遠い汽笛にも似た
人と人の出逢いの多くは、偶然のものです。本来、逢うはずのない「出逢い」なら、なおさらに、その奇跡について考えます。
ある世界では奇跡で終わってしまった出逢いが、別の世界では必然になることがあるのなら、多重世界や多元宇宙を信じてみたくなります。
叶わなかった夢が、どこか別の世界で叶っている。もちろん、それを知ることはできませんが、そう考えること自体、別の夢が描ける気がします。
確かな別れの中で不確かな約束を結ぶ
廻らない時間を遡りながら
物語の曖昧な始まりと、確かな終わりを思う
僕たちは、ふたりして汽車に乗り、どちらかが途中下車をした
(・・・たぶん、僕が いや、どちらもが・・・)
もう、あのレールの上を、僕たちが走ることはない
物語の始まりと終わりが同じ座標上にあるとしても
膨張した宇宙が縮退に転じ
死に絶えた瞬間に、時間と空間が再生するのだとしても
その膨大なエネルギーの転換の中で
無数の揺らぎのひとつにすぎない「僕たちの世界」が再生されることはない
逢えた、あの一瞬が、すでに奇跡なのだから
もしも、この世界が
見えないもので満たされていて
そこに、いくつもの別の宇宙があるのならば
多重世界のどれかひとつの中で
人生という星の瞬きの一瞬を、きみの隣にいられたらいい
そのしあわせを、僕は見ることの叶わぬ世界から祝福しよう
どこからか、遠い汽笛にも似た音が聞こえる
きみだけが呼んでくれた
僕の名前にも似ているかもしれない
それは、もしかしたら、どこかで、きみが鳴らしたのだろうか
それとも、僕の宇宙から聞こえくるのだろうか
また、汽笛にも似た声が、僕を過去へと旅に誘う
見上げれば、空は雲までも青く
風は吹き疲れたように、穏やかに冷たい
ふと、考える
今夜も、また、空を見上げようか
もしかすると、流れる星のように
二人が乗った列車が、空を駆けるかもしれない