「五日か。まあ、サンショウウオが脚を生やすより早いか」
ギプスに左手で触れて頷くゴウの様子を見たマーとライが、ラパゼルに尋ねた。
「そう言えば先生、新しい腕や脚が生えて来る過程ってどんな様子なのかネ? 指先から生えて、それから手首や肘と伸びていく感じ?」
「いや、私は肩から最初に骨が生え、そこに植物の弦が絡まるように血管が伸び、肉がそれを包み、仕上げに皮膚が……」
「テメェ等、気色悪い事を言うんじゃねぇっ! それで道士さんよ、実際のところはどうなんだ!?」
「マーもライも外れだ。傷口から出たどろどろの細胞……骨や肉の元が、ギプスの中の薬剤に守られながら四肢の形になって、骨や神経、血管、肉に変化し、最後に皮膚が出来るという流れで再生する。
例を挙げると、蛹に近いな」
そうラパゼルが説明すると、三人は揃って苦虫をかみつぶしたような顔つきになって「うぇっ」と呻いた。
一方、ゴウによるラパゼルへの気功術の教授は難航した。
「集中して力を漲らせるっていうかよ、腹の底から湧いて来てぬおおおおっ! って感じにならねぇか? そしたらどりゃぁぁ! って風にするんだよ」
「ふむ、さっぱりわからん」
何故なら、ゴウが自身の感覚を上手く言葉に出来ず、ラパゼルに伝わらなかったからだ。なお、これはゴウだけではなく、気功術の使い手全般の問題だ。
気功術は技術の習得が体系化されておらず、術者の感覚によるところが大きい。そのため、体内の「気」を認識しそれを意識して操り制御する事が出来るか否かが、気功術を習得できるかの鍵となっている。
「師匠、やはり無理では?」
「いいや、魔法も己の中の魔力の存在を認識し、意識して制御する事で中級以上の難易度の術を発動している。気を意識さえできれば何とかなれば……」
諦めるようすすめるライに、ラパゼルは首を横に振る。そして、マーがため息交じりに呟いた。
「ゴウの考えている事を、先生に直接伝えられれば楽なんだけどネ。あの道具みたいに」
「あの道具? ……そうだ、テレパシー通信機があった! あれを使えばどうにかなる! 良いアイディアだ、マーっ!」
ラパゼルがロンカ大陸の言葉を覚える前に使っていたテレパシー通信機、今はすっかり埃を被っていたそれをゴウに被らせ、彼が気功術を使う時に意識している感覚をラパゼルにそのまま伝えさせる。
その思い付きは成功し、ラパゼルは自身の体内の「気」を意識する事に成功した。
「俺の気、メチャクチャ少ないな……ちょっと体中を循環させようとしただけで、意識を失うとは」
しかし、それで気功術を使いこなせるわけではなかった。
「調子に乗って無茶をするからだぜ。もっと修行して気を鍛えるんだな」
気功術が操る気は、全ての生物に宿っているが体を特に鍛えていない一般人では、気功術を発動するには気が足りない。
肉体に宿る生命エネルギーである気を増やすため健康状態を整え、体を強靭に鍛える事で初めて気功術が発動可能になるのだ。
「まあ、俺も鍛え直して余分な肉を落とさねぇとならないがな。残念だが、しばらく酒はお預けだな」
そう嬉しそうに笑うゴウの右肩には腕が生えていた。太さも長さも左腕と変わらない、彼自身の右腕だ。
「ちょいと気の巡りが悪いが、その内どうにかなるんだろ?」
「ああ、どうにかする予定だ。経過を見て、必要があれば適切な丹薬を調合しよう。俺も、気を増やすためにそうするつもりだ」
「気を大きくするって、まさか薬でどうにかするつもりか? おいおい、気を増やす丹薬なんて聞いた事がないぜ」
「つまり、成功すれば俺が先駆者という訳だ。とはいえ、丹薬だけに頼るつもりはない。修行にも取り組むとも。
マー、ライ、君達も付き合ってもらうぞ。データは多い方がいいからな」
「師匠、私は道士なのですが……」
「私なんて元詐欺師ヨ、ライ。諦めが肝心ね」
弟子二人を巻き込んで、ラパゼルは気功術の修行に取り組んだ。ゴウと相談してトレーニングメニューを決め、食事を工夫し、様々な丹薬を調合しては飲み、日々を過ごした。
そしてラパゼルがロンカ大陸を訪れてから三年が経ち、彼が三十六歳になる頃には気功術の習得に成功した。
「適度な運動と健康的な食生活のお陰で集中力が高まり、研究まで捗るとは良い事づくめだな。世の道士も全員気功術を身に着けるべきではなかろうか?」
そう語るラパゼルは、新しく生やした脚に気を巡らせる事で自前の補助具を装着していた時より自由に動かせるようになっていた。
それどころか鋼のように鍛え上げられた肉体を手に入れ、気を巡らせれば素手で岩を砕き、二本の脚で馬よりも速く走り、水中に一時間以上潜り続ける事も出来るようになっていた。
「もしかして、これが先生の言っていたエリクサーなんじゃないかネ?」
「マー、トレーニング中に飲んだ丹薬の事を言っているのなら違うぞ。錬金術の奥義の一つとされ、伝説に語られるエリクサーは飲むだけで超人に至る事が出来る霊薬だ。トレーニングは必要ない。
それに、俺達が気功術の練度を早く高められたのは、気と魔力の制御に必要な感覚が似ていたのが大きい」
「それとテレパシー通信機ネ。あれで言葉に出来ない感覚を伝えてもらったおかげで、私達並みの気功術の使い手を一年もたたずに上回れたヨ」
「それに気と魔力を同時に練り、制御する事で新たな術を編み出すとは、やはり師匠は凄まじい」
マー・コンとライ・ゼンガはそれほどではないが、それぞれ並みの流れ者なら片手で捻れるほどの使い手へと成長していた。
「何なら今から四人で組んでロンカ大陸中を暴れまわるか!? 俺達なら三国一の流れ者として歴史に名を刻めるぜ!」
もちろん、純粋な戦闘力が最も高いのはゴウ・レキザンだ。彼は数歩どころか一日中空を駆けまわれるようになり、気を体中に巡らせればその剛腕から繰り出される一撃は頑丈なはずの板金鎧を紙か何かのように引き裂き、ラパゼルの気を巡らせて放った岩をも貫く拳を何度受けても痣一つできない程頑丈になっていた。
四人なら歴史に名を刻めるというのも、あながち冗談ではない。ゴウが前線で戦い、ラパゼルが魔導士、そしてマーとライが二人の援護という役割でチームを組めば、現在名声を響かせている英雄豪傑に勝るとも劣らないチームになるだろう。
それはロンカ大陸に現在存在するここ陽光はもちろん、北牙と南渦の三か国を合わせても変わらないはずだ。
「魔物がウヨウヨいる秘境に挑み、前人未到の遺跡で罠を掻い潜り万難を退けてお宝を手に入れる! どうだ、いいと思わねぇか!?」
「ゴウ、勘弁してほしいヨ。歴史に名前が残っている英雄でも、冒険の途中で悲劇的最期を遂げた奴が何人いるか知らないのか」
「そうだ、いくら師匠でもそんな命知らずな真似は――」
「おお、君達も乗り気だったとは丁度いい。俺もそろそろ流れ者のように秘境や未知のダンジョンに挑む頃合いかと考えていたところだ」
「「「え゛?」」」
本気で言った訳ではなかったのか、マーとライだけではなくゴウまで思わず聞き返すが、ラパゼルは本気だった。
「町に滞在し続けていては手に入らない未知の素材や、失われた過去の知識を手に入れるためには冒険者……流れ者になるのが手っ取り早いからな」
その動機は、何処までも研究のためだった。
前作の設定を、暫く投稿する予定が無いので完結済みと変更しました。
また、書き溜めていた分の話が無くなったので、4話の投稿はしばらく後になります。