11話 天才錬金術師は過去から現在、そして未来へ目を向ける
アルバートの意見を聞いて、ラパゼルは研究拠点の警備体制の強化に着手した。
「とりあえず、こんなもんじゃろう」
そして、一段落ついた。
「迎撃、ではなく早期発見を優先したのですか」
そう評すアルバートの前には、ラパゼルが動物実験用に飼っていた野鼠や兎、そして海岸まで飛んで行って捕まえた海鳥が数十いた。
身動きせず、捕食者と非捕食者の関係の種もいるのに動物達は大人しくじっとしている。何故なら、彼等はラパゼルの魔法によって使い魔となっているからだ。
「そうだ。野生動物の鋭い五感は生きた警報装置にぴったりだからな。専用の合成獣を創るより手っ取り早く、質も保証されている」
使い魔とは、大きく分けて二種類に分けられる。使い魔にするために術者の手によって創られた合成獣やゴーレム等の人工生命体。もう一つは、術者の簡単な命令を聞き五感を共有する事が出来るよう魔法をかけられた小動物だ。
前者は術者の技術力や予算によって、高度な知能や特殊な能力を与える等カスタマイズが可能で高性能。後者は魔法をかけられた小動物に過ぎないため、偵察や見張り程度にしか使えない。しかし、小動物さえ調達できれば前者に比べると圧倒的な低コストで使い魔にする事が出来る。……小動物なので、野生動物に捕食される危険性もあるが。
「出来れば夜間警戒用に蝙蝠や梟も欲しいところだが、これは後で冒険者ギルドに依頼を出しに行くとしよう」
「しかし、拠点をここから移さないでいいのですか?」
ラパゼル達がいる研究拠点は、その気になればすぐにでも移す事が出来る。以前、ロンカ大陸の山に籠って修行した際に使った小屋のように、研究拠点ごとアイテムボックスに収納する事が出来るからだ。
しかし、ラパゼルにはまだ拠点を移すつもりは無かった。
「いや、相手には聖龍教の主……儂など足元にも及ばぬほど格の高い神が付いておるからな。『予言』とやらで儂等が何をしても居場所は筒抜け、と言う事も考えられる。
もしそうなら移動しても意味は無い。また、そうでないなら儂等の居場所はばれていないので、移動する必要はない」
聖龍教対策について、ラパゼルが最も困ったは敵の情報収集手段が『予言』らしい事だ。天使長アダマスやそれに連なる神が、教皇か誰かにお告げとして情報を渡しているのか、それとも聖龍教の聖職者の中に未来予知等の特殊能力を持つ者がいてそれを『予言』と評しているのか。
詳細が分からないので、何をすると聖龍教に情報が伝わってしまうのか推測が難しいのだ。
「『予言』ですか。しかし、その『予言』に従って行動しているはずの聖龍教は、兄さんが転生の準備をしている事を知らなかったようですから、限界はあるようですね」
「そうだな。北厳真人が言っていたが、聖龍教の神々も儂等が思う程全知全能ではないのだろう。では、次に通信機でマー達に事態を伝え、儂とお前の顔を見せておくとしよう」
「分かりました、兄さん」
そして使い魔とした小動物達を放した後、ラパゼルとアルバートはロンカ大陸のマー達に連絡を取った。
「マー、ライ、ゴウ、儂だ、ラパゼルだ」
『えっ? 先生? 今度生まれ変わるとは言っていたけど、随分若返ったネ。せっかくの威厳が台無しヨ』
『かといってさほど美少年でもなく、見るからに目つきが悪く可愛げのない……』
『もう少し、見た目に拘った方が良かったんじゃねぇか?』
「すぐに儂本人だと察するとは流石だが、喧しい。儂だってこれほど若い姿に転生するとは思わなかった」
時間がかかるだろうと予想していた、十代の少年の姿に転生したラパゼルが本人である事を信じてもらう事にはすぐ成功した。
鮮やかな赤毛に青い瞳の十五歳前後の少年という前の肉体とは全く異なる特徴の姿でも、中身が誰か分かるのは流石弟子と戦友と言うところだろうか。
『この通信機を使えて、ロンカ大陸語を話せるのは師匠ぐらいヨ』
「言われてみればその通りだったな」
『それより師匠、その予想外な出来事がなぜ起こったのですか?』
「ああ、実はな――」
そしてラパゼルは無人島から今の体に生まれ変わるまでの出来事を三人に語って聞かせた。
『聖龍教が師匠の抹殺を企てるとは……いったい何故?』
『それよりも、連中が次にどう動くのかが気になるぜ。俺達も助太刀に行くべきか?』
「残念だがゴウ、それはやめておいた方がいいだろう」
『……そう言えば、仙人になったお前と互角以上の強さだったな、敵は。それじゃあ無理か』
ロンカ大陸ではトップクラスの実力者であるゴウ・レキザンは、確実に超人の域に達している。マーやライも常人を越えている。しかし、仙人となったラパゼルと互角に戦った討神騎士ジェイス・ハーキッド相手には心もとない。
「ジェイスと言う討神騎士一人なら、儂とゴウの二対一で戦えば十分な勝算がある。しかし、儂が見ただけでも討神騎士はジェイスを含めて六人いたからな」
ジェイスが討神騎士の中でも腕利きだから足止めのために煉獄騎士達とかかって来たのか、それとも最も弱いから失っても構わない捨て石として送り込まれてきたのか。どちらなのかによって、討神騎士の戦力予想が大きく変わる。
「とはいえ、お前達を呼ばないのは戦力的な問題ではなく、政治的な問題によるものだが。我が身可愛さに陽光国を危うくするわけにはいくまい」
『そんな大げさな……って、事はねぇか』
『ただでさえ師匠がいなくなったのに、ゴウまでロンカ大陸からいなくなったら今度こそ北牙が攻めて来るヨ』
『私も道士学校の仕事が離せない』
『それより師匠、せっかく新しい体に生まれ変わったのなら、名前と身分を偽って行動したどうヨ? ラパゼル・スカーの三人目の弟子とか、孫とか』
すると、マーが突然話題を変えてそう提案した。
『たしかに、それなら師匠を狙う敵を惑わす事が出来るかもしれない!』
「それも考えたが、聖龍教が儂を捕捉できたのは『予言』のお陰らしくてな。おそらく、神々から文字通り『予言』されたのだろう。なら、儂が身分を偽っても意味はあるまい」
ライが賛成したが、当のラパゼルはすぐに否定した。
「それに、正体を偽り続けるためには辻褄を合わせるための嘘を考え、行動を制限する必要が出て来る。自縄自縛に陥って研究活動の妨げになったら元も子もない」
『それは……たしかに、師匠には無理ですね』
「さて、紹介が遅れたが彼が儂の家族一号、儂の弟のゴーレムのアルバートだ」
「皆さん、よろしくお願いします」
『よろしくたのむヨ。……師匠が創るなら最初は嫁だと思っていたらちょっと意外ネ』
『ああ、まったくだぜ』
ロンカ大陸にいる仲間達とアルバートの顔合わせと情報共有はスムーズに進んだ。やはり、転生して若返る等重要な予定は前もって打ち明けておく事が大切なようだ。
『真剣に提案するけど先生、いざとなったらロンカ大陸に戻ってきた方が良いと思うヨ』
『それと、聖龍教の連中について仙人様達から何かなかったのでしょうか?』
「ああ、群島大陸でどうにもならなくなったらロンカ大陸に避難するつもりだ。
北厳真人達からは……特に何も無いな。まあ、連絡する手段があるのかも分からんのだが。もしかしたら、群島大陸にいる儂より、ロンカ大陸にいるお前達の方が北厳真人にとっては連絡を取りやすいかもしれん」
一応神々の一員であるラパゼルだが、神界に足を踏み入れた事がないので各宗教の神々がどれくらい地上の出来事を把握しているのかは分からない。
『予言』に従っていた聖龍教徒がラパゼルを邪神と呼んでいた事から、信仰されていない大陸の出来事もある程度把握しているようだが。
「ふと思ったのですが、聖龍教が兄さんとは別のターゲットを狙う可能性は無いのでしょうか?」
そんな時、アルバートがそう質問し、ラパゼルは「ふむ」としばらく考えた後、「分からん」と答えた。
「別のターゲットと言っても、この人界に儂以外の半神がどれくらい存在するのか分からんし……他の大陸の超人を聖龍教徒が狙い出したら、世界規模の宗教戦争が勃発しかねんからな」
『それは、是非ともやめて欲しいネ』
世界規模の宗教戦争が起きた時の被害を想像し、自分も狙われる可能性がある事に気がついたマーは青ざめて息を飲んだ。
「だが、しばらくは奴等も動かんだろう。儂を封印するために用意した聖剣や討神場を再び用意する事は、簡単ではないはずだ。儂が封印と結界を破った影響で聖剣は砕け散っただろうし、討神場も半壊しているはず。
再び動き出すにしても、数年はかかるだろう」
『それは、数年後にはロンカ大陸や群島大陸に攻め込む可能性があるという事では……?』
『いや、先生が襲われたのはザンクレスト大陸の近くにある無人島ヨ。それは、奴等にとっても他の大陸への遠征は難しいからだと思うヨ』
「そうじゃな。しかし、聖龍教は他の宗教を邪宗、邪教と呼んで憚らない。最終的な目標は、他の神々を全て封印して全ての人類を聖龍教へ改宗させる事だろう。
今後は警戒を怠らないよう各々注意するように。陽光王へはゴウ、君から伝えておいてくれ。……さすがに今の王様は儂がラパゼルだと信じてくれそうにないからな」
『そう言えば、お前が今の王様に謁見したのって何年も前だったな。分かった』
そして顔つなぎと情報の共有を終えたラパゼルは、通信機を置いてアイテムボックスから大きな鞄を取り出し、早速二人目の家族を創造する準備を始めた。
「そう言えば、ゼーリア王国が滅びていたのだったな」
そして、ふとジェイスから聞かされた故国の滅亡について思い出した。
ロンカ大陸へ逃れてから今日まで三十年以上、ゼーリア王国についてラパゼルが顧みる事はなかった。
良い思い出が無かったわけではない。一方通行だったようだが、愛した者達もいる。しかし、家族を創るという夢に向かって歩み続けたラパゼルは過去ではなく前を見続けた。
そうして時が経つうちに、ゼーリア王国に関する事の優先度は大きく下がっていた。
気がつけば、自分の命はもちろんマー達や陽光国、そしてこの群島大陸の島よりもラパゼルの中で小さな存在になっていた。故国の危機を知っていたとしても、駆けつけようとは思わなかっただろう。滅びたと知った今でも、「ざまぁ見ろ」とも、「残念だ」とも思わない。暫く経てば勝手に埋まるほど、細やかな喪失感を覚える程度だ。
「お前達は今頃どうしているのだろうな」
しかし、ゼーリア王国で別れた何人かの人々の安否は気になった。だが、聖龍教と敵対している状況でザンクレスト大陸にいる彼女達について調べるのは危険すぎる。
彼女達の生死だけなら確かめる術はある。五十年程前に実の両親について調べるために造った、降霊術用のマジックアイテムを再び創り、彼女達の霊を降霊できるか試せばいいのだ。
死んでいるなら必ず霊を呼び出す事が出来る。そして尋ねればラパゼルと別れてから何があったのか、何故死んだのか答えてくれるだろう。
逆に霊を呼び出せなければ、少なくとも生きている事が分かる。
「……いや、考えても仕方のない事だな」
しかし、ラパゼルはそうしなかった。彼女達と別れてから三十年以上、人によっては四十年程過ぎている。ザンクレスト大陸の人々の平均寿命を考えれば老衰で亡くなっていてもおかしくない年月だ。それに女スパイだったティナは仕えているホルバイン公国が、元娼婦のドナには彼を騙してまで一緒になった男がいるはずだ。ラパゼルが気にかけるまでもないだろう。
マリとジェンも、生きていれば四十代の立派な大人だ。冷たいようだが、何かあっても自分達で乗り越えられるはずだ。
さらに言えば、彼女達がいるのは聖龍教の本拠地であるザンクレスト大陸だ。聖龍教に邪神と呼ばれ命を狙われている自分が下手に関わると、彼女達やその関係者の身に危険が及ぶ可能性がある。
……聖龍教は犯罪組織ではなく弱者救済にも熱心な宗教だが、煉獄騎士達に自爆攻撃を仕掛けられてからまだ半日ほどしか経っていない。
邪神討伐のために忠実な信徒達を使い捨てにするのなら、ラパゼルと縁のある者達を人質にする事ぐらい躊躇わないだろう。
(そう言い訳を並べつつも、本音は君達にこれ以上裏切られたくない……自分を守りたいだけなのだろうな)
そう思いながら、鞄を開き中に保存していた『素材』を取り出す。
「兄さん、夕食を用意しました。一息入れましょう」
そこにエプロン姿のアルバートがやって来た。
「ああ、もうそんな時間か。しかし、アルバート、お前が作ってくれたのか?」
「もちろんです。私に料理を学習させたのは兄さんじゃありませんか」
アルバートは、ラパゼルによって日常生活に必要な動作を学習している。その中には料理も含まれていた。
「ただ、知っての通り簡単な物しか作れませんし、味は保証できませんが」
しかし、ラパゼルも自分が出来ない事、知らない事を教える事は出来ない。さらに、アルバートにはまだ味覚が備わっていない。
そのため、彼が用意できる料理は食材を食べられる形に切って、目分量で調味料を加え、焼くか煮るかしたものだ。味見をしても、料理の温度と食感しか確かめられない。
「いやいや、十分だ。ありがとう、アルバート。早速頂くとしよう」
しかし、料理の巧みさや美味さよりも誰かが自分のために食事を用意してくれた事がラパゼルには嬉しかった。
ロンカ大陸でマー達と四人で活動していた時の思い出が鮮やかに思い起こされる。今なら分かる。彼らは家族にも等しい仲間だった。
そしてアルバートも、そしてこれから創る二人目もまた家族である。
(なんだかんだと言い訳を並べたが、儂は『家族ではなかった存在』より『家族』を優先する。君達から創る新たな家族も含めて)
ラパゼルは自分の中で整理をつけると、アルバートの後に続いて食堂に向かった。研究室には、人の爪や髪らしいものが詰められ、『ティナ』や『ドナ』と書かれたラベルが張られたガラス瓶が残されていた。
魂が宿った瞬間から冷静で理性的、そして穏やかな言動のアルバートだが彼も今日生まれたばかりには違いない。
そう、生まれたばかりだ。ラパゼルが製造したパーツで出来たボディは一年程前に作られたが、魂が宿ったのは今日なのだから、アルバートは「自分は今日生まれた」と認識している。
「「いただきます」」
群島大陸の習慣に乗っ取った食膳の挨拶を行い、夕食をとるアルバートとラパゼル。食卓には野菜と干し肉のスープと米のお粥、そして漬物が並んでいる。
「味付けは問題ありませんでしたか、兄さん?」
「ああ、問題ない。美味くできておる」
「それは良かった」
スープやお粥を食べるラパゼルを見て、ほっと安堵したアルバートは自身もスプーンを使ってスープを飲む。何と、彼はゴーレムであるにもかかわらず食事をとる事が可能だった。
アルバートのボディは摂取した有機物を内臓の役割を果たす装置で『消化』『吸収』し、動力の足しにして、残りを『排泄』する事が出来る。
ただ、食事が必要な訳ではない。ただ可能なだけだ。ラパゼルが彼に食事の仕方を学ばせるために追加した機能でしかない。
(程よく煮る事が出来たようですね。レシピ通りに入れたハーブが効いていればいいのですが)
だから食べ物を口に入れても分かるのは食感と温度だけだ。
「やはり味覚は働かないか。出来るだけ早く新しいボディを開発したいところだな」
「兄さん、私の改良よりもこれから創る家族に関する研究を進める事や、防衛戦力の充実を優先するべきだと思います」
味覚や嗅覚が備わっていない事について、アルバートは現時点で不満を持っていない。不便だなと感じてはいるが、そういうものだと思っている。
同じように、自身の生まれについても不満は無かった。何故なら、生まれたばかりの彼は感情が未発達で、何も蓄積されていないからだ。
知識はある。技術も学習している。だが、魂を得る以前の出来事には感情が伴っていない。そのため、アルバートにとって今日以前の記憶は自身の体験ではなく、伝聞で知った他人の経験のような感覚だった。
これから長い年月をかけて経験と感情が積み重なれば、自身に味覚や嗅覚が備わっていない事を深く嘆き、ラパゼルに対して不満を募らせていくかもしれない。しかし、今のアルバートにとってそれは想像もできない未来の話だ。
「いやいや、確かに優先順位は決めなければならないが、お前のボディの改良も重要事項だ。すぐにとはいかないだろうが、味覚を含めて全ての感覚を備えたより高性能なボディを完成させてみせるぞ」
ラパゼルはそうしたアルバートの精神状態を、完全に理解している訳ではなかった。しかし、彼のボディが不完全である事は、創造主である彼が誰よりも理解している。
天才故のプライドもあるが、それ以上に家族としての愛情と責任感からラパゼルはアルバートのボディの改良に強い意欲を持っていた。
「では期待していますね、兄さん」
こうして将来のいさかいの芽が一つ摘み取られたのだった。
「では、行ってくる。留守と彼女を頼んだぞ、儂よ」
「任せろ、儂よ」
「以前から見ていましたが、兄さんが増えるとやや混乱しますね」
夕食後に就寝したラパゼルとアルバートは、研究拠点と現在培養中の新しい家族をラパゼルが分身の術で出した分身に任せて、街に向かう事になった。
目的は冒険者ギルドに依頼を出す事と、やはり顔つなぎである。
「冒険者ギルドや領主様には転生する事を前もって話していなかったから、少し面倒かもしれん。もしかしたら、今晩は外食になるかもしれんな。
リクエストはあるか、アルバート?」
「そうですね、外食なら人が調理をしている様子が見える店を希望します」
ただ、実はアルバートはただのゴーレムだった頃にラパゼルに連れられて何度か街に行った事があった。ラパゼル以外の人間がどんな姿でどんな行動をしているのか、街ではどんな振る舞いが求められるのか学習するためだ。
街の人々も最初は人間によく似た形状の、しかしパッと見て人間ではないと分かるゴーレムを珍しがったがすぐに慣れた。
街には以前から荷運びや力仕事をする精霊教の精霊使いや錬金術師が使役するゴーレムや、テイマーと呼ばれる冒険者が連れている魔物が見られる。
そのため、アルバート単体ならともかく『奇跡の老癒し手』として知られていたラパゼルが彼を連れていても脅威には感じなかったのだろう。
「そうなると屋台だな。あまり凝った調理は見られないと思うがいいか?」
「もちろんです。それと兄さん、これから行く街について教えてください」
二人は和やかな様子で会話をしながら、街に向かって空中を馬と同じくらいの速さで走っていた。ラパゼルは気功術で、アルバートは自身に組み込まれた機能によって。
彼らが暮らしている研究拠点は、普通に歩くと町まで三日ほどかかる場所に設置されている。万が一実験中に事故が起きても被害が余人に及ばないようにするためや、キョンシーを含めたアンデッドのように人によっては忌避される研究素材もあるため。そして、盗難対策である。
「そう言えば、そうした事はまだ教えていなかったな。
これから儂等が行く街の名はテイルヘッド、この島と同じ名だ。由来は、聖龍リヴァイアサンが目覚めるまで尻尾の先端がこの島に乗っていたからだ。尻尾の先端が地面にめり込んで出来たとされる、切り立った谷が島の東にある」
群島大陸は神話の時代に落下してきた聖龍リヴァイアサンによって砕かれ無数の島に分かれたため、それにちなんだ名前が付けられた島が多い。ロックレッグ島やサンクロウ島、ブラッドレイク島等だ。
リヴァイアサンを主神として崇める聖龍教にとって、どの島も聖地となり得るかもしれない。しかし、天使長アダマスを含めた眷属達にどの大陸を治めるのか指示したのもリヴァイアサンなので、これまで「群島大陸を聖龍教の聖地に!」 と公に主張をする者はいなかった。
だが、これからは出るかもしれないなと考えながらラパゼルは説明を続けた。
「このテイルヘッド島は儂が群島大陸で初めて上陸した島だ。外界に接する島の中では中くらいの大きさで普通の小国ならすっぽり入る広さがある」
「兄さん、小国とはどれくらいの広さの事を指しますか?」
「ザンクレスト大陸での基準だが、人口が一万以下の国を指して小国と呼んでいた。大国はだいたい人口が百万人以上の国で、間は中堅国家と呼ばれていた……はずだ」
基本的に人口の多さは経済力や軍事力に直結する。国土の広さも重要だが、国土のほとんどが不毛な荒野である場合やドラゴンや巨人など強力な魔物の住処になっている国もあるので、国の大小は人口を基準にしている。
もちろん、為政者の方針や周辺国との関係、資源の有無や技術力なども影響するため大国よりも豊かである中堅国家や、大国でも迂闊に事を構えられない軍事力を持つ小国も存在する。
ちなみに、ラパゼルが暮らしていた頃の全盛期のゼーリア王国の人口は約三百万。ザンクレスト大陸でも有数の大国だったが、ホルバイン公国等同規模の大国が複数存在したため、一千万には届かなかった。しかし、モーガス・トッドの研究所(実際はラパゼル)が開発した特効薬によって流行り病を早期に鎮めたため人口は増加傾向にあった。滅びてしまったが。
一方、ロンカ大陸を三つに分ける国の一つである陽光国の人口は二千万を軽く超える。ラパゼルによって飢饉や流行り病が早期に終結し、北牙国との戦争にも快勝して領地も増えたため総合的な国力は増加傾向が続いている。
「では、このテイルヘッド島が属している国はどんな国なのでしょうか?」
「国の名はバンゼッタ王国。ドワーフが治める王国で、首都は内海にあるノーズブレイズ島にある。
ちなみに、内海とは群島大陸の島々の間にある海の事だ。群島大陸の外側の海は外海と呼ばれておる」
無数の島で構成されている群島大陸では、島と島の距離も様々だ。隣の島まで船で数日かかる島もあれば、手こぎボートで数分もかからず行き来できる島もある。……それは川ではないかと思うかもしれないが、水は源泉から湧き出して河口に向かって流れている訳ではなく両端とも内海に繋がっているので海なのだ。
「町が見えてきました。あれがテイルヘッド……アルバートと名付けられてから初めて見るせいか、新鮮に感じます」
直線距離を馬より速く走り続けたお陰で、二人は三十分とかからずテイルヘッドの町までたどり着く事が出来たのだった。