表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/7

 やがて案内人に呼ばれ、俺とトルーノはそれぞれの部屋へ別れた。



 しばらく廊下を進み、とある部屋の扉が開けられた。

 胡散臭いほどにこやかな案内人に目でうながされ、俺は、ため息を呑み込んで足を踏み入れた。



 薄暗い室内には甘い香が嫌味でない程度に焚かれ、低い楽の音が響いていた。

 部屋には低い卓と、二脚のこれも低い椅子があり、入り口に近い方の壁際の椅子に、人影があった。

「いらせられませ」

 低い声がそう言う。

 俺の知らない異国風の弦楽器を手すさびのように弾いている、頭からすっぽり薄衣を被った小柄な女だった。


 女は手を止めると、ほのかに笑んだ。

「まずはゆっくりなさって下さいませ、お客様。夜はまだ始まったばかりでございます」

 耳に柔らかい声だ。

 ああ、とも、はあ、ともつかない返事をし、俺は向かい側の椅子にぎこちなく座る。

 喉がカラカラだ。

 部屋の奥に、闇に沈むような感じで天蓋を深くおろした寝台がある。

 あえて目をそらせた。


 静かに楽器を壁にたてかけ、女は卓の上にある華奢なとっくりから、やはり華奢な、薄手のガラスの盃へ酒を注いだ。

「まずは一献。はじめまして、お客さま。私はこちらで、レーニャと呼ばれております。なにとぞお見知りおきを」

 盃を差し出し、女はそう言ってほほ笑んだ。

 小柄なせいか薄衣を頭から被っているせいか、年齢のよくわからない女だった。

「レー…ニャ?」

 盃を受け取りながら、俺は女の名をくり返す。

 雰囲気的に、『レーンの少女』とでもいう感じの通り名だ。

 暗がりに慣れ始めた目をすがめ、俺は改めて女を見た。

 浅黒い肌の凹凸のなだらかな顔の中で、黒に近い焦げ茶の瞳が静かに輝いていた。なるほど、レーン人の血を感じさせる女だ。

「はい。親がレーンからの流れ者で。これも……」

 女は軽く首を傾げ、横目で今まで弾いていた楽器に目をやる。それが妙に色っぽい仕草で、俺はちょっとドキッとした。

「……母から譲られたものなのです。物心ついた頃から私は、母の奏でる調べを聞いて過ごして参りました。ラクレイドで広く知られている曲も奏でておりましたが、思い出したように気まぐれにつま弾いていた、題名のない曲が一番好きでしたね。あの雰囲気を真似ようとするのですけど、なかなか上手くゆきません。おそらく私は、まだまだ修行が足りないのでしょう……」


 そんな話をしながら女は、流れるようななめらかさで、もうひとつの盃へ酒を注いだ。

 細く長い指が、とろりとした酒のそそがれた華奢な盃を、綺麗な所作で卓の上から取り上げる。

「儚い一夜のめぐり合わせですが、どのような出会いも先の世からの約束だとも申します。どうぞ、互いのレクラがより良く響き合い、極上の調べを奏でますよう」

 優しい口調でそう言うと、女はすっと盃を干した。

 つられて俺も盃を干す。

 酒らしい酒を飲んだのは、実は初めてだ。

 口当たりの軽い、飲みやすい酒だったが、酒は酒だ。

 喉を淡く焼くような感じで、ゆるゆると腹の底まで降りてゆく独特の感触。

 水とはまったく違うものを飲んだと思い知り、俺は、瞬間的に軽くうろたえる。


 嚥下した後に大きく息をつくと、花に似た甘い香りがふっ…と、鼻に抜けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] お……大人講座が始まる……(,,・д・)ゴクリ。
[一言] メッチャドキドキするwww
[一言] 初めてとは言え、喉を淡く焼くような感じとは、そこそこ強い? 前哨戦って感じがします。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ