10話 天才錬金少年ラパゼルと一人目の家族
カプセルから出たラパゼルは指を繰り返し動かし、その場で軽く屈伸運動をして新しい殻の調子を確かめた。
「良し、思い通りに動く。それに……」
ラパゼルが軽く念じただけで、彼の足元に魔法陣が出現し淡い光が彼を包んだ。すると、カプセルを満たしていた培養液で濡れていた髪や皮膚が乾いていく。
これは体や着ている衣服の汚れを落とす、『清潔化』の魔法だ。シャワーや着替えを用意するのも面倒くさがった魔道士が開発したとされる魔法で、難易度は低い。
だが、魔法の効果自体はどうでもいい。
「ふむ。魔力を操作する感覚にも狂いはない。後は気だが、それは外に出てから試すとしよう。
クククッ、新しい肉体の性能は前の肉体を軽く上回るはずだ。今から楽しみじゃわい」
一度死に、復活する目的は魂の秘密を知るためだったが、せっかく体を新しくするのだから、前の体よりハイスペックな若い肉体を創りたいと思うのが人情というものだろう。
そこでラパゼルは再び賢仙薬を創り、ロンカ大陸で繰り広げた冒険の過程で手に入れたサンプルを培養し、新しい体に移植した。生まれながらの超人として、自分の新たな肉体を設計したのだ。ベースはラパゼル自身の細胞から培養した複製だから、魂との相性もいいはずだ。
「動物実験しかしていなかったし、肉体が完成する予定日よりもだいぶ早く、そして想定外に離れた場所で、封印や結界の妨害付きで死んだので無事復活できるか、復活できたとしても不具合が出ないか、不安は尽きなかった。
だが、儂は全て乗り越えたぞ! さあ、生まれ変わった儂自身と対面するとしよう!」
ラパゼルは培養中の新しい肉体の容姿を細かく確認していなかった。データから健康に問題無く培養が進んでいるかは注意していたが、容姿については「どうせ培養過程で変わるのだから」と逐一確認していなかったからだ。
そのため、彼が今の自分の顔を見るのはほぼ初めての事だ。期待しながら姿見にかけてあった布を掴み取って自身の姿を映す。
すると、鏡面には十五歳前後の赤い髪に青い瞳の少年の姿が映った。背は中背で細身だが全身に筋肉がついていて貧弱さは微塵もない。また、若さ故のしなやかさもあり猫科の肉食獣を思わせる。
幼さの残る顔つきは眉がやや太く、目つきのせいで目力が強く感じられた。そんな少年の顔が大きく顰められた。
「……予定より十歳程若いな。二十歳から二十五歳ぐらいの青年期の肉体に生まれ変わる予定だったのだが。まあ、急に転生する事になったから仕方ないが」
一度死んで復活するついでに、より高性能で若い肉体に生まれ変わる事を目論んだラパゼルだったが、彼は少年ではなく青年になるつもりだった。
何故なら、少年の肉体は青年の肉体より不便だからだ。
「見た目で侮られると交渉がやり難くなる。夜に街を出歩くとトラブルに巻き込まれるかもしれんし、薬品や各種素材の調達の際不便かもしれん」
「見た目だけで判断してはいけません」と子に教える親は多いが、それは人が「見た眼で判断する」生き物だからだ。
気配や立ち振る舞いから気がつく者もいるが、そんな眼力を見回りの衛兵や問屋の店主に期待する事は出来ない。
「とはいえ、それも儂がラパゼル・スカー本人である事が知られるまでの辛抱……待て、今の儂を見てラパゼル・スカーだと信じる者はいるのか!?」
ハッとして再び姿見に視線を戻すラパゼル。そして、今の自分の顔をじっと凝視する。賢者の石と同じ色の赤い髪に、仙薬の青い瞳、白い肌……前の肉体と全く似ていない。顔の輪郭すら違う気がする。
「おかしい。この肉体には様々な素材を移植し改造し、生まれながらの半神として創造したが、ベースは儂自身のはずなのだ。それなのに、儂が十五歳前後だった頃の顔と全く似ていない。強いて言えば、目つきに面影があるがそれくらいか」
ゼーリア王国で婚活をしていた時から、彼なりに外見には気を付けていた。ロンカ大陸に渡ってからも他人の前に出る機会が多かったため、それを続けていたがラパゼルの前の肉体は美男子ではない。
婚活を始める前の少年時代はさらに酷く、「可愛い」なんて言われた事は一度も無かった。
しかし、今の肉体の容姿は「目が覚めるほどの」と評する程ではないが全体的に整っている。
「顔の傷が無くなり髪と瞳の色が変わっただけではないな。移植した素材が影響したのか? それとも賢仙薬は美容に対しても効果があるのか?
……もしや、人の容姿は生まれた後の環境によっても大きく変わるのか? はっきりと顔つきが変化するほどに」
ラパゼルは生まれた後スラム街のストリートキッズから違法な研究をしている錬金術師の奴隷兼モルモットとして、劣悪な環境で十歳になるまで生活していた。
しかし、今の肉体はストレスフリーな環境で十分な栄養を与えられた状態で培養されている。その影響が容姿に現れたのだろう。
ただ、この世界の大多数の人々は生活環境や精神状態が容姿に与える影響について、一般的な知識として認識していない。言葉では「そんなに悩んでいると禿げるぞ」だとか、「見るからに苦労知らずの顔をしている」等口にするが、実感している者は少ない。
人々の容姿を写実的な絵や、映像として簡単に記録し、それを閲覧できる世の中になればそれも変わるかもしれない。
「その可能性が高いか。こんな事なら、自分の容姿と当時の食生活や精神状態を記録しておくべきだった。
しかし、そうなるとこのまま体が成長して青年期になっても、前の肉体の儂とは異なる容姿になってしまう。……マーや陛下、後この島のドワーフ達や冒険者ギルドの人間には事情を話しておいた方が良いな」
しかし、ラパゼルは現時点では記録媒体に関して興味が薄かったため、すぐに思考を切り替えた。そして、あらかじめ用意しておいた服に着替えようとする。
「う~む、身体が若すぎるせいか若干サイズが合わんな。今度仕立て屋にでも行くか。いや、丁度いい。
『物品創造』!」
『物品創造』とは魔力を使って炎や氷、岩などを作り出すのと同じ原理で物品を創り出す魔法だ。ただ、難易度は中程度でそれなりに難しいうえに、大きく複雑な物を創ろうとすると消費する魔力がどんどん増えていく。
人間だった頃のラパゼルなら、小指程の長さの釘を一本創るだけで息を切らしていたほどだ。そのため、『物品創造』は使えない魔法として扱われている。
「よし、服が出来た。やはり魔力も前の肉体より格段に上がっているな」
だが、生まれながらの超人として転生したラパゼルなら丁度いいサイズの下着と肌着、そして上下の服を創るくらいなら難しくない。
「とはいえ、儂自身の魔力がいくら増えても、そして強くなっても、個人では限界がある。ついさっき慢心して死んだばかりだからな。
早急に対策を打たねばならん」
そう言いながらラパゼルは階段を上がり、家の一階に出ると厳重にしまっておいたアイテムボックスを取り出し、更にそこから一体のゴーレムを取り出す。
「お前に魂を込める予定はなかったのだが……何事も思うようにはいかんものだな」
その頃、ゼーリア大陸にある討神場では懸命な救助活動が行われていた。
飛び出そうとするラパゼルの魂の力に耐えられず結界を破られた反動で、ドーム状の討神場は半壊。天井は所々落ち、壁は崩れ、魔力を動力に動く装置は爆発炎上。さらに、儀式に参加していた者達は逆流した魔力が体内で弾けた事で全員負傷していた。
「カーニア、次はこの辺りの瓦礫を退けるぞ!」
「分かっているわ。タイミングを合わせるわよ」
聖龍教の聖職者たちにとって幸運だったのは、ジェイス達討神騎士六名がすぐに活動出来た事だ。
彼等も体内に逆流した魔力によってダメージを受けた。しかし、流石は超人。体内で内臓が破れ、神経が断裂し、筋肉が弾け、骨が砕けても即座に自力で治癒し動き出していた。
ジェイスと彼にカーニアと呼ばれた女性騎士が魔法で、彼がこの辺りと指した範囲の瓦礫全てを浮き上がらせると、瓦礫の下から十数人の聖職者の姿が現れた。
「う、うぅ……」
目や口から血を流し、倒れて呻き声をあげている者はまだいい。中にはピクリとも動かない者や、一目見て死んでいる事が分かる者もいる。
「『魔法拡散』! 『超治癒』!」
しかし、そこに討神騎士が魔法で治療を行う。魔法の効果を半分以下にする代わりに対象を単体から複数に変更する『魔法拡散』で、がれきの下敷きになっていた者達全員に治癒魔法をかける。
すると、重傷を負っていた者達の傷が瞬く間に治り、意識を取り戻した。
「っ! 傷が治った。体が元通りに動くぞ」
「ありがとうございます、討神騎士様!」
「助かった事に安堵し、感謝するのは後にしなさい! あなた達も同胞の救助に加わって!」
「「「はいっ!」」
立ち上がった神官達はカーニアの叱責によって意識を切り替え、救助する側に回る。彼らは無力な被害者ではなく魔法の使い手であり、有事の際には武器を持って信徒を守る戦士でもある。
自らに『筋力増強』の魔法をかけて瓦礫の撤去作業を行い、『大治癒』や『治癒』の魔法をかけて怪我人を癒していく。
「確かこいつはロベルトって言ったな。……安らかに眠りな」
しかし、既に事切れている者は討神騎士達でもどうしようもない。彼らは、「神の御業を真似てはならない」と言う戒律によって、心肺蘇生を超える死者蘇生を禁じられているからだ。
呼吸や心拍が停止した者の呼吸や心拍を再開させるだけなら、良し。呼吸や心拍を再開させても生き返らない状態の者や、そもそも物理的に呼吸や心拍を再開させられない状態の者を生き返すのは、戒律に反した行為とされる。
瓦礫の下敷きになった神官達の一割、そして爆発に巻き込まれた数人が眠りについた。
「皆、教皇猊下が崩御された」
そして、イドナード・アドリッチ・ネウス教皇も死者の列に加わった。
「そうか。教皇様は歴代の中でも魔力が高く、儀式でも重要な役目を負っておられたからな」
「その分逆流した魔力が多く、身体が耐えられなかったという事か」
死者を蘇生してはいけないという戒律に例外はない。集められた神官も、聖龍教の聖職者の頂点に立つ教皇も、区別されない。
もっとも、討神騎士達は戒律に反する魔法や技は最初から習得していないので、生き返しようがないのだが。
「ふぅ……討神騎士の初任務は見事に惨敗だな」
「邪神は殺したけど、封印できなかったからいつか復活するかもしれない」
「いいえ、それでも人界で自由に行動できる肉体を滅ぼせたのは大きいはずよ」
思わずため息を吐いたジェイスに、討神騎士達が口々に意見を唱える。神官達は教皇の死に動揺し、嘆き悲しんでいるが、彼等は冷静だった。
何故なら、彼等にとって教皇は名目上の上司であり、本当の主の代理人でしかないからだ。彼が亡くなってしまった事に何も感じていないわけではないが、取り乱すほどではない。
「……本当に奴は死んだのか?」
そのため、ジェイスはラパゼルが死んだ後に起きた事について覚えた疑問について考え続けていた。
「気になっているのか? たしかに、まさか死後に発動する魔法を体に仕込んでいたとは驚いたが、肉体を滅ぼせたのは確実だ。お前も見ただろう、奴の肉体が砕け散るところを」
「そうね。確かに驚かされたけれど、死後に呪の類をかける魔物もいる。邪神ともなれば猶更だろう」
カーニア達もラパゼルが死後に封印と結界を破った事には驚いていたが、ジェイス程には違和感を覚えていなかった。
「倒した相手に呪われたって事例は俺も知っているが、殺された後に封印と結界を破る仕掛けを生きている時からしている奴なんているのか?」
そしてジェイスの違和感の通り、ラパゼルが自分の体と衣服に生前から仕掛けを施した目的は新しい肉体に確実に生まれ変わるためだった。
万が一にも失敗できないからやりすぎな程備えたため、封印と結界を破る事が出来た要因の一つになったのだ。
「……これ以上考えても仕方ねぇか」
「そうだ。救助作業が終わった以上、ここで出来る事はもう何もない」
「聖地に戻って今後の指示を仰ぎましょう」
そしてジェイス達六名の討神騎士達は神官達を残して空に飛び上がると、そのまま彼らにとっての本拠地であるラドリッツァ山に向かった。
どうすれば魂を人造生命体に宿らせる事が出来るのか。
それは、新たな生命体へ転生するために人間界へ再び赴く魂がくぐる冥界の出口に、人工生命体へと続く道を創ってやればいい。
胎児に魂が宿って通常のゴーレムやホムンクルスに魂が宿らないのは、その「道」の有無の違いだ。
動植物、そして人を含めた全ての生命は生まれる際に自然とその「道」が出来る。おそらく、冥王ザウスが創造され輪廻転生という仕組みが出来た時にそうなったのだろう。重力と同じように。
物体には、下に向かって重力が働く。生命は生まれる時に魂が通るための道が出来る。それがこの世界の法則なのだ。
「しかし、重力は魔法で操作できる。強くしたり、弱くしたり、上下逆転する事も可能だ。魂の通り道も然り」
「なるほど。そうして私に魂を宿らせる事に成功したのですね、マスター」
ラパゼルの説明に相槌を打ち、彼をマスターと呼んだのは一体の白いゴーレムだった。
しかし、通常のゴーレムとはかけ離れた姿をしていた。通常のゴーレムは人の形はしていても、大雑把に五体があるだけの形状をしている。だが、彼は無数のパーツを組み合わせて人間に出来るだけ近い構造になるよう作られていた。
首や四肢だけではなく、指の一本一本に至るまで複数のパーツで関節が作られている。顔には口があり、口内には歯や舌まで備わっていて、今も空気を吸って喉に備わっている人工声帯を震わして発音していた。
「その通りだ。自分に宿った魂の存在を自覚できるかね、アルバート?」
そう尋ねられた時もゴーレム――アルバートは、実に人間らしい反応を見せた。右手で顎に触れ、小さく首を傾げたのだ。
「私のどのパーツに魂が宿っているかは、分かりません。ですが、昨日までの自分とは違う存在になったという実感はあります。
そもそも、昨日までの自分はマスターに入力された判断基準以外の思考は出来ませんでしたから、この質問に答える事も出来なかったでしょう」
アルバートは、ラパゼルが人工生命体に刷り込む知識や技を試すために創られた実験用のゴーレムだった。
立つ、座る、歩く、駆け足、起き上がる、等の簡単な動作や、言葉や挨拶などの受け答えや箸やフォークの使い方、文字の読み書き、更には武術や武器の扱い方まで学習させた。そのために、出来るだけ人間と同じ事が出来る形状にする必要があったのだ。
なお、姿が男性に近いのは武術を学習する際に壊れないよう強度を高めたらボディが大きくなった結果そうなっただけだ。
昨日までのアルバートは特定の行動に対してどう行動するか……『おはよう』と声をかけられれば『おはよう』と返し、部屋が汚れていれば清掃を行うため箒や雑巾を探し、敵と相対したらどの戦闘パターンで戦うか選択する事しかできなかった。
今のアルバートは自身で新しい選択肢を思考し、生み出す事が出来る。それこそ魂が宿ったという事だと彼は認識していた。
「ですが、二つ疑問があります。一つは、マスターが私に魂を宿らせたのはマスターの前の肉体を滅ぼした、聖龍教への対策のためだと思われますが……私の性能では魂を込めたところで彼等に対する戦力には至らないかと」
「うむ、自ら思考して疑問点を見つけるとは素晴らしいぞ、アルバート」
ラパゼルはアルバートが質問をした事に対して嬉しそうに頷くが、すぐに首を横に振った。
「しかし、勘違いをしているぞ、アルバート」
「勘違いですか? しかしマスター、私の戦闘能力はマスターを大きく下回ります。そのマスターを相手取った敵に私が対抗できるとは、どうしても考えられません」
アルバートのボディは実験とデータの集積のために創られたものだが、その戦闘能力は低くない。ラパゼルが錬金術で創り出したアダマンタイト製のパーツを組み立てて作られた、人間に限りなく近い構造ボディは堅牢でありながら俊敏で複雑な動作を可能とする。
常人では何百人集まっても彼を破壊する事は出来ないだろう。
しかし、オリハルコンより硬いラパゼルの手甲を傷つけた討神騎士団のジェイスの相手は出来ないだろう。おそらく、ジェイスと相対すればアルバートは数秒後にはバラバラにされてしまうはずだ。
「自身の実力と儂からの伝聞で推測した敵の力を正しく推測し、冷静に分析するとはますます素晴らしい。
しかしアルバート、お前は討神騎士ではなく儂の慢心への対策なのだ」
「マスターの慢心ですか?」
思ってもみなかった言葉に、アルバートは目の光を瞬かせた。
「そうだ。そもそも、儂が聖龍教の奴等に殺され予定より早い転生を強いられたのは、儂自身の慢心が原因だ」
しかし、ラパゼルは負け惜しみでも何でもなく本当に自身の慢心のせいで敗れたのだと考えていた。
「儂は地仙……半神となった事で以前より強くなったが、そのせいで慎重さを無くし無謀な行動をとるようになってしまった。それで単身ザンクレスト大陸の周辺にある無人島に、脅威に備えず向かってしまったのだ」
もしラパゼルが人間のままだったら、入念な準備と万が一の場合に備えて脱出手段を用意してから無人島に向かっただろう。
危険な魔物が生息していないか遠隔地から分身の術を使用した偵察を行い。もしもの時の護衛のゴーレムも用意してから無人島に上陸したはずだ。
聖龍教に討神騎士団や煉獄騎士団といった組織が存在しており、彼の事を邪神と呼び封印しようと企んでいる事を知らなかったとしてもだ。
「こんな事はロンカ大陸で流れ者をしていた時には起きなかった。何故か? それは飛び出そうとする儂をマー達が引き留め、忠告し、頭を冷やさせてくれたからだ」
四人で組んで流れ者をしていた時は、ラパゼルは道士として冷静に状況を見極め常にクールだった……なんて事は無かった。むしろラパゼルは他の三人を引っ張るリーダーで、好奇心を抑えきれなくなる事が珍しくなかった。
そんなラパゼルにブレーキをかけるのが弟子のマーとライであり、場合によってはゴウも意見を述べて彼を諫める事があった。また、ラパゼル自身も弟子を教える師匠という立場から自制心を働かせる場合もあった。
それなのに山に籠って以来一人で活動する事が増えたため、ラパゼルは自覚しないまま慎重さを忘れ無謀になっていたのだ。
「そうでしたか。しかしマスター、それこそマーさん達に連絡を取れば良いのでは?」
「それは出来ん。マー達にはそれぞれ家庭と仕事がある。儂に付き合わせる訳にはいかん。
それはともかく……こうして話してみて改めて分かったが他者と会話し、意見を交わす事は重要だ」
今まで分身の術で自分自身を増やして研究を続けて来たラパゼルだったが、いくら分身を増やしてもそれは自分自身に過ぎない事を自覚していなかった。
研究開発では自身の思考や意見も大切だが、他者の意見も重要だ。
「魂を得たばかりである上に、マスターから学習した知識しか持たない私にとって十年以上マスターに学んだマーさん達と同じ役割を期待されても難しいとは思います。ですが、これも生まれ持った宿命だと諦めましょう」
「すまんな、アルバート。それにしても君はとても落ち着いているな。儂より大人なのではないか?」
「子供の姿のマスターに言われると、ジョークのようですね。ですが、私は大人ではありません」
アルバートはそう主張すると、落ち着いた口調と態度のまま続けた。
「それで二つ目の疑問なのですが……私もマスターの家族なのだとしたら、私のポジションとは何でしょうか? 私の名前から推測すると男性だとは思いますが」
父なのか兄なのか弟なのか、それとも息子なのか。それが問題だ。
「ふむ、君の名称が男性のものなのは形状に合わせたもので、形状が男性なのも実験の都合によるものだが……とりあえず弟と言う事にするか」
「分かりました。では、マスターの事は以後兄さんとお呼びしましょう」
「ありがとう、弟よ。では、これから通信機でマーや陽光王と連絡を取って顔つなぎを行い、その後次の家族を創るぞ。手伝ってくれ」
魂の秘密を理解し、アルバートによって人造生命体に宿らせる目途が付いた。次は、経験を積んで技術を熟練させなければならない。
「待ってください、兄さん」
だが、アルバートが早速自分が期待された役割を果たすためにラパゼルを制止した。
「まず討神騎士達聖龍教徒に対処するのが先ではないでしょうか? 拠点を他の島に移すか、ロンカ大陸に戻った方がいいのでは?」
肉体を滅ぼしたはずのラパゼルが転生に成功し、元気に人工生命体を創っていると知ったら聖龍教徒は再び彼を狙うだろう。アルバートの意見はもっともだ。
「いや、奴らが儂に仕掛けて来る事は当分ないだろう」
しかし、ラパゼルは聖龍教の襲撃はしばらく無いと推測していた。
「奴らが仕掛けてきたのは、儂がザンクレスト大陸周辺の無人島に侵入する事が事前に『予言』とやらによって分かっていたからだ」
だから聖龍教は前もって準備を進め、無人島に煉獄騎士団や討神騎士のジェイス・ハーキッドを『転移』で送り込み、ラパゼルを討神場へ拉致し封印するための儀式を行う事が出来た。
しかし、群島大陸の島の一つにあるこの研究所に対しては、聖龍教は戦力を『転移』で送り込み、ラパゼルを拉致する事は出来ない。
聖龍教の勢力圏であるザンクレスト大陸から遠く離れているため、準備が出来ないからだ。
「もちろん、『転移』に頼らずここまで空を飛ぶなり何なりしてやってくるのは可能だろうが……この研究所の周囲には侵入者や魔物に備えて二重三重の警報装置を配置してある。それこそ、『転移』で侵入しようとしても空間に生じる僅かな揺らぎを感知して警報を鳴らすような仕掛けがな」
自身に対しては気がつかない間に無謀になっていたラパゼルだったが、研究に対する慎重さは維持していた。そのため、邪魔が入らないよう研究拠点の周りには厳重な警備網を構築している。
「だが、話している途中で気がついたが奴らが時間をかけてこの島に戦力を集め、この研究所を襲撃しようとする可能性も考えられる。
アルバート、顔つなぎの前に研究所の警備体制を強化するのを手伝ってくれ」
「分かりました、兄さん」
こうしてアルバートは、早速己に課せられた期待に応えたのだった。