第51話 1%の歪み
ヴィヴィの【アギド】による足止め→虹の筆による合成陣作成→フラムが爆弾属性を付与した木の槍を錬成→ジョシュアが投擲。
完璧なコンビネーションで侵入者に爆弾を叩きつけることに成功した。
だが、
「いてて……」
奴は倒せなかった。
ダメージは入っている。奴の肌はところどころ黒く焦げ、血が出ている。
「爆創のマナか……僕の融合のマナと同じで、合成陣で限定錬金術を執行できる天異魔財。今のは効いたよ」
一歩、また一歩と侵入者は近づいてくる。
ヴィヴィは諦めずライトニングロットにマナを込める。
フラムは怯え、体を震わせている。
ジョシュアはなぜか、眼帯に手をかけている。
俺は……もう、なにも策はない。これ以上はどうしようもない。あれだけの爆発を身に受けて立っていられる相手にどう対処すれば……、
「ここまでだね」
「――ああ。ここまでだ」
刹那、壁を突き破り、鋼の腕を持った人物が教室に入ってきた。
――アラン先生だ。
アラン先生は間髪入れず、鋼の右腕で思い切り侵入者の頬を殴り飛ばした。
「ぐっ!?」
「僕の生徒に、手出しはさせないよ」
侵入者は2メートルほど後ずさる。
口から血が零れ、殴られた場所には痣ができている。――効いている。
「なんの!」
侵入者はすぐさま立て直し、両手の手袋を外してアラン先生に接近。アラン先生の右腕を掴む。
「はい、これでおしまい」
「……どうかな?」
一瞬、侵入者の動きが止まった。
「っ!?
――義肢か!!」
アラン先生は左の拳で侵入者の腹を殴る。
「がはっ!」
侵入者の体が浮き上がる。
そしてもう一発、左のストレートが侵入者の顔面を打った。
侵入者は窓際まで殴り飛ばされる。
その隙に俺たちはアラン先生の背後まで下がった。
「鋼の両腕、ということは、あなたがアラン=フォーマック……まさか早速神樹の守護者の1人に会えるなんてね」
「君は一体何者だい? いや、大方の予想はついているけどね」
「ふふ……ええ、あなたの思い描いている通りです」
侵入者は両手の手のひらを見せる。そこには人の顔のような奇妙な絵が描いてあった。
「生命の合成陣、やはりね」
合成陣? あれも合成陣の一種なのか。
「僕は千面道化。グランデ伯爵が四大傑作の一体だ」
「千面道化、だと!?」
「父の……キメラ!?」
ヴィヴィとジョシュアは千面道化という名を聞いて驚いている。
その一瞬の気の動転を狙い、千面道化を名乗る侵入者は教室の窓を突き破って外に出た。
「しまった!」
アラン先生は追いかけるが、一歩遅い。奴の体を掴むことはできない。
「ここは退かせてもらいます。さすがに、神樹の守護者相手にこの人の体じゃ分が悪い」
「待て!」
アラン先生は窓に足をかけ、俺たちの方を振り返る。
「みんなはここで待機!」
そう短く命令して、アラン先生は千面道化を追って飛び降りた。
教室から緊張感がなくなり、俺はその場に座り込んだ。
その後、結局アラン先生は千面道化を捕まえることはできず、クラスには今回の一件に関して緘口令が敷かれた。
◇◆◇◇◆◇
路地裏。
アランの追跡を免れた千面道化は息を切らしながらも笑う。
「初めてだ……僕の変装が見破られるなんて」
千面道化の変装に隙は無い。
千面道化の融合錬成は融合先の相手の姿を完全に再現する。さらに融合した相手の記憶も引き継ぐため、完璧な演技も可能だ。
普通に考えて見破られる要素がない。弱点があるとすればあくまで外見の再現は千面道化のイメージ力に委ねられているということ。錬金術にイメージは必須、千面道化は融合先の相手の姿を頭の中で完全にイメージし、融合の際に相手の体の素材と自身の体の素材を使って外見を再現している。千面道化の観察眼・洞察力は凄まじく、顔さえ隠れていなければさっと全身を服の上から見ただけで対象の体の完全なイメージが可能だが、千面道化は色彩能力者ではないため、100%の色の再現はできない。観察の精度によって99%の色の再現は可能だが、100%には絶対に届かない。
――その1%の誤差を、彼は見逃さない。
「一体誰だろう? 僕の正体を看破した子は……あのクラスの誰かだ。母さん? 違う。母さんは誰ともコミュニケーションを取っていなかった。母さんの挙動は全部見ていたからわかる。怪しいのは最初に襲ってきたあの子……えーっと」
千面道化は頭を叩き、ウツロギの記憶中枢を刺激する。
(そうだ、ジョシュア君だ。でも彼も違う気がするなぁ。彼は別の誰かに僕のことを教えられ、襲ったに過ぎないだろう。となると、ジョシュア君の席の近くの人物が怪しい)
2つ遠い席の人間と話をしたなら、千面道化の耳には入る。
手紙かなにかでやりとりをした可能性もある。それでも何席も跨いで手紙を回せば、その違和感に千面道化は気づく。
ジョシュア付近、恐らく前か両隣の席3人が怪しいと千面道化は結論付ける。
「やっぱり、あの子かな」
千面道化はある少年の顔を思い浮かべる。
「もしも、もしも本当に! 僕の正体を見破れるなら! ようやく僕は、1人ぼっちじゃなくなる……!」
千面道化はまるで恋する乙女のように顔を赤くさせた。
「すみませんグランデ伯爵……少しだけ、寄り道します」
日頃から応援していただき感謝いたします。
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今後とも『色彩能力者の錬金術師』をよろしくお願いいたします。




