第66話 イロハとコノハ
“錬国の守護者”といえば錬金術師の世界における警察の役割を持つ奴らだったか。なんでコイツらがここにいる?
「貴様らも千面道化を追っていたのか?」
「そうだ。そいつはグランデ伯爵に繋がる重要な情報源だ。渡してもらおう」
コノハ先生に応対するは顔に火傷跡のある50歳ほどの男。
「〈ランティス〉における法治権はジャック・O・ニュートンにあるはずだ。貴様らの命令に従う義務はない」
「千面道化への取り調べで得た情報をすべて共有するという条件で、奴は我々に千面道化を譲ってくれたよ」
「……あのカボチャめ。余計なことを」
どうやらカボチャ校長と“錬国の守護者”の間で大人の交渉があったようだ。
カボチャ校長にも俺の作戦は伝えていた。そのカボチャ校長から“錬国の守護者”に作戦が流れたのだろう。
そういうことなら仕方ない。俺はコイツを〈ランティス〉から弾き出せればそれでいい。できれば始末したかった気持ちはあるが、駄々をこねても意味はないな。コノハ先生は千面道化をよほど解剖したかったのか、納得いかない様子だがな。
“錬国の守護者”が千面道化を確保し、運んでいく。
最後はあっさりだったな。融合錬成は強力だが、手の内がわかってしまえば対策は立てやすい。思えば、奴が最初の襲撃でヴィヴィの奪還に失敗した時点で、勝負は決していたのかもしれない。
千面道化が圧倒的アドバンテージを持っていたのは千面道化の存在を誰も認知していなかったあの時だけなのだ。あのタイミングならコノハ先生やアラン先生を倒すことも容易だっただろうしな。
襲撃に失敗したせいで、こっちに編成と対策の時間を与えてしまった。この〈オーロラファクトリー〉+アラン先生というチームは、考えてみると千面道化に対する天敵の塊だ。このチームが作られてしまったら千面道化は常に後手に回ることになる。
奴にとって最大の誤算は俺かもな。
俺に見破られさえしなければ、アイツは円滑にヴィヴィを攫えただろう。
「これでようやくお前との協力体制も終わりだな」
「そうですね。
――これでやっと、ヴィヴィの奴も安心して眠れるようになる」
「……」
コノハ先生は去ろうとした足を止める。
「いい加減、その薄っぺらい演技をやめろ」
冷たく、厳しい声色だった。
「……どういう意味ですか?」
「お前はヴィヴィを心配なんてしていない。お前にそんな心はない」
背筋が凍った。
コノハ先生に、死に際の爺さんの姿が重なる。
「勝手なことを言わないでください。俺は本心から――」
「その『人真似の心』を本心とは呼ばん。お前にとっての本心とは、もっと深いところにあるはずだ」
なんだ、こいつは。
なぜ――わかる?
「もう一度言うぞ。お前はヴィヴィを心配なんてしていない。お前にそんな心はない」
「黙れ……」
「彼女と過ごした記憶を元に、どれだけ彼女を大切にするべきかを計算して行動しているだけだ」
「黙れ!」
俺はクリスタルエッジを抜き、コノハ先生の喉元に向ける。
ラビィさんが前に出ようとするが、コノハ先生がそれをハンドサインで静止させる。
「……その剣で、お前が俺を殺すことはありえない。なぜなら『まっとうな人間』ならどれだけ怒ろうと人を殺さないからだ。偽物の愛情、偽物の激情、偽物の劣情、全てくだらん……お前に唯一ある感情は無感情だけだ」
「……あんたに何がわかる? 感情がないのはあんたの方だろ! ホムンクルスを毒扱いしていたクセに!」
「お前に言われたくはないな。
俺が作ろうとしたのは寿命一週間の劣化体ホムンクルスだ。なぜなら一週間……否、三日の寿命があれば再調整し、通常のホムンクルスと同じだけの寿命を与えられた。これに異を唱えたのはお前だろ? 寿命を一日まで狭め、確実に千面道化を弱体化させようと提案したのはお前だ。俺は犠牲にするホムンクルスの数は精々3人程度で考えていたが……お前は容易に数十体のホムンクルスを切り捨てる判断をした」
「それは……」
「それにホムンクルス爆弾、俺にはない発想だった。さすがだよ、お前はちゃんと奴の心を引き継いでいる」
コノハ先生は俺の剣を、素手で握る。
手に、血が滲む。
「『お前の心は無機質で、何色も寄せ付けない』」
「っ!!?」
なんで、こいつが……このセリフを知っている?
「『色は、白銀なのだろう』」
「アンタ……あの時、あの場にいたのか……!?」
「……お前の『人間ごっこ』にはうんざりだよ。実にくだらん。俺だけは……絶対にお前らを認めない」
もしかすると、この世界で……一番俺を理解している人間はコノハ=シロガネかもしれないと、この男の目を見て思った。
理解された上での、強い拒絶。
俺は俺の『白銀の心』を否定していた。あってはならぬものだと、コンプレックスだと思っていた。しかし、改めて他人に『異常だ』と指摘されるのは……きついものだな。
『きつい』……という感情すら、本心の感情じゃないかもしれない。
「…………」
コノハ先生が去ると、雨がぽつりぽつりと降り出した。
誰もいない公園で、月明かりだけが俺を照らす。
雨が剣についたコノハ先生の血を洗い流した。
「風邪……ひきますよ」
誰かが、傘をさしてくれた。
振り向くと、ピンク色の髪をした女子が立っていた。
「誰だ……アンタ」
「一年〈ヴァナヘイム組〉のユリア=クリムドォーツです。あなたは有名人なので知っていますよ。イロハ=シロガネさん」
「……」
「ここにいては風邪をひきます。わたくしの家に招待しましょう。悩みぐらい聞きますよ。赤の他人だからこそ……できる話もあるでしょう」
◇◆◇
千面道化が捕まり、防衛班の面々も解放となった。
ヴィヴィ、フラム、ジョシュアの3人はイロハがいるはずの13番通りに来ていた。
「イロハのやつ、どこ行ったんだ?」
「ねぇ~、家にもいないし……」
ヴィヴィは無言で、誰よりも早足で通りを歩いていく。
「ヴィヴィ嬢~、焦って探して転ぶなよ」
「焦ってないわ」
「心配なのはわかるけど、落ち着いて探そう?」
「心配してないわ」
と言いつつ、ヴィヴィは早足で進む。
やれやれとジョシュアとフラムは肩を竦めた。
「ん? あれ、イロハじゃない?」
フラムが13番通りと14番通りを繋ぐ道路でイロハを発見した。
しかし――
「誰か、隣にいるよ。女の子」
ヴィヴィとジョシュアもその女子を見る。
ジョシュアは女子を見て、目を見開いた。
(ユリア嬢!?)
ヴィヴィは不機嫌を主張するように眉をぴくぴくと動かした。
「……尾行するわよ」
「「ラジャ」」
イロハとユリアは12番通りに行き、その一角にある豪邸――ユリアの家へと入っていった。
それを見届けたヴィヴィは、
「帰りましょう」
とクールな顔で言った。
「え? いいの? 声かけなくて」
「いいんじゃない? こんな夜中に女子の家に入るなんて……不純な行為をしているに違いないわ。突っ込むのは野暮よ」
イロハを深夜に家に上げた自分のことを棚に上げてヴィヴィは言う。
「ま、ヴィヴィ嬢の言う通りだな。ここは見なかったことにしよう」
どんな意図にせよ、ユリアの邪魔をしたくないジョシュアも賛同する。
「え~、気になるけどなぁ……それに、なんかイロハの顔が……」
フラムだけはイロハの顔をチラッとだけ見ていた。
無表情で、色のない、見たことのない表情のイロハの顔を……。
「ほれ、帰るぞフラム嬢。これ以上の詮索はなしだ」
ジョシュアに言われるがまま、フラムもその場を去った。
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