第56話 錬金を絶つ刃
第一錬成室は俺が治療錬成を受けた部屋だ。
錬金窯があり、棚があり、机があり……と、爺さんのアトリエに似ている。
コノハ先生は椅子に座っているが、わざわざ俺に背もたれの方を見せている。そんなに俺と顔を合わせるのが嫌か。
「背に腹は代えられん。お前の眼を最大限利用させてもらう」
「お好きにどうぞ」
「お前は奴が化けても一目で見破れるのだな? 写真越しでも見破れるか?」
写真?
ああ、前にアラン先生に見せてもらったあの高次元な模写か。
「精度によります。見たまんまの色を再現できるなら写真でも判別可能だと思いますよ」
そう言うと、コノハ先生は1枚の写真をノールックで投げてきた。俺は写真をキャッチして見る。
写真に映るはこの部屋の景色だ。中央にはピースサインをしている無表情のラビィさんが居る。
「これぐらいの精度ならどうだ?」
「これなら……大丈夫です」
「明日はカメラを搭載したホムンクルスを大量に動員し、すれ違う全員を撮っていくつもりだ。写真が出来上がり次第、お前には写真に目を通してもらい、千面道化がいないか判別してもらう」
どれだけの数の写真になるかな。
100や200なら許容範囲内だが、1000枚とかだったらしんどいな。
「明日のお前のタイムスケジュールだが、まずいつも通り学校へ行け。校長の計らいで暫くは短縮授業になる、ゆえに午前中で授業は終わる。授業が終わったタイミングでラビィを迎えに行かせる。日が落ちるまでは俺とラビィとお前の3人で街を歩き捜索する。夜は写真の判別だ」
「……重労働ですね」
「面倒なら断ってくれてもいいぞ」
「いえいえ、与えられた仕事は完遂しますよ」
「ちっ。用件は以上だ、戻れ」
「はいはい」
ドアノブに手をかけたところで立ち止まり、コノハ先生の方を振り向く。
「――爺さんの本、“禁忌の目次”について聞いてもいいですか?」
「名前から察しはつくだろう。奴が開発した禁忌術の数々が載った本だ」
「そんなもの手に入れて、なにをするつもりですか?」
「気まぐれで一つ質問に答えてやったからって調子に乗るな。あと10秒以内に退出しなければ嘘偽り虚言はったりなしに殺す」
「……シツレイシマシタ」
棒読みでそう言って俺は部屋を出た。
パラ……、
「ん?」
第一錬成室の隣、書庫でページをめくる音が聞こえた。
気になった俺は書庫の扉を開ける。
「よう」
俺は書庫の中に居た人物に声をかける。
「勝手に書庫に入っていいのかよ」
銀髪の少女、ヴィヴィだ。
本を片手に、彼女は髪をかきあげる。
「出入りを禁じられているのは別棟だけよ。書庫への出入りは禁止されてないわ……この書庫には図書館にも置いてないような希少な本が多くある。暇つぶしには良いわね」
ヴィヴィは基本、この研究所に引きこもることになる。フラムやジョシュア、アラン先生が常に近くにいるとはいえ、退屈だろうな。その退屈しのぎのためにもコノハ先生は書庫への出入りを禁止しなかったのかもしれない。アイツはヴィヴィに対してはそれなりに気を使っているようだしな。
「……今日の22時、サウナ室に1人で来て。話があるわ」
隣の部屋にいるコノハ先生に聞こえないようにするためか、ヴィヴィは小さな声で言う。
俺が小さく頷くと、ヴィヴィは書庫を出た。
◇◆◇
22時。
ジョシュアとアラン先生の目を盗んで部屋を出る。
ヴィヴィに言われた通り、サウナ室に入る。
すでにサウナ室にはヴィヴィが座って待っていた。
ヴィヴィは黒のビキニ水着を身に纏っている。谷間やへそなど、普段見えない部分が露わになっているからか、少し恥じらってる様子だ。服の上からだと胸は控えめ(BカップからCカップぐらい)に見えていたが、こう見ると結構大きめ(DからE)だな。着やせするタイプか。
白い肌に透明な汗を滴らせ、熱さから顔はほのかに熱を帯びている。
「あなた、その格好……」
一方、俺は水着を用意してなかったので腰にタオルを巻いて入った。
「水着が用意できなかったから仕方なくな。安心しろ、下着は履いている」
「……錬金術師なんだから、その辺の布を使って錬金術で作ればいいでしょ」
「てか、なんでこの場所なんだ?」
「監視の目がなくてほとんど密室。誰かにこの場を見られてもたまたま鉢合わせしたと言い訳できる」
目のやり場に困ったのか、ヴィヴィは俺から視線を逸らした。
ヴィヴィより1メートルほど距離を取って座る。
「それで、話ってなんだ?」
「錬絶のナイフについてよ。あの書庫でナイフの能力がわかったの」
そういえば錬絶のナイフはその名前と素材しか書いてなかったな。
虹の筆のようにその能力や合金液の色は載ってなかった。
錬絶のナイフを作ろうとしていることは俺とヴィヴィだけの秘密だ。すでに俺たちが賢者の石を作ろうとしていることを知っているフラムならギリありだが、ジョシュアやアラン先生、ましてやコノハ先生にバレるのは絶対アウトだな。最悪手記の存在がバレる。
「錬絶のナイフは錬成物を斬りつけることで錬成物を錬成前、つまり素材の状態へ戻すことができる回帰性能を持っているそうよ」
「わざわざ錬成物を元の素材に戻す? それって意味あるのか?」
ヴィヴィは心底呆れたようにため息を漏らした。
「実用性で言えば虹の筆なんて遠く及ばないほど便利なアイテムよ。例えば錬成に失敗しても、錬絶のナイフを使えば素材に戻して再度チャレンジできる」
「あー、なるほど」
「それだけじゃない。対錬金術師においてこれはかなり強力な武器になるわ。錬金術師の武器は基本錬成物なのだから、それを錬絶のナイフで斬ってしまえば……」
「そうか! 一瞬で無力化できる」
「そういうことよ」
「魔物はどうなんだ? アイツらは元々キメラなんだから、ナイフで斬れば一撃で元の生物たちに戻せるか?」
「いいえ、多分そうはならないわ。魔物の99%は先祖がキメラなだけで、魔物自身がキメラなわけじゃないの。だから魔物を斬っても一撃必殺にはならない……だけどキメラ本体なら」
そこで、ヴィヴィが言わんとしていることがわかった。
「千面道化! アイツはキメラだ。ナイフで斬れば一発でキメラになる前に戻せるってことか!」
「そうかもしれない。でもそうならない可能性も大いにあるわ。千面道化の体は度重なる融合錬成によって成り立っている。錬絶のナイフで千面道化を斬りつければ直近の融合錬成が解除され、1つ前の姿に戻る可能性もある。全ての錬成が解除され、融合錬成する前に戻るかもしれないし、あなたが言ったようにキメラになる前、他の生物が組み合わさる前の人間の姿になるのかもしれない」
「……今更だけど、アイツはやっぱり元は人間なのか?」
「間違いないでしょう。恐らく、融合錬成に耐えうるだけの器を作るために、他生物の臓器や骨格を錬金術で蓄えている」
「融合錬成ってのはキメラにならなきゃ耐えられないほど反動が大きいものなんだな」
「普通の人間が融合錬成を行えば拒絶反応を起こし、約一か月で細胞が壊死し、死に至るわ」
「なるほどね……じゃあお前は千面道化に対抗するために錬絶のナイフを作るつもりか?」
「いいえ、それは無理。千面道化が〈ランティス〉に居る間はずっと私に護衛という名の監視がつく。この状態で素材を採取するのも、錬金術を行使するのも難易度が高いわ」
「そうだな。今は千面道化以外の事に意識を割くのは得策じゃない、か」
「ええ」
「じゃあなんでいま錬絶のナイフの話を俺にしたんだ? 別にこの一件が終わった後でも良かっただろう。コノハ先生の研究所で無理にこの話をする必要はない」
「……保険よ」
ヴィヴィの声が、少しだけ震えた気がした。
「明日にだって私は千面道化に連れ去られる可能性がある。もし、父が私を利用するつもりなら、私は自死を選ぶ。これ以上、私のせいで誰かが不幸になるのは我慢ならない」
「……お前なぁ」
「もしも私が死んだら、その時は――」
「俺が賢者の石を作って、お前の罪を消してこいってか? 無責任な話だな」
「……」
「――それにしても、この部屋は暑いな」
突然の話題の転換に、ヴィヴィは困惑した顔をする。
「暑すぎて、のぼせちまった。おかげで、錬絶のナイフだっけ? それに関する話ぜーんぶ忘れちまったよ」
「……イロハ君」
「千面道化を捕まえた後で、また同じ話をしてくれ。
――いいな? ヴィヴィ」
ヴィヴィは小さく笑った後、俺の脇腹に肘鉄してきた。
「いって! なにすんだ!」
「……生意気」
千面道化の登場は、俺が思っていた以上にヴィヴィを追い詰めていたらしい。まさかこんなことを言い出すなんてな。
しかし、それにしてもあの他人をまったく信頼していなかったヴィヴィが夢を託すなんて驚きだ。それだけ、俺には心を許していると考えてもいいのだろうか? ……いいや、それこそのぼせた考えだな。
ヴィヴィの方を見る。
ヴィヴィの顔が、来た時よりも赤くなっていた。
「お前、顔赤いぞ。のぼせたか?」
「……そうみたい。出ましょうか」
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