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6. 独白と告白

 嫌われたのだ。もう関わるなと。あの約束は無くなり、繋がりも消えてしまった。

 あれだけ見ていたというのに、怒りの意味ひとつ分からない。転校も初耳だった。その理由さえ知らない。僕は彼女の事を何も知らなかったのだ。知りたいと思っても、今となっては彼女を見るのも怖かった。これ以上嫌われたくない。

 宮本綾音はクラスの女子から完全に孤立したようだった。ゴミを投げつけられたり、足をひっかけられたり、本人に聞こえるように悪口を言い合ったりしている。文化祭を壊したのは僕なのに、なぜ彼女に矛先が向くのか。到底理解できない。馬鹿な女子どもをこの手で張り倒してやりたい。しかしそれをやってどうする。益々嫌われるばかりだろう。そんなことはできない。できないのだ。

 悶々として一週間が過ぎた。十二月も半ば。気付けばもう冬休みだ。二学期が終われば宮本綾音は転校する。どうすれば良いのか。放課後の教室掃除中、途方に暮れて箒を掃いていると、坂ちゃんが「ちょっと、こっち来い」と言って僕の肩を掴んだ。廊下に出ると、腕を組んで仁王立ちした坂ちゃんが睨みつけてくる。

「春樹、お前気づいてるだろ。なんで黙ってる」

 いつになく怖い口調だ。人の良い坂ちゃんを僕が怒らせているのだと思うと、途端に申し訳なく思ってくる。

「……」

「見て見ぬふりか?」

「ごめん」

 だが何と答えれば良いのか分からない。黙っていると、坂ちゃんがひとつため息をつく。

「宮本さんと何があった?」

「え、なぜ」

「そんなもん見てりゃ誰でも分かる。んで、何があった?」

 請われるままに、僕はあの日の出来事を全て語った。いじめも転校も約束も彼女の言も。

「……分からない。宮本さんはもう関わるなって。だから、もう僕ができる事は何もなくて、関わらない事が彼女のためで、彼女もそれを望んでいて——」

「そうやって、嫌われたくない一心で自分を騙してたら、一生後悔するぞ」

 見透かされている。僕の浅ましい心を。血の気が引いていく。

「春樹は頭が固すぎるんだ。もっと自分の心に素直になれ。お前はどうしたいんだ?」

「……」

 僕は何がしたいのだろう。彼女のために何ができるのだろう。だがとんと思いつかない。

「そうやって考えるな。ありのまま思ったことでいい」

「ありのまま」

「そう」

 真っ先に、あの時の光景が思い浮かんだ。

「僕は、宮本さんに元気になって欲しい。笑っていて欲しい。転校してきたとき、皆の前で自己紹介していた。あの時の笑顔が、素敵だって思ったんだ」

「……お前もようやく人の心を取り戻したんだな」

「人の心?」

 はて、どういう意味だろう。いつぞやそんなことを坂ちゃんが言っていた気がするが。

「なんでもない。それじゃ、やる事は分かってるな? 今すぐ宮本さんに会いに行くんだ」

「それは、できない。彼女に嫌われたくない」

 ふんと鼻をならして坂ちゃんは笑う。

「春樹は馬鹿だなあ。宮本さんに言った約束、もう忘れちゃったのかよ」

「約束?」

 鍵を盗んだ件だろうか。

「鍵のことじゃないぞ。脅しみたいに言ってたじゃないか」

「あ」

 忘れていた。自分も屋上に入ったものだから、半ば共犯の様な気でいた。元はと言えばそちらが主だったのだ。

「他人を避けないこと。人とちゃんと向き合うこと、って言った」

「そう、それだよ。ったく、宮本さんに言う割に、春樹ができてなきゃ世話ないぜ」

「……わかった」

 ちゃんと向き合う。そう、宮本綾音とちゃんと話をするのだ。その結果がどうなろうが関係ない。嫌われてしまっても良いのだ。人に期待して、裏切られて、それでも諦めないという事。それを彼女に望んだというのに、僕がそうでなくてどうするというのか。僕だけは彼女の笑顔を諦めてはいけなかったのだ。

「これ、坂ちゃん、頼む」

「おう。行って来い」

 すぐさま箒を坂ちゃんに放り投げて、それから走り出す。全速力だ。廊下を走る。階段を駆け上がる。扉を見た。「鍵……」と思わず声が漏れる。取っ手に錠前が付いている。さすがに放課後の今、屋上にいるわけがないのだ。当たり前だ。もう帰宅したに決まっている。

 呆然として、息を整えながら階段をおりる。ふと廊下の窓から外を見た。今はもう使われていない校舎裏の焼却炉、その近くで数人の女子が屯している。知った顔だ。見間違う訳がない。階段を駆け下りる。窓を開け放って勢いよく飛び出した。

「え、なに?」

 女子の一人が素っ頓狂な声を上げる。構わず近づき、宮本綾音の手を取る。

「ちょ、ちょっと」

 彼女も驚いている様子だが、もう気にしない事にした。

「宮本さん、走ろう」

 答えも待たずにぐいと手を引っ張って走り出した。

「良かったじゃん、愛しの王子様がやってきたよ」

 相変わらずやかましい笑い声が背後に響く。あいつらは背景だ。気にせず走り続けた。人の少ない校門を抜ける。汗ばむ顔に冬の風があたる。肌が冷たい。だが身体の中は煮える様に熱い。やがて、学校にほど近い公園の前に差し掛かると、引く手に強い反発を感じた。

「離して」

 手を放して向き直る。

「宮本さん、話があります」

「……もう関わらないでって言ったよね」

「嫌です」

「なんでよ。私なんてほっといてよ」

「ほっとけないです」

「もうどうでも良いの! 何もかも!」

 途端に声を荒げる。普段の彼女からは想像できない姿だ。慌てて抑えるように手振りで示す。

「お、落ち着いて」

「だから、誰とも、関わりたくなかったのに! 分かってたのに! あんな約束が無ければ! こうなったのは、全部加藤君のせいだから! 全部、ぜんぶ!」

「……ごめん」

「私は友達なんて必要ない! あんな奴らいらない! 私は一人で良かったのに!」

「宮本さん、一人になっちゃ駄目だ」

「……もう、お願いだから、私を一人にしてよ」

 声に嗚咽が混じる。そのまま宮本綾音は俯いて、袖で顔を覆うようにさめざめと泣き始めた。


 しばらくして落ち着いたのか、はたまた疲れたのか、彼女は無言で公園に入ってベンチに座り込んでしまった。既に日は暮れ、あたりは暗くなっている。遊具にいた子供達は帰宅し、閑散とした園内はひどく寒々しい。汗も引いて少し寒い。きっと彼女も同じだろう。自販機で暖かい午後の紅茶を二本買ってきて、隣に座って彼女に手渡した。

「……ありがとう。あと、ごめん。八つ当たりしちゃって」

「いや、大丈夫です」

 お互いに黙り込む。宮本綾音がため息をつく。白い息がのぼった。

「わたし、さ」

「はい」

「私、小さい頃から転校が多かったんだ。お父さんの仕事の都合で」

「うん」

「何度も転校する内に、その度に、人間関係がリセットしてさ。友達にも、また忘れられるんだって。どれだけ仲良くても、会わなくなると連絡しなくなって。寂しくて連絡しても、既読しかつかなくて。それがいつからか、怖くなっちゃって」

 つらい記憶だ。坂ちゃんにそれをやられたら、僕は人間不信になるだろう。

「私はどうでもいい人だったんだなって。そしたらもう、新しい友達とかも、全部そういう目で疑っちゃって。どうせすぐ忘れられるって。だから、もう、関わらないようにしようって決めてさ。変に期待して、それで傷つきたくなかったから」

「……なるほど」

「だから、はじめは加藤君にムカついてた。私は人と関わりたくなかったから。でも、文化祭一緒に見ようだとか言ってきて。正直何考えてるのかよく分からなくて」

 変人どころではなくイラつかせていたとは。今更だが申し訳なく思う。

「みんなの前で盗んだこと言いふらされるのかなとか思ってた。けどもう何でも良いやと思って、バラされたらそれで学校に行かなくて済むし。でも、やっぱり誰かと文化祭回るのは楽しくて。前の学校では一人だったから、色々と話せるのが嬉しくて。まぁ、お化け屋敷壊しちゃったのは、さすがにやりすぎだと思ったけど」

「あれはその、僕が馬鹿でした」

「……どうして私に、関わるの」

 唐突。だが本質的な質問だ。もう僕の中でその答えは決まっている。

「それは、つまり。み、宮本さんを、はじめて見たときから、ずっと、す、す」

「す?」

「す、すてき、でしたから……笑顔が」

「……ばーか」

 いったい何をこの口は言っているのか。て抜きで言えないのは悪い癖だ、などと言葉遊びをしている場合ではない。

「決めた」

 宮本綾音は勢いよく立ち上がり、くるりと僕に向き直った。

「私、高校卒業したらこっちの大学に進学する」

「大学」

「そ、大学。だから、約束しよ」

「約束?」

「……私、加藤くんのこと、忘れたくないって思った。もう逃げない。ちゃんと向き合う。だから、戻ってくるまで私のこと、忘れないこと」

 決意に満ちた眼だった。弱々しかった彼女はもういない。

「待ってます。絶対に、忘れないです」

「当たり前でしょ。忘れたら怒るから」

 泣き顔を隠すようにして気恥ずかしそうに、けれど凛として笑う宮本綾音。それは実に可憐であった。


 休みに入った。僕は予定通り学校へ向かう。大勢の人の流れに乗って、それを目指す。桜並木。その前に合格発表の掲示板が張り出されている。番号はすぐに見つかった。当然だろう。これで落ちれば男じゃない。安心して、その場所から少し離れる。まだ来ないのか。落ち着かずにあたりを見やると、宮本綾音が手を上げてこちらに近づいてきた。

「加藤くん、久しぶり」

「宮本さん」

「受かってた?」

「もちろんです。宮本さんは?」

「私も……。ねえ、あの約束覚えてる?」

「覚えてます。もちろん」

 長かった。どれだけ待ちわびたことか。三年間、彼女の事を忘れたことなど一度もない。

「宮本さん」

「うん」

「ずっと前から、好きでした」

「……知ってた」

 宮本綾音は、そう言ってはにかむ様に笑顔をこぼした。

いかがでしたでしょうか。

1話の冒頭にも書きましたが、この作品は3つのテーマで書いています。


文体が固い様に感じられるかもしれませんが、そこは「純文学」のテーマのためでした。

夏目漱石の坊ちゃんを参考にしながら、一人称で固い文体を意識して書いています。


固い文体で書くのもかなり大変でしたが、それにも増してドタバタとボーイミーツガールをどうすれば良いのか非常に悩みました。


どちらも純文学とは相容れないです。

芸術性を求めた純文学に、エンタメ性を求めたドタバタとボーイミーツガールはどう考えてもミックスするの無理では? と煮詰まってました。

色々考えた結果、苦肉の策で4話のお化け屋敷をドタバタエピソードにしています。

完全に4話だけ雰囲気が他と違い浮いてますね。


ボーイミーツガールの定義も曖昧で色々調べましたが「同じ構成を逆の立場で二度繰り返す」というのが鉄板構成のようでした。

アニメのエウレカセブンが理想のボーイミーツガール構成ですね。


それを参考に、はじめ主人公の春樹から約束をさせて、最後にまた宮本さんから約束をさせる、という二面構成となっています。


話のプロットを書き、詳細まで考えつつ最後まで書き上げるのは初めての事だったので、とてもいい経験になりました。


いるかどうか分からないですが、ここまで読んで頂きありがとうございました。

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