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1. 邂逅或いは後悔

小説を書くのが好きな身内と話していた時のこと。

「テーマをルーレットで3つ決めて、6話完結で小説を書こう」

そんなやり取りをきっかけにこの話が生まれました。


テーマは「純文学」「ドタバタ」「ボーイミーツガール」の3つです。

お楽しみください。

 正直な話をすると、彼女を見るまでは恋愛というものを馬鹿にしていた。もちろんそれにうつつを抜かして学生の本文である勉学を怠る人を下に見ていた。なぜあのように盲目にも他人を心の底から信じる事ができるのか。理解できなかったし、理解しようとも思わなかった。

 宮本綾音。夏も終わりに近い9月のはじめに彼女は転校してきた。

「はじめまして、宮本綾音です。親の都合で引っ越してきました。またすぐ転校してしまうかもしれないけど、よろしくお願いします」

 彼女を見たのはそれが初めてだった。少し気恥ずかしそうに、けれど凛として挨拶をするその姿は実に可憐であった。

 先生が指し示した教室の席、つまりは窓際に座っていた僕の右隣の席へ着く彼女を馬鹿みたいに見つめ続けたせいか「えっと、何か?」と気まずそうに。話しかけられた途端に頭の中はかっと熱くなり、何も返事ができずにただ俯いた僕を見た彼女は、きっと僕のことを変な人だと思ったことだろう。その時から「彼女から見て僕は変人であるか否か」という問いかけを延々と反芻し続けることになり、授業などまったくもって頭に入らなくなった。

 彼女との最初の出会いはひどく後悔の残るものとなった。この時のことを振り返るたびに、ひどくいたたまれない気持ちに苛まれて、布団の上でどたんばたんと身を転がして眠れぬ日々が続いたのである。

 そんな日々が続いたある日のこと。その問いかけに対して答えを出すことができないと悟った僕は、長年の親友である坂本駿に、この如何ともしがたい感情は何であるかを問うてみることにした。

 昼食の時間、いつもの様に宮本綾音が購買へ買いに行った隙に、前の席にいる坂本駿の背中をつついた。

「なあ、坂ちゃん」

「ん、どうした」

 弁当をかっこみながらくるりと右向きに振り返り、窓際の壁にもたれかかった坂ちゃんはもごもごと口を動かしたままそう答えた。

「坂ちゃん、ここだけの話なんだが」

 僕が顔を近づけて小声で話す素振りをすると「内緒話か?」と言って坂ちゃんは耳を近づけた。やはり長年付き合ってきた坂ちゃんとは一挙手一投足にいたるまで通じ合うものがあるのだろう。阿形吽形、呼吸のごとしと言うやつだ。

「つまるところ、彼女は僕のことをどう思っているのだろうか?」

「彼女? って宮本さんのことか?」

「さすが坂ちゃん。言わなくても分かるんだな」

 僕は何も話していなかったというのに、坂ちゃんはやはり全て分かっているのだ。心底驚いてまじまじと坂ちゃんを見つめると、それはそれは人のことを小馬鹿にしたような、何とも言えない顔で僕を見つめ返してきた。

「そりゃあ、あれだけ食い入るように毎日見つめていたら、誰でも気づくだろ」

「そんな馬鹿な」

 坂ちゃんは呆れ顔のまま、箸の先を教室にいる生徒に向けた。

「俺以外にもクラスメイトに聞いてみるが良いさ。皆気づいてる」

「どうして?」

「そんなもん見てれば分かるさ。小学校の算数より簡単な話だ」

 坂ちゃんの方が算数の成績は僕より低かったと言うのに、存外に算数もできない馬鹿だと言われたような気がして少々腹が立った。

「まあ、それは良いとして、坂ちゃんはどう思う?」

「そんなもん、本人に聞かないと。俺が分かるわけないだろう」

 坂ちゃんはめんどくさげに箸を唐揚げに突き刺して口に頬張りつつそう答えた。

「いや。本人に聞くのはできない。変に思われてるに決まってる」

「まだ全然話してないんだから、春樹のことなんて何とも思っちゃいないよ」

「そうかな」

 たしかに彼女とは初日以降、とんと会話らしい会話をしていなかった。今のところ唯一の機会だったそれさえも、会話と呼べるような代物ではない。

「好きなら告白でもしてみればいいじゃないか。当たって砕けろだ」

「いや、分からないんだ。彼女の事を考えるたびに、胸が苦しくて呼吸がしづらくなる。動機が激しくて、ちょうど過呼吸のような症状だ。これは好きとか嫌いではなく、転校初日の出来事が気になりすぎて、僕に悪い影響を与えているんだと思う。勉強も身が入らないんだ」

 独り言のように呟いた僕を見ている坂ちゃんは大きなため息をついた。そして机に置いてあった午後の紅茶をひと口飲んでから「それで?」と僕に続きを促す。

「僕は、そう。彼女が僕を変に思っているかどうか知りたいんだ。それを知りさえすれば、このもやもやする気持ちの答えが分かる。答えが分かれば、この体調不良も解消するはずだ」

 言い終えた後、坂ちゃんは食べ終えた弁当箱の蓋をきっちり閉じて、箸入れに箸を納めると、こんどは憐れむような眼差しで僕を見た。

「呆れたよ。呆れを通り越して、心が痛いよ春樹、お前が不憫でならない」

「不憫、とは?」

「気づかないのは春樹だけだ」

「なにを」

「それは恋ってやつだ」

「コイ」

 はて。コイとは何だろうか。話の流れからして、魚の方ではない事は確かだと思うが。

「ああ、魚の方じゃない。誰かを好きになった時に落ちる方のやつだ」

「そんな馬鹿な」

 恋というのは、低俗な輩が脳内物質を垂れ流して前後不覚に理性を失うような状態を指すのだ。低俗という言葉からは無縁の生き方をしてきた僕が恋に落ちる道理はない。

「これまで真面目一辺倒に勉強しかしてこなかったせいだろうな。お前はいつかどこかに、人の心を置いてきてしまったんだよ」

「失礼な」

「すまなかった。春樹がまさかこんなことになっているなんて」

 到底信じられないが、坂ちゃんの言う事はいつも正しい。それが真ならば、僕は低俗で脳内物質を垂れ流し前後不覚に理性を失っている状態なのだろう。

「ともかく、お前が人の心を取り戻すためにも、その恋をなんとか成就させよう。俺は協力するよ」

 かくして僕は恋に堕ちたことを知るのだった。

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