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1話 天才錬金術師の最狂へと至る半生

 ラパゼルが物心ついた時、彼が暮らしていたのはザンクレスト大陸の中央部にあるゼーリア王国、その中のある街にあるスラムだった。家族はおらず、同じ境遇のストリートキッズ達と生活していた。

 自分より年上の子供の指図に従い、毎日必死になって食べ物を探す日々。その日生き延びる事に精一杯で、明日以降の事を考える余裕はなかった。


 しかし、ラパゼルはそんな境遇からすぐに拾われる事になった。

「お前ら、これからはこの人のいう事を聞け。逆らうんじゃないぞ」

「ついてこい、ガキ共。運が良ければ、今より良い暮らしができるぜ」

 リーダー格の子供が、自分のグループの年少の子供達を人買いに売り渡したのだ。そして、人買いはラパゼル達に奴隷である事を示す焼き印を押し、違法な研究をしている錬金術師に売った。労働力兼実験台として。


 家畜小屋のような住まいに他の奴隷達と押し込められ、朝から晩までこき使われ、食事は一日二食粗末な食べ物が僅かに与えられる。それでもスラム暮らしよりはマシだったが、錬金術師の実験台にされた他の奴隷達が次々に惨たらしく死んでいくので、奴隷になった事を「運が良かった」とは思えなかった。


 彼の左目が視力を失ったのも、この時期だ。錬金術師が変化させたネズミが巨大化して籠を破って暴れ出し、その爪で顔の左半分を傷つけられたのだ。

 幸運な事に、巨大化したネズミは肉体の急激な変化に耐え切れず直ぐに死んだので、ラパゼルは生き残る事が出来た。顔の左半分に大きな傷跡が残ったため、ラパゼルは錬金術師にスカー(傷跡)と呼ばれるようになった。


 親兄弟は生きているのか分からず、大人は誰も彼を保護しようとせず、同じ境遇のはずの子供に売られ、司法の助けは来る気配はなく、正義の味方は夢にすら現れない。

 誰にも愛されていないラパゼルだったが、彼は錬金術に愛されていた。彼は錬金術に関してだけ、超常的に優れた才能の持ち主だったのだ。


 錬金術師の独り言や、盗み見た文献や書類、実験メモ等から文字の読み書きと計算を習得。それから「奴隷達は文字の読み書きも出来ないだろう」と思い込んでいた錬金術師の目を盗み、知識を旺盛に吸収した。

 その知識を活用して、実験用に飼われていたネズミの餌や自身の魔力を材料に薬を錬成し顔の傷を治療した。


 錬金術師が調合した薬品を飲まされて悶え死んだ奴隷の血から解毒剤を作り出し、自分と仲間に与えた。

 錬金術師が創り出した合成獣の力を試すため、他の奴隷と戦わせようとしていると知った時は、合成獣の餌に特殊な毒を混ぜて殺し、錬金術師には生育中に発生した不具合によって内臓の機能が止まって死んだように見せかけた。


 そして自分以外の奴隷達と協力し、三年の歳月をかけて自分達の主人である錬金術師を毒殺し、自由を手に入れる事に成功した。

「やったぞっ! これで俺達はじ――」

 そう歓声を上げている途中で、ラパゼルは脚に衝撃を覚えて転倒した。そして何が起きたのか理解する前に後頭部に激痛が走り、意識を失った。


 そして、気がついた時には一晩過ぎていて周りには冷たくなった二人の仲間が倒れていた。

「うぅ、いったいどうして? 伏兵がいたのか? なら、何故俺達は放置されているのだ?」

 ラパゼルが助かったのは、錬金術師の殺害を決行する前に念のために飲んでいた遅効性のポーションが効果を発揮したおかげだった。倒れている二人の仲間にも同じ物を飲ませていたが、二人の傷は深くラパゼルが間に合わせの材料で作ったポーションの効果では傷が治りきらず、助からなかったようだ。


 しかし、ラパゼルは自身の技術力不足を嘆く前に気がついてしまった。自分を襲った犯人はこの二人で、彼等はその後錬金術師が持っていた金を巡って仲間割れをして、相打ちになって死んだのだという事に。

 伏兵は存在しなかった。ラパゼルが愚かな裏切り者達に殺されず助かったのも、運が良かったからだった。


「……仲間でいられたのは、錬金術師と言う共通の脅威が存在している間だけか」

 自由を得た興奮と達成感は、深い失望と喪失感にとって代わった。しかも、この時脚の傷が中途半端に治癒してしまったため、右脚に障害が残り走る事が出来なくなってしまった。


 しかし、手に入れた自由と命を捨てる気にはならなかった。

 ラパゼルは錬金術師の取引相手達が彼と連絡が取れない事を不審に思ってここにやってくる前にと、彼が残した研究資料や文献を読み漁り、数日で読破。錬金術師が持っていた財産を持てるだけ持ち出すと、家に火を放った。

 そして、旅立った。


「俺はラパゼル、ラパゼル・スカーという名にしよう。あの家にあった文献に書かれていた伝説に記された賢者の石を見つけて幸せになった男の名だ!

 俺も賢者の石を、そしてエリクサーと真なる鋼、魂の秘密を、手に入れてみせるぞ!」


 当時十歳にしてそう決意したラパゼルは、杖を突いて町までたどり着き、錬金術師の家から持ち出した金を使って身なりを整えて乗合馬車に乗って大都市へ向かった。まともな錬金術師に弟子入りするために。

 最初は生き延びるために盗んだ知識でしかなかったが、ラパゼルは錬金術以外に生きる術を知らず……そして何よりも錬金術が好きだったのだ。


 背中に奴隷の焼き印が押されているうえに紹介状の類も持っていないラパゼルだったが、持ち出した金を積むことでその国……ゼーリア王国でも著名な錬金術師の一人であるモーガス・トッドの弟子になり彼の研究所に入る事に成功した。

 モーガスの元で、ラパゼルは一から錬金術を始めとした魔法を学び直した。そして三年で兄弟子達を追い抜き、失った左目の代わりになる義眼を僅かな資金で開発する事に成功した。


 その功績によって、彼はモーゼスの助手の一人として働くようになった。


 いつ殺されるか分からない恐怖から解放され、落ち着いた環境で知識を得て技術を磨く事が出来、毎日が発見の連続で、錬金術師として充実した日々を過ごす事が出来た。

 ラパゼルが師と仰いだモーガスからはやりがいのある仕事を任せられ、彼の研究助手になった事でそう多くはなかったが給料を得られるようになり、ラパゼルは二十歳になる頃にはモーゼスの屋敷から出て近い場所にある集合住宅の部屋を借りて暮らし始めた。


 ストリートキッズや奴隷だった頃の暮らしを考えると、夢のような生活。だが、ラパゼルは気がつけば満たされない渇望を抱えていた。

 その渇望の正体とは何なのか、天才的な頭脳を持つ彼でもすぐには理解できず悩む日々が続いた。だが、気分転換を兼ねてフィールドワークに赴いた時に答えを得た。


 丘と一面の花畑で睦まじく語り合う恋人達、一緒に遊ぶ兄弟らしい子供達、ピクニックをする家族連れ。それらの光景が、ラパゼルの目には新鮮なドラゴンの臓物より美しく、貴重な物に映った。

 そして悟ったのだ、自分を苛む渇望の正体は愛……誰かを愛し、愛されたいという衝動なのだという事に。


「愛……この俺が欲しかったのは愛だったのか。愛を手に入れなければ幸福になれないのなら、俺は賢者の石を始めとした錬金術の奥義だけではなく、愛も手に入れてみせるぞ!」

 人生を共に生きる愛しい伴侶を、分かり合える心の友を、目に入れても痛くない程可愛い我が子を手に入れる。ラパゼルの目標に、新たな項目が加わった。


 そしてラパゼルが愛する者を手に入れるためにまず取った行動は、いわゆる婚活だった。

 魔導士ギルドのコネを使って平民出身者の女性との見合い話の斡旋を求め、さらに同じように婚活中の魔導士達と共通の話題を作って交流し、友人を作ろうとしたのだ。


 また、自分が所属する研究所の同僚達との交流もこれまでより力を入れた。積極的に話しかけ、食事に仕事終わりの飲み会に加わろうと試みた。


 しかし、失敗した。いくら斡旋を依頼しても見合い話は紹介されず、他の魔導士からはそれとなく避けられ、「あの奴隷上り、最近調子に乗り過ぎじゃないか?」と同僚達が自分の陰口を叩いているのを聞いてしまった。


 そうなった要因はいくつかある。一つは、ゼーリア王国で蔓延していた優生主義思想による階層社会だ。


 優性主義とは、同じ人間でも高貴な生まれである王侯貴族は全ての面で生まれつき優れており、それ以外の者は劣っているという思想だ。

 そうした思想は他の国や種族にも多かれ少なかれ存在する。しかし、ゼーリア王国では国家運営や国民の価値観に大きな影響を及ぼす程蔓延し、過激化していた。


 文官や武官、騎士、各ギルドの職員等の職に就くには王侯貴族の血筋に連なる者でなければならず、平民出身者の場合はどんなに優秀でもそれらの職場の下働きや雑用係にしかなれなかった。

 商人や職人でも大商人や一流の職人の子弟であるというだけで信用を得られ、取引先や客に困る事は無く、逆にそうでない者はどんなに才覚があっても死ぬまで独立できない事も珍しくない。


 魔導士ギルドや錬金術師も例外ではなく、ラパゼルの師であるモーガスは公爵家の三男で彼の高弟達はいずれも伯爵家や男爵家に連なる者達だった。

 天才であるラパゼルが弟子入りから十年以上過ぎても独立して自身の研究所を持てず、助手の立場に留まっているのもそれが原因だ。


 スラム出身で、元奴隷。そんなラパゼルの周囲からの評価は、「元奴隷にしては使える」か「元奴隷風情の分際で不相応な地位にいる」錬金術師の助手、というものだった。

 このようにゼーリア王国では、どんなに優秀であっても下層の生まれだったら出世する事は出来無いのだ。

 そのため、平民未満の奴隷出身のラパゼルにこれ以上の出世の芽はなく、平民出身の女性達やその親にとって彼は見合い相手として不適格だったのだ。


 さらに言えば、ラパゼルは隻眼で杖を使わなければ歩く事が出来ず、容姿も幼い時の苦労の影響か早くも生え際は後頭部にまで後退しており、醜い傷跡を差し引いても強面で人相が悪く、自身の才能に絶対の自信を持っているため言動も尊大になる事がしばしばあった。

 つまり、対人能力や人格にも問題があった。


 ラパゼルはこれまで師であるモーガスのような上下関係が決定している相手か、奴隷だった頃のように生きるか死ぬかの極限状態で嫌でも付き合うしかない相手としか人間関係を築けなかった。そのため他の魔導士達が何を考えているのか分からなかったため、友人作りも上手く行かなかった。


 そんなゼーリア王国でラパゼルが今まで強く排斥されなかったのは、彼が優性主義に対して無関心だったからだ。他者からの侮蔑に構う時間がもったいないとばかりに研鑽と研究開発に没頭し、モーガスやその高弟達に一切逆らわず与えられる難題を次々に解決してきたからだ。


 自分を含めた平民や奴隷上りの権利向上のために行動する事は、とても尊い事だ。しかし、自分にとってそうした活動よりも研究開発や知識の蓄積、そして愛を手に入れる事の方がずっと優先順位が高い。

 まだ錬金術しか愛した事が無く、師であるモーガスしか信頼し尊敬する者が存在しなかった彼には愛国心や郷土愛という感情が欠けており、国を変えるため動くことはなかった。


 社会問題はともかく、自身の婚活を阻む問題をどうにかしなければならないと考えたラパゼルは、まず仕事の片手間に脚に装着して動きを補助する補助具と精巧なカツラを開発した。

 補助具は歩行だけではなく走行や跳躍まで脚を補助し、訓練すれば蹴り主体の格闘技も可能になるという高性能な逸品。カツラも、つけたまま洗髪や水泳をする事が可能で他人が掴んでも簡単には外れない上に、打撃や斬撃から頭部を守る防具にもなる優れモノだ。

 これによりラパゼルは杖を使わなくても歩く事が可能になり、見た目は薄毛を克服した。


 そして出世が望めない事を経済力で解決するために、鉛を貴金属に変えようと試みたがこれは上手く行かなかった。鉛から金貨一枚分の黄金を作るのに、金貨二枚分の費用が必要である事が研究段階で判明したためだ。

 鉛を銀、石を銅や鉄に変える場合なら採算が取れたが、金持ちになれるほど大量の銀や銅、鉄を作るには時間と労力がかかり過ぎる事が分かったため、断念した。


 結局女性には相手されず、同僚を含めた他の魔導士からは距離を置かれたままになってしまった。

 そうして一向に婚活の成果を出せず悩んでいた頃、ラパゼルは街で偶然出会ったティナという女性と仲良くなった。快活で笑顔の眩しいティナにラパゼルは夢中になった。


 そんなティナが突然失踪し、何かあったのかとラパゼルが手を尽くして探していると、師であるモーガスから驚くべき真実を告げられる。なんと、ティナの正体はゼーリア王国と長年敵対関係にあるホルバイン公国から送り込まれたスパイだったのだ。

 ティナが偶然を装ってラパゼルに近づいたのは、彼からモーガスの研究所の情報を聞き出すためだったのだ。


「未熟者の分際で女にうつつを抜かすから騙されるのだ! そもそも、まともな女がお前の相手をするわけがないだろう。これに懲りて研究に専念するように!」

 そう厳しく叱責されてしまった。だが、実際婚活に行き詰っていたラパゼルは研究所にも迷惑をかけてしまった事も考え、二十二歳になっていたラパゼルは一旦婚活を辞める事にした。


 そして、打ちのめされた彼は自分のルーツを確かめる事を思いついた。

「そうだ、俺の両親の素性について調べてみよう。万が一の可能性だが、俺も貴族の血を引いているかもしれん。そうなれば世間からの俺の評価を覆す事が出来るはずだ!」


 ゼーリア王国の優性主義が本当に正しいなら、錬金術の天才である自分は高貴な血筋出身のはずだ。それを証明できれば、苦労ばかりで実りの無い婚活などしなくても見合い話がいくらでも舞い込むし、同僚達も手のひらを返して自分の友人になりたがるはずだ。


 ……もっとも、本当はただ実の両親には愛されていたという確信が欲しかったのかもしれない。


 全く手掛かりの無い両親探しのために、ラパゼルは降霊術で自身の親族や先祖の霊を呼び出す事を思いついた。彼の年齢的に両親が存命である可能性もあるが、その場合は祖父母を、祖父母も存命なら曾祖父や曾祖母の霊を呼び出し、手掛かりを得ればいいと考えたのだ。


 しかし、降霊術は失敗する可能性の高い不安定な儀式で、術者が呼び出したい霊と生前からの知己だったとしても、故人の遺体の一部や遺品があっても成功率は五割を下回る。血の繋がった親や先祖だとしても、顔も名前も知らず、遺品も無い状況で儀式を行っても成功する確率はほぼ無い。


 そこで、ラパゼルは「降霊術を確実に成功させるマジックアイテムの開発」という名目で研究所から予算を得て、降霊術の成功率を大幅に上昇させる事が出来るマジックアイテムを二十三歳になる年に完成させた。

 術者の技量によって上昇する成功率は上下するが、制作者であるラパゼルが行えば顔も名前も知らない両親や先祖の霊を、己の血だけで確実に降霊させる事が出来る。


 そして、ついに完成した降霊術用マジックアイテムを起動し、実験を行う時が来た。期待に胸を膨らませたラパゼルは、モーガス達が見ている前で見事、両親の霊を呼び出す事に成功した。

 しかし、現れた両親の霊はラパゼルの期待に何一つ応えなかった。


 ラパゼルの母はドナという名の娼婦で、父はビクターという名の平民出身の冒険者だった。二人は場末の酒場で出会い、愛ではなく金で一夜を交わって過ごし、朝に別れて二度と再会しなかった。それだけの関係だった。

 ラパゼルの父親であるビクターにとって母は生前抱いた娼婦達の内一人でしかなく、降霊術で呼び出された母の顔を見てもなかなか思い出せなかった程度の相手だった。


 それはラパゼルの母ドナにとっても同じ事で、彼女にとってもビクターは生前数えきれないほど寝た客の一人でしかなかった。身籠りはしたものの、その頃には毎日違う客を取っていたので、降霊術で呼び出されるまで子供の父親が誰なのか知らなかったほどだ。


 当然だが、両親はどちらも高貴な血筋などではない。ドナは娼婦の娘で自身も娼婦になるという、貧困の連鎖という社会問題の一例で、ある晩酒を飲んで気がついたら死んでいたらしい。

 ビクターは冒険者になる前はとある農村の農家に生まれた五男で、継ぐ畑も婿入りする先も見つからなかったので冒険者になったというよくある経緯だった。冒険者としての名声も特になく、大勢いる中堅の一人で魔物退治の依頼中に命を落としたらしい。


 そして父親は自分に子供がいた事も知らなかったし、母親は生まれた子供を高く買い取ってくれると酒場で知り合った怪し気な男に言われたので堕胎せず産み、すぐに売り渡したので名前も付けていなかった。


 その後、母親から謎の男に買い取られたラパゼルがどういう経緯であのスラムに流れ着いたのかは、分からなかった。何らかの目的を果たした男が用済みになったラパゼルを適当に捨てたのか、男の身に何かが起きて偶然ラパゼルがスラムに辿り着いたのか……。母が男の事を何も覚えていなかったので、降霊術で男の霊を呼び出す事も出来ないため、知るすべはない。

 ……ラパゼルには調べるほどの興味や気力も無かったが。


 両親にも全く愛されていなかった。それが分かっただけで、ラパゼルの精神には十分すぎるダメージだった。

『なんて言えばいいのか分からんが……その……すまんな』

 死後に自分に子供がいる事を知ったビクターが、去り際にバツの悪そうな顔をして、謝ってくれたのがせめてもの救いだろうか。


「フフッ、やはり卑しい生まれだったな。妙な夢を見るから恥をかくのだ」

「そう言ってやるな。実験は大成功だったじゃないか。笑い話のネタも手に入ったしな。クククッ」

 しかし、一部始終を見ていた研究所に所属するラパゼルの兄弟弟子であり同僚である者達は肩を落とすラパゼルを嘲笑した。


 彼等は自分達より下の生まれの癖に日頃から自分達よりも圧倒的に優秀で、この研究でも自分達では何十年かけても成し遂げられるか分からない成果を約一年で出した彼を、日頃から妬ましく感じていたのだ。


「お前達、無駄口を叩くな! ラパゼル、実験は成功だ。レポートを纏め、今日中に提出しろ。明日、術者と呼び出す対象を変えて再実験を行うので、お前も立ち会うように」

「……畏まりました、師匠」

 そして、ラパゼルは降霊術用マジックアイテムの現物と研究記録をモーガスに渡した。







 降霊術で期待した成果を得られなかったラパゼルは、真っ当な婚活を諦め、娼館に通うようになった。ただし、性欲に溺れた訳ではなく目的はやはり伴侶探し……金で気の合う娼婦を探し、何度も通って交流を深め、身受けして結婚するという作戦を思いついたからだった。


 何故なら、自分の意思ではなく娼館に身柄を買われて娼婦をしている女達の身分は法的には奴隷と変わらない。身請けされて、初めて平民と同じ身分となる。

 つまり、奴隷出身のラパゼルと同じだ。そのため、自分を下に見る事は無いだろうと彼は考えた。


 平均的なゼーリア王国の民よりは収入があるとはいえ、富裕層にはとても届かないラパゼルは高級娼婦を幾人も抱えた大手の娼館ではなく、街にいくつもある中堅の娼館に通った。そこで彼は自分より五つ年上で平民出身のアトナという娼婦に目をつけた。


 アトナは娼婦たちの中ではそれほど人気ではなかったため、他の客と競争することなく指名し続ける事が可能だったという理由もあったが、彼女は他の娼婦達と違いラパゼルの外見や生まれを気にするそぶりを見せず、温かく応対してくれたのが大きかった。


 そしてラパゼルは一年以上アトナの元に通って情を深め、結婚を申し込み、彼女の了承を受けて身受けした。これで自分も幸せな、愛に満ちた家庭を持てる。後は錬金術の奥義を極めて賢者の石やエリクサーを作るだけだと、ラパゼルは浮かれていた。

 だが、翌日にはアトナはラパゼルの元から消えていた。


 何があったのか調べるため、彼は錬金術で作り出した過去を映す鏡を使い、アトナが姿を消してから現在に至るまで何をしているのかを見た。

 明らかになったのは、彼にとって残酷な真実だった。実はアトナにはラパゼルと出会う前から想いあっていた男がいた。その男と駆け落ちするためにラパゼルは利用されただけだったのだ。

 鏡に最後に映ったのは、王都を出る馬車に乗った女が幸せそうに男と寄り添う姿だった。


「なんという事だ……」

 アトナはラパゼルに身請された瞬間から奴隷ではなく平民であるため、自分の意思で出て行った以上司法に頼る事は出来ない。だが、個人的に追う事なら可能だ。今もこうして彼女の一秒前の姿を鏡に映す事で、どこで何をしているのか把握できている。


 しかし、ラパゼルはそれをする気になれなかった。何故なら、ラパゼルといる時の彼女より鏡の中の彼女の方が幸せそうだったからだ。

 騙された怒りや、恥をかかされた屈辱を覚えていないわけではない。だが、それ以上に彼女の笑顔がラパゼルのプライドを大きく抉り、打ちのめしていたのだ。


「さようなら、アトナ。……せめて幸福になってくれ」

 鏡に映る映像を消し、ラパゼルは元娼婦のアトナへの愛情を心の奥底にしまい込んだ。







 身請けした娼婦に逃げられた事はすぐに噂になり、ラパゼルはさらに同僚達から侮蔑されるようになった。師であるモーガスからも呆れられたが、彼は愛を手に入れようと試みる事を諦めはしなかった。

「俺はつくづく妻を娶るのに向いていないらしい」

 しかし、心に傷を負ったラパゼルは婚活をすっかり諦めていた。娼婦でもダメとなると、もう奴隷商人から女の奴隷を買うぐらいしかない。大金を支払えば主人の命令に逆らう事が出来なくなる「奴隷の首輪」というマジックアイテムも手に入るので、それを使えばアトナのように逃げられる事はなくなる。


 だが、ラパゼルが欲しいのは何でも従う女ではなく、愛する伴侶だ。そんな状態の女奴隷が自分を愛してくれるとは思えなかった。


「なら、妻は諦めて子供を手に入れよう」 

 だから、二十四歳になったラパゼルは幼子を養子にとって親になる事にした。

「血は繋がっていなくても同じ家で同じ時間を過ごし、しっかり世話をすれば親子の情が通じるに違いない。それに、俺は良い親に成れるはずだ」

 実際の家族について何一つ知らないラパゼルだったが、揺るぎない自信があった。何故なら、自分は辛い幼少期を過ごしてきたからだ。つまり、その逆を行えば子供にとって良い親になるに違いないからだ。


「清潔でリラックスできる部屋を用意し、十分な量と質の食事と綺麗な服を与え、健康状態に気を遣う。さらに教育を施し、間違いを犯しても鞭で打つような事はせず言葉で叱り、反省したら許す。

 これでいいはずだ」


 だが、アトナを身請けするのに金を使っていたラパゼルには、先立つ物が不足していた。新たに迎える養子のためにもっと大きな部屋に引っ越し、家具や洋服、日用品を新たに購入しなければならない。

 そのため三年かけて金を溜め直し、二十七歳になる頃に孤児院を尋ね養子を取りたい旨を述べた。


「申し訳ありませんが、我々にとってここの子供達は家族同然。あなたのような方にお預けする訳には参りません」

 そして、孤児院に務めるシスターに門前払いされた。


「な、何故でしょう? 俺は真っ当な職に付き犯罪歴も無い。必ず良い養父になれるはずです!」

 そう訴えるラパゼルだったが、シスターは張り付いたような笑みを浮かべたまま冷たく答えた。

「その歳でまだ独身のようですし、噂ではお迎えした女性に逃げられたとか。何より、錬金術師でいらっしゃるのでしょう?」


 ゼーリア王国における孤児院は、王国を含めたこのザンクレスト大陸で信仰されている聖龍教によって運営されている。そして聖龍教では、錬金術を「神の御業を模倣しようとする、己の分を知らぬ不届き者」として嫌っているのだ。

 もちろん、現在のゼーリア王国では聖龍教も錬金術師を表立って迫害する事は出来ない。だが、錬金術師に対してあからさまに距離を取ろうとする姿勢を隠そうとはしていなかった。


 それに、この頃のザンクレスト大陸の国々では聖職者等婚姻が禁じられている立場の者以外は、男女問わず成人すれば結婚して当たり前。いい歳をして結婚していない者は、結婚できない程大きな問題を抱えている信用できない人物とみなされる風潮があった。


 そして、スラム育ちの奴隷上りでありながらゼーリア王国随一の錬金術師として名声を集めるモーガス・トッドの研究助手の一人であるラパゼルは悪い意味で有名で、高い情報収集能力を持つ聖龍教神殿関係者にその存在は知られていたのだった。


「いや、待ってくれ。話を――」

「降霊術という死者を冒涜する行いを研究する方とこれ以上話す事はありません。汚らわしい」

 取り付く島もなく追い払われたラパゼルは、肩を落として帰路につくしかなかった。


 結婚できなかったから養子を取ろうとしたのに、結婚していないと養子が取れない。いったいどうしろというのか。

「仕方がない。もう一つの方の手段を使うしかないか」


 だが、諦めてはいなかった。子供を得るもう一つの手段として、奴隷商人から子供の奴隷を購入する事にしたのだ。

 娼婦や労働力として利用するには幼すぎる子供の奴隷は、比較的安値で購入する事が出来る。また、奴隷なら元奴隷だったラパゼルを差別せず、彼が同じ人として扱い優しく接すれば奴隷達も「さすがご主人様」と尊敬してくれるはずだと考えたのだ。


 そしてラパゼルは奴隷商人が扱っていた奴隷の中でも安かった、マリとジェンという幼い二人の姉弟を購入した。当初の予定では購入するのは一人のつもりだったが、見ている内に一人だけ引きはがすのは惨く思えてしまい、やや無理をして金を払った。


 ラパゼルは購入したマリとジェンを連れて帰り、部屋を与え、十分な食事と清潔な服を用意した。

 奴隷からの解放はラパゼルのように所有者が死ぬ、もしくは所在不明となった場合以外では、奴隷商からの購入後十年が経つまでは禁止されていたので、姉弟を直ぐに開放する事は出来なかった。だが、その事を二人に分かりやすく説明し、十年後には解放し焼き印の跡も薬で治すつもりだと約束した。


 そして姉弟に文字の読み書きや計算を教え、彼女達が流行り病にかかれば特効薬を開発して治療し、彼女達と五年以上同じ時を過ごした。

 その時間はラパゼルにとって間違いなく幸福な日々だった。


 相変わらず研究助手から出世も独立も出来なかったため自由に研究する事は許されず、賢者の石の研究は遅々として進まなかった。そして給料が上がらないのに姉弟の分の生活費が増えた事で、一人で暮らしている時より経済的にはやや苦しくなったが、十分な充実感があった。


 しかし姉弟を購入して六年目、ラパゼルが三十三歳になってからしばらく過ぎたある日。ゼーリア王国の祝祭の日に姉弟が作ってくれた手料理を食べたラパゼルは意識を失ってしまった。そして、目覚めると姉弟と細やかな貯え、そして姉弟を解放する日のために作って置いた焼き印の跡を消す薬が消えていた。


「いったい何が起きたのだ? まさか賊の仕業か!?」

 ラパゼルは家に残っていた姉弟の毛髪から錬金術で彼女達の分身である人工霊を作り出し、何があったのかを聞き出す事に成功した。


 しかし、明らかになったのは以前と同じ残酷な真実だった。

 何とマリとジェンは以前からラパゼルの元から逃亡しようと企んでおり、彼が仕事で作った睡眠薬を盗み出して手料理に仕込んでいたのだ。

 そしてラパゼルが眠っている間に、二人は奴隷である事を示す書類を焼き、薬を使って焼き印を消して奴隷である事を示す証拠を消した。そして家にあった僅かな貯えを持ち出して脱走したのだ。


 人工霊は偽りを口にできない事を知りつつも信じられなかったラパゼルだったが、分析した姉妹の手料理にはたしかに睡眠薬が混入されていた。


「あの子達が俺に睡眠薬を盛り、金を持って逃げた……俺を裏切ったのか。は、はは……俺はあの子達を愛していたのに、あの子達は俺を愛しても、そして約束通り奴隷から解放すると信じてもくれなかったのか」

 そう肩を落とすラパゼルは、マリとジェンの人工霊に何故眠っている自分を殺さなかったのか尋ねた。


『私は始末するべきだと言ったけれど、ジェン様が反対為されたから見逃す事にした』

『父上達の仇であるゼーリア王国の者と言えど、世話をしてくれた恩があったので命までは取りたくなかった』

 すると、人工霊達はそう答えた。その物言いが奇妙だったので二人は姉弟ではなく、ゼーリア王国以外の出身だったのかと疑問が浮かんだが、ラパゼルはこれ以上二人について調べる気にはなれなかった。


「しょせんは主人と奴隷では家族になる事は出来ないという事か」

 マリとジェンの正体やその目的等を調べる気力が無く、二人と暮らした年月は何だったのかという喪失感と虚無感に打ちのめされていたからだ。


 ラパゼルは事実を受け入れたが、奴隷が逃亡した事を警備隊に届け出る事はしなかった。ゼーリア王国では奴隷の逃亡は重罪で、その際主人に薬を盛り、金まで盗んだとなれば問答無用で殺されかねない。

 マリとジェンが自分を父や兄のように愛さなかったとしても、二人を実の子のように愛していたラパゼルにはそれは出来なかったのだ。


 しかし、生活費が無ければラパゼルも生きていく事が出来ない。その辺りに生えている雑草と雨水を錬金術で食べ物に変えて食いつなぎながら、懸命に働いた。皮肉な事に、二人が去った事で生活費は少なくて済むようになり、以前よりも仕事にかけられる時間はずっと増えた。


 そしてさらに皮肉な事に、仕事に集中する事でラパゼルの視野は大きく開かれた。モーガスの研究所には世界中から様々な素材が集められており、彼はそれから世界にはゼーリア王国以外にも様々な国が存在する事に気がついたのである。


「そうだ! 他の国に行けば、俺はもっと成功できる。成功して出世し名声を手に入れれば自由にできる研究資金は増え、賢者の石やエリクサーの開発などの錬金術の奥義を極める事が出来る! そして、名声を手に入れれば……ゼーリア王国より優性主義が弱い国に行けば、俺を愛してくれる者も見つかるはずだ」


 それまでラパゼルにとって世界は、ゼーリア王国の王都とその周辺だけだった。辺境の町や村が、外国が、そして他の大陸が存在する事は知識としては知っていた。しかし、自身が赴いた事は無かったので実感が伴っていなかった。


 当時のゼーリア王国は大陸でも有数の大国で、錬金術の研究が盛んであった事もラパゼルが他の国に興味を持たなかった要因の一つになっていた。

 しかし、齢三十を過ぎて人生に行き詰まりを覚えていたラパゼルは新天地に希望を求めた。


 恩人であるモーガスの元を離れる事になるが、師が自分の事を内心では侮蔑している事はラパゼルも分かっていた。にもかかわらず、十五年以上仕えその間に出した成果は全て渡してきたのだ。もう恩は返し終わったと考えていいだろう。


 他には、このゼーリア王国には友も、親も、恋人も、妻も、子もいない。ラパゼルにとってこの国に留まる理由は何もなかった。







 それに困ったのがラパゼルの師であるモーガスだ。彼にとってラパゼルは優れた助手ではなく、自身の富と名声を支える重要な存在だった。


 ラパゼルが最初に開発した僅かに視力を取り戻せる義眼、その後に発明した不自由な四肢を補助する補助具、つけたまま入浴する事が可能なカツラ、降霊術の成功率を格段に上げるマジックアイテム、流行り病の特効薬をモーガスは自身が発明した事にして発表し、巨万の富と名声を得ていたのだ。


 また、モーガスはラパゼルが助手に加わってから自力で研究成果を出す事が無くなっていた。それはラパゼルがモーガスを圧倒的に上回る才能の持ち主でありながら彼に従順だったから。モーガスはラパゼルが大人しく差し出す成果を受け取る事に慣れ過ぎていた。


 自分で苦労して研究を重ねなくても、ラパゼルに押し付ければ簡単に成果を得られる。そのお陰でモーガスはゼーリア王国での有数の錬金術師から、随一の錬金術師になる事が出来た。

 だが、その代償にモーガスやその高弟達は堕落し、自ら研究に打ち込まなくなった結果、ラパゼルが開発した発明品の仕組みすら自力では理解できなくなってしまった。


 今のモーガスでもラパゼルが書いたレシピ通りの材料を、レシピ通りに錬金術で組合せば同じ品を作る事が出来る。しかし、何故それが出来るのか説明する事が出来ない。

 ラパゼルとモーガスの間には、錬金術師としてそれほど圧倒的な差が生まれていたのだ。


 しかも、ラパゼルは今までそれに対して不満を述べなかった。平民以下の出身である自分が研究を発表してもゼーリア王国では見向きもされない事を彼は理解していた。公爵家出身のモーガスが発表するからこそ、人々は信用し金を出すのだ。


 また、モーガスの伝手で手に入れた研究素材と彼が提供する研究施設があればこそ、研究開発が出来る。

拾ってもらった恩も含めて、そう考えていたからラパゼルはモーガス達に従ってきた。


 つまり、モーガスはラパゼルの献身の上に胡坐をかいて油断しきっていたのだ。


 何とかこの都合のいい弟子を引き留めようとしたモーガスだったが、彼にはラパゼルを引き留める交渉材料が無かった。

 自分の名前で発表してきた研究成果を、今更ラパゼルの成果だったと発表する事は出来無い。また、今後はラパゼルの名前も表に出す事を約束したとしても、モーガスにだってゼーリア王国の優性主義を変える力はない。何故平民出身の助手を重要な研究に参加させたのかと、王侯貴族から非難されるだけだ。


 もちろん、ラパゼルを貴族に取り立てさせる程の権力もない。彼が子供だったら適当な貴族の養子にして、貴族の一員にする事も可能だったが、彼はもう三十歳の中年だ。


 ラパゼルが求めているのが金や女だったら、モーガスの財力とコネでいくらでもやりようがあった。しかし、彼が金を求めるのは研究資金が欲しいからで贅沢がしたい訳じゃない。そして、いくらモーガスでも莫大な研究資金を賄う程の財力はない。

 また、女にしても彼が求めているのは愛人ではなく、恋人であり妻だ。適当に美人を当てがっても意味がない。


 ……それにもう十年近く前の事だが、女に関して彼に叱責したのはモーガス自身である。


 そして、彼がゼーリア王国以外のどこの国でもその国随一の錬金術師として成功できる事は、モーガス自身が知っていた。

 ラパゼルを引き留められない事を理解し、富と名声を失う事を恐れたモーガスはなんとか事態を打開できないかと考えた結果、恐ろしい事を思いついてしまう。


「そうだ、ラパゼルが研究を記したノートや資料が残れば、奴自身は必要ない。むしろ邪魔ではないか!」

 初めての方はよろしくお願いします。以前より私の作品を知っていただけていた方は、恥ずかしながら帰ってまいりました。お久しぶりです、改めてよろしくお願い致します。


 小説家になろうから離れていた間に、若干システムが変わっていて戸惑いました(汗

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― 新着の感想 ―
[一言] 新年おめでとうございます 今年のデンスケさんの新作の執筆を愉しみにしています
[良い点] 面白い! [一言] 頑張れーーーーーー!!!!!!
[良い点] 総当たりで砕け散ってく様は前作主人公の比じゃないですね… これでも折れないラパゼルさんはメンタル強すぎる [一言] 四度目の方は長らく完結済みマークついてなかったのでまだ続きがあるのかとち…
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