あしがはやい声優
「はぁ…今日も?」
「…ごめん…」
今朝もまた、マネージャーとのやり取りから始まる僕の日課だ。
声優デビューを果たしそこそこ人気声優の仲間入りをしている僕だけど、学生時代からずっと朝が苦手で、今日も朝10時集合の仕事に遅れているのだ。
スタジオに着き、いつものように皆に謝り、収録を終えた後の事だった。
「私この仕事辞める!」
「待ってくれよ…困るよ…」
「もう我慢出来ないの!あなたとはもうこれっきりよ!さよなら…」
学生時代からの付き合いの彼女であり、マネージャーでもある関係だったが、ついに別れを切り出されてしまった。
当然だ。返す言葉も見つからない。
その夜はやけ酒をしてしまった…そんな帰り道の事である。
「いらっしゃいませ」
突然声をかけられた。
声の方に振り向くと、道端で怪しい老婆が店を開いていた。
昨日こんな婆さんいたかな?なんて思いつつ、売っている商品に目を奪われた。
「あしがはやくなる薬?…婆さん、これどういう意味?」
「あしがはやくなる薬でございます」
見るからに怪しい薬なのだが、足が速くなるなら遅刻も回避出来るかもしれないと思い、僕はその薬を買う事にした。
「いくら?」
「1万円でございます」
「これホントに速くなるんだろうね?」
「使った人だけが分かるのでございます」
「商売上手だねぇーわかった!買うよ!」
「お買い上げありがとうございます」
こうして手に入れた薬を早速飲んで僕は眠りについた。
翌日も朝から仕事だったのだが、驚く事に僕は寝坊しなかった。結構飲んで遅くまで起きていたのに全然眠くない。
「あの薬すげーや!」
僕は喜びながらスタジオへ向かう。足取りもいつもより軽く感じるのだ。
スタジオに着くとスタッフが驚きの表情で出迎えてくれた。
「あれ?シンさん早いっすね?」
「え?そう?」
集合時間より1時間も前に着く事が出来て思わず嬉しさが滲み出てしまっていた。
しかし、そんな喜びも長くは続かなかった。
テストを終え、本番を収録している時だった。
「はい、止めます…シンさん?足震えてません?」
「あ、すみません…」
テストを終えたあたりから、足の震えが止まらずノイズが入ってしまっていたのだ。
「もう大丈夫です…」
足の震えが止まり、本番再開。次は僕のセリフだ。
「…わしに…任せろ…ゴホッゴホッ」
「ストップ!…シンさん大丈夫?」
「…ああ?」
なんなんだ?声が思うように出ない。声も聞こえずらい。何より身体が重い…
「シンさん?…うわあああ!?」
近寄ってきた共演者が僕を見て驚いた。
なんと僕は…しわくちゃのお爺さんになっていたのだ。
あしがはやくなる薬とは、短い時間で活動出来る代わりに自分の年齢を加速させる薬だったのだ。
当然、僕はその日で声優を引退する事になった。
おわり
ここまで読んで頂きありがとうございます。
お察しの方もいらっしゃると思いますが、この話のベースは「週刊ストーリーランド」にて放送された不思議な老婆シリーズです。
使えないライターの話が大好きで今でもよく覚えています。
もちろん話の内容は完全なオリジナルです。
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