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3. 相貌、寂寞たる

 勇気がないのだ。あれだけの事が起きた後ならなおさらだ。話しかけるなど出来るわけがない。下校途中に坂ちゃんに散々言われた。なぜあんな事言った、素直に言えば良いのだ、嫌われてどうする、と。しかし自分でも分からないのだから困っている。

 宮本綾音はと言うと、あの日を境に少しばかり友達ができたようだ。昼飯時には彼女から誘って女子を驚かせた。あの約束が効いているのか、事あるごとにこちらを見てくる。言外に、誰にも言うなと訴えるように睨みつけてくるのだ。無論、誰にも言うつもりはないが、これでは告白どころではない。

 どうすれば良いのか分からぬうちに、とうとう文化祭が迫ってきた。飲食や展示などの候補があがった。趨勢は飲食だったが、お化け屋敷が良い、じゃなきゃ死んでやる、と坂ちゃんが駄々をこねて赤子のように荒げるものだから、なし崩しに決まった。はて。坂ちゃんはそんなに好きだったろうかと思うと、「オバケは好きじゃないが、まあ俺に任せておけ」と聞いてもないのにそう言った。

「作戦はこうだ」と坂ちゃんが言った。

「まずは、宮本さんと同じ準備班に入って仲を深める。彼女は衣装作り班。そして当日、彼女を誘ってお化け屋敷に入る。吊り橋効果。ハッピーエンド」

「いや、無理だ」

「それじゃ、一生かかっても告白できんぜ」と坂ちゃんは呆れ顔で言った。

 たしかにそうだ。話すきっかけも無い。無理でもやらねばなるまい。

「なんとかやってみる」

「その意気だ。俺はオバケ役で春樹達を怖がらせる。クオリティを上げるために頑張ってみるわ。怖いほど効果は高いからな」

 ここまで親身になってくれているのだ。本気にならねば不誠実と言うものだ。意を決して衣装作りの女子に班の交代を申し出ると、それならあとはよろしく頼むと、二、三人がくすくす笑いながら行ってしまった。残るは宮本綾音、ただ一人である。見ると多くの服がやりかけのまま彼女の足元に積まれている。とんでもないことだ。怒りで顔が真っ赤になって、ここは文句のひとつでも言ってやらねばと思うと、「何もしないで。面倒だから」と宮本綾音が言った。

「どうして?」

「最初に無視してたのは私だから」

「だからと言って、押し付けるのはおかしいよ」

「今更仲良くなんてできっこないでしょ」

 と言うが早いか、じろりといつもの調子で睨みつけてきた。

「ていうかあの約束、誰にも言ってないよね?」

「言ってないよ」

 そう言って、僕も椅子に座りつつ衣装作りに取り掛かる。裁縫など見様見真似でできるだろう。

「まあ、言ってたら、ここに居ないか。停学だよね」

「もしかしたら、退学かも」

「嘘」

「分からないけど」

 校則違反したことはない。ましてやモノを盗んだりなど、生まれてこの方考えもしなかった。実際のところ、彼女のやった事がどれほどの罪なのか、てんで分からない。はぁ、とため息をもらした彼女は、恨めしそうな顔でこちらを見てくる。

「あんな脅しさえ無ければ、こんな事にならなかったのに」

「宮本さんが鍵を盗まなければ——」

「うるさいな」

「ごめん」

 存外、話せるもんだ。今思えばうじうじとしていたのが馬鹿ばかしい。安心したついでに、気になる事を思い出した。

「そういえば、なんで屋上に入ったの?」

「屋上に入りたかったからに決まってるでしょ」

「どうして?」

「加藤君ってめんどくさいね」

「そうかな」

「絶対そう」

 よく言われる。だが自分ではまっとうな事をやっているつもりだ。何が面倒なのか分からない。

「まあ、あえて理由を言うなら、一人の方が気楽だから、かな。教室に居ても誰とも話さないし」

「僕は約束があるから言わないけど、他の人に見られたらまずいよ」

「約束じゃなくて、脅しね、お、ど、し。もう行ってないし。そもそも、何で人を避けない事なの? わけ分かんない」

「……諦めるのはダメだと思ったから」

「諦めるとかじゃなくて。すぐ会わなくなるなら、最初から仲良くならない方が良いよねって話だから」

「それでも、宮本さんに後悔して欲しくないと思ったから」

「……それこそ、余計なお世話だし」

 宮本綾音はそのまま黙ってしまった。つまらなさそうに裁縫を続ける。

 やはり嫌われている。明らかに邪魔くさそうだ。そう思うと余計に声が出なくなった。やっと放課後二人になれたというのに、苛々させては申し訳ない。黙ってしまうと、周りの喧騒よりもやけに心臓がうるさい。うるさいくらいに心臓は動くのに、この口や頭ときたら、何も動かないのだから情けない。

「……辛気臭いのは苦手。もうこの話はやめよ」

「あ、うん」

「ていうかこれ、終わるのかな」

 彼女は打って変わって平静である。怒っていないのか。分からないが、手元を見ずに彼女の様子ばかり気にしていたのが悪かった。手元を見ると、見事にぶすりと左手の親指に針を挿していたのだ。

「あ痛い」

「え、うわ、血だらけ、どんだけ挿してんの」

 白い死装束が斑に染まった。これはこれで、本物らしくて良いかもしれない、などと思っていると「衣装持っててあげるから、絆創膏、貼りなよ」と彼女が言って、鞄から取り出した。持っていた衣装がひったくられ、絆創膏をくれるや否や、あはははと笑い出した。

「これ、下手くそすぎない?」

 衣装の出来栄えが悪いのか、見た途端にからから笑い出したのだ。なにこれ、ひどすぎ、と笑いながら針を持ち、するすると糸を手繰り寄せて、器用に縫い付けていく。「ここは、こうして、こう縫うの、わかった?」と得意満面である。

「ていうか、裁縫できないのに、なんで衣装班に入ったの。これじゃただの足手まといだわ」

「宮本さん」

「なに?」

「文化祭、一緒に見て回りませんか」

「え」

「どうですか」

「え、えっと、文化祭? ていうか、とりあえず、絆創膏貼って。衣装、汚れる」

 指よりも心臓の鼓動が煩い。ようやく痛みが戻ってきたのは、宮本綾音が恥ずかしそうにしぶしぶ頷いてくれた後のことだった。

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