最終話 コノハ=シロガネの独白
俺の中で、最も忌むべき記憶……それは、父親と美術館を訪れた時の記憶だ。
父、アゲハ=シロガネは白馬の絵を見て、こう言った。
「白の数は一つじゃないんだ。『白』と分類される色だけで100種類あるとも200種類あるとも言われているんだ。この絵に使われている白と、隣の絵に使われている白は違うんだ」
父からその言葉を聞いた時、俺はこう返した。
「そうなの? 俺には全部同じに見えるよ」
俺の発言を聞いた父の表情、
その父の残念そうな表情は……今でも鮮明に覚えている。
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――四季森。
そこで奴を初めて見た時、俺は大いに驚いた。
似すぎている――
父の、あの男の若い頃の写真を一度だけ母に見せてもらったことがある。その時の父の顔に、良く似ていた。否、同じだった。
奴の瞳――それは写真と見比べるまでもなく、父と同じだった。俺のよく知っている、父の瞳だった。
俺は自身の胸の内に沸いた疑問を解決するため、奴に治療錬成を掛けると共に、奴の肉体から血液・指紋・髪などを採取した。
そして俺が持っていたアゲハ=シロガネの血液と指紋、髪と細部まで比べてみた。
結論から言うと、イロハ=シロガネとアゲハ=シロガネはまったく同じ遺伝子を持った存在だった。
美術館に行った日の帰りに、奴が呟いていた言葉を思い出す。
『やはり、生殖という方法は効率的ではないな』
奴への怒り、憎悪が全身を駆け巡った。
「まさか、あの男は……!」
いや、結論を急くことはない。まだイロハがアゲハのコピーと確定したわけじゃない。イロハをアゲハが造ったと確定したわけじゃない。
もしも俺の予測通りならば、奴は完璧な人造人間を完成したことになる。
許せることじゃない……断じて、許せることではない。認められることじゃない。
俺でも細部まで調べなければ奴を人造人間だと見抜くことができなかった。それはつまり、この人造人間研究の第一人者、コノハ=シロガネより奴の方が高い完成度の人造人間を完成させたということになる……それだけは断じて許せない!!
譲れない誇り。
生物錬金学、ただその一つだけでも、俺は奴の上に行ってなければならない。
だから求めた。奴の研究、その闇の部分をまとめた書物――“禁忌の目次”を。
千面道化を捕縛した報酬として、俺は“禁忌の目次”を手に入れた。
そしてすぐさまその中を見た。
「――――」
絶句した。
奴は、俺より遥かに高次元な人造人間の錬成式を完成させ、しかもそれを公表せずこんな書物に隠していた。まるで、『この程度の錬成式、誇ることもない』――そう言わんばかりだ。
間違いなく、イロハ=シロガネはアゲハ=シロガネのクローン。アゲハが造ったクローンだ。
一体奴はなぜイロハを造った? その目的は?
問える相手は一人だけ存在する。
「吾輩に何か用かな? コノハ先生」
俺は“禁忌の目次”を持って、カボチャ校長――ジャック=O=ニュートンのもとを訪ねた。
「これを見た。もう隠し事は許さん……あなたは知っていたな。イロハがアゲハのクローンだと」
「ああ」
「なぜだ。なぜ奴は自身のクローンを造った?」
ジャック校長は玉座から立ち上がり、窓から空を見上げる。遠い昔を思い出すように。
「アゲハはとある錬金術を完成させていた。それは、魂渡りの錬金術。自身と遺伝子が近い存在に己の魂を移す錬金術だ。千面道化が使っていた融合錬成に似ているかな」
遺伝子が近い存在に、魂を移す――
『やはり、生殖という方法は効率的ではないな』
己の理解力の高さが、嫌になる。
「奴は……次の器として、イロハを用意したわけか」
「うむ。しかし奴はイロハに魂を移さなかった。その理由は……」
「……どうでもいいさ」
俺は拳を握りしめる。
「俺は、失敗作だったということだな。奴にとって……俺は……!!」
乾いた笑いが零れる。
「コノハ先生……」
「同情の視線を向けるな気持ちが悪い。俺は悲しんでなんかいないよ。むしろこれほど愉快な気分はここ10年で初めてだ。奴のコピーが……俺と母を捨てた男のコピーがこの学園に来るとは、これほど幸福なことはない」
「イロハ君とアゲハは違う」
「同じさ。見ればわかるだろ」
俺は校長室を去る。
イロハ=シロガネ……俺が憎む男のコピー。
俺に失敗作の烙印を押したこと、後悔させてやるぞ。アゲハ。
お前のコピーを俺が破壊し、俺がお前より優れていると証明してやる。




