第57話 二種類のホムンクルス
火曜、朝。
こんな状況でも学校はあるので、制服に着替える。
アラン先生もすでに正装に着替えているが、ジョシュアはまだ眠っている。
「ジョシュア君、そろそろ起きなさい」
アラン先生がまず優しく声をかけるが、ジョシュアは起きない。
そういえばジョシュアは朝が弱いって言ってたな。
「仕方ないなぁ……」
アラン先生はジョシュアの耳元で鋼の人差し指と親指を擦り合わせ、ギイイイイイイイイィィィィ……! と不快な金属音を発生させた。
それなりに距離を取っている俺でも背筋が凍るのだから、間近で聞いているジョシュアは……、
「むぎゃぁ!?」
ジョシュアは耳を押さえながら飛び上がった。
「ななななんだ!? 今の脳を裂くような気色悪い音は!?」
「おはようジョシュア君。早く準備しなさい」
……この期間内は寝坊しないよう気をつけよう。
◆◇◆
学校の準備ができたところで、俺たちは女子組と合流し、5人で研究所の外に出た。
「なんだ、この人だかりは……!」
ジョシュアは目の前の光景を見て言う。
お爺さんから子供まで、老若男女が集団を作っていた。
全員それぞれ違う私服を着ている。数は50人ほど。
不気味なのは全員真っすぐ前を見据え、微動だにしないことだ。人間なのに、人形のような表情。目の前に居る俺たちにも反応を見せない。
「コノハのホムンクルスだね」
「これ全部かよ。やべーな……」
昨日コノハ先生が言っていたカメラを搭載したホムンクルスかな。
俺たちは集団を避けて〈四季森〉に入る。
「……ホムンクルス研究の第一人者というのは本当みたいですね。今まで見たホムンクルスの中で一番完成度が高い」
ヴィヴィが称賛する。
俺も同意見だ。色だけじゃ、普通の人間と見分けがつかなかった。
「いやぁ、照れるね」
「どうしてアラン先生が照れるんですか」
とツッコみを入れておく。
「彼らは抱魂人造人間ですか? それとも無魂人造人間ですか?」
「無魂人造人間だね。コノハが開発した抱魂人造人間は三体しかいなくて、あの中には居なかったよ」
「ねぇ、エンプティなんとかとか、アニマなんとかとか、わからないの私だけ?」
「心配するなフラム。俺もまったくわからん」
「抱魂人造人間は魂の入っているホムンクルス、無魂人造人間は魂の入ってないホムンクルスだよ。ほら、いつもコノハの側にいるラビィちゃんは抱魂人造人間だ」
そもそもラビィさんがホムンクルスだってこと自体が初耳だ。
「ラビィさんってホムンクルスだったんですか!?」
良かった、俺と同じ奴がいた。
フラムはともかく、ジョシュアは驚いている感じじゃない。わかってたみたいだな。
うーむ、この中で錬金術IQを順に並べるならアラン先生>ヴィヴィ>>>ジョシュア>フラム>俺の順番だなぁ……ちょっとは勉強しないとまずいな。時々話についていけない時がある。
「抱魂人造人間は法律上も明確に人間扱いされる。けれど無魂人造人間は人間ではなく人形って扱いだね。この辺りはいずれ生物錬金学で習うと思うよ」
魂のあるなしが人間と人形の違い、って判断なんだな。
確かにさっきの人たちは人形みが強かったが、ラビィさんは人間って感じだった。ラビィさんも基本無表情なのに、なぜだろうな。無意識の内に、魂のあるなしが人にはわかるのかもしれないな。
「戦闘力はどうなんだ? アイツら全員戦えるなら心強いけどよ」
ジョシュアが質問する。
「天と地の差ね」
答えたのはヴィヴィ。
「抱魂人造人間はマナを持っているから、イロハ君が持ってる虹の筆のようなマナを消費する錬成物を扱える。だけど無魂人造人間はマナを持ってないからそういった錬成物を使えない。無魂人造人間の戦闘力は錬金術を知らない一般人レベルよ」
「なるほどね」
「……ちょっと待った。イロハ君、君は虹の筆を持っているのかい? 千面道化を撃退した時に持ってた筆が、まさか――」
一瞬ヴィヴィがしまったって顔をした。虹の筆から手記に辿り着かれることを恐れたのだろう。
さすがにそんなヘマはしないし、虹の筆を持ってることも隠す気もない。
「はい。爺さんが昔作ってくれたんです。俺は画家だったので、その手助けになればと」
「そっか……君が錬成したわけじゃないのか」
「はい」
「だよね。アレは特規錬成物、生徒が作れるレベルの物じゃない」
よし、上手く誤魔化せた。
今後他の誰かに同じ質問をされても爺さんが作ったことにして乗り切ろう。
「いや~、でもよかったよ。虹の筆を作ったのが君じゃなくて」
「どうしてですか?」
「コノハも昔、虹の筆を錬成しようとしたんだよ。でもどれだけ研究しても結局虹の筆を錬成することはできなかった。だからもし君が虹の筆を作っていたなら、彼はもっともっと君に対して敵意を抱いていたに違いない」
了解ですアラン先生。
絶対アイツには俺が虹の筆を作ったことは言いません。
◆◇◆
火曜日の一時間目は空挺飛行訓練。
戦闘訓練と同じで外でやる授業だ。俺たちは空挺ダーツを行った〈ランティス競技場〉に集められた。
〈ラタトスク組〉だけでなく、他にも〈アースガルズ組〉と〈ヴァナヘイム組〉の2クラスいる。合同授業だ。
3クラスが集まってるからか落ち着きがない。
早く先生が登場してまとめないと学級崩壊するぞ……と思っていたら、
「静粛に!」
全員の前に立ち、その子は大声で命令した。
その子、と表現したことから察して欲しいが、大人ではない。小さな女の子……身長130cmほどの女の子だ。薄紫の長髪で、頭にはとんがり帽子、体にはローブを纏い、背には杖。錬金術師というより、魔女っ娘って感じだ。
「わたしが空挺飛行訓練を担当するオードリー=マッケシェルトです! クラスごとに並んでください!」
と言われても、誰も動かない。
なんせ相手は子供だ。
「おい、なんだこのガキ? 誰かの妹?」
他クラスのガラの悪い男子生徒が魔女っ娘オードリーに近づく。
「ガキじゃありません! わたしはあなたより10は年上ですよ!」
「嘘つくなバーカ! ガキが教師をやれるわけねぇだろ」
「きゃっ!?」
男子生徒はオードリーのとんがり帽子を奪った。
「か、返してください!」
「ヤなこった! 先生なら素晴らしい錬金術で奪い返してくださいよ!」
ガラの悪い男子生徒は仲間の男子と帽子のパス回しを始めた。
正義感の強い生徒たちが反応する前に、オードリーが杖を手に取り、
「風錬成、【フーパ】!!」
竜巻が起こった。
竜巻は男子生徒とその仲間たちを巻き込む。
「うわあああああああああっっ!!!」
巻き上げられた男子生徒たちは上空より地面に落される。
地面に落ちたトンガリ帽をはたき、オードリー先生は被り直した。
「もう一度言います。クラスごとに並んでください!」
と涙目でオードリー先生は言った。
生徒たちは同情心と恐怖心からおとなしく並んだのだった。
【作者からのお願い】
ここまで読んでいただきありがとうございました!
今後の作品の発展のためにも、ページ下部の星を【☆☆☆☆☆】から【★★★★★】にしてくださると嬉しいです。
低評価もきちんと受け入れますので【★☆☆☆☆】でも押してくださると今後の参考になります。
現時点の評価で構わないのでよろしくお願いします。




