「わたじ、メ゛リーさん。──ぐすっ、ここ、どこぉ」
「わたじ、メ゛リーさん。──ぐすっ、ここ、どこぉ」
受話器から、開口一番に聞こえたのはそんなセリフだった。
え?いや知らねーよ。
「そ、そのぉ、ぐすっ、あなたのおうちにむかってるときにぃ、ひっく、みち、まちがえちゃって、しらないところに、きちゃってぇ・・・・・・うわぁあああああああああん」
うるさいなこいつ。
一人でひたすらに喋り続けるメ゛リーとやら。
そもそも自己紹介で自分に〝さん〟をつけるとか図々しい女だ。
「だずげでぇぇぇぇ、くらいよぉぉぉ、こわいよぉぉぉ、じめじめしてるよぉぉぉ」
えお前どこいんのそれ。
「わぷぁ!・・・・・・ひーん、くものすぅ」
これは顔に入りましたね。
「きゃっ、ご、ゴミ箱に足ぶつけたぁ。──って、ちょ、わあ!」
向こうが急に騒がしくなる。
あれ?これどっかの路地裏じゃね?
「ゴミ箱倒れちゃったぁ。うわぁーん!体生ゴミだらけだよぉ」
なかなかに悲惨な状況。
「ど、どうしても助けに来てくれないの?・・・・・・じゃ、じゃあ」
「へっへっへっ、お嬢ちゃん可愛いねえ。俺と一緒に遊ばない?」
いやお前だろ。
ほんのちょっとだけ声が低くなったが、チンピラの正体は完全に先程まで喋っていたメ゛リーさんだと分かる。
「きゃ、きゃー、金髪モヒカンでガタイがよくて変なマスクつけてる男が襲ってくるー」
すげえ説明してきた。
「へっへっへっ、そうだなぁ、迷子の嬢ちゃんが助けを求めて電話して今もそのままこの会話を電話越しに聞いてるような男が来ねえ限り俺は止まらないぜぇ」
ピンポイント過ぎる。
「あー、襲われちゃうー。こんなときに迷子の私が助けを求めて電話して今もそのままこの会話を電話越しに聞いてるような男の人がいればー」
「へっへっへっ、よいではないかー」
もうキャラぶれ始めちゃってんじゃねえか。
てかその〝へっへっへっ〟から毎回始まるの何なの?これ付けときゃチンピラっぽくなるだろ的な浅はかな考えが透けて見えるんだけど。今の時代そんな気持ち悪い笑い方する奴いねえよ。
「おいおい嬢ちゃん。可愛いのにこんな路地裏で一人でいちゃ、俺みたいな悪い奴に襲われちまうぜ?」
「──へ?」
さっきのエセチンピラなどとは比べ物にならないくらいの、野太い声音が聞こえた。
モノホンのチンピラじゃねえか。
「あああああのす、すすすすい、すいま、すいませ、せせせせ、すい」
面白いぐらい動揺してる。
「グェッヒッヒッヒッヒョエ、腰が抜けちゃったのかい?」
ごめんリアルのチンピラの方が五百倍気持ち悪い笑い方してた。
「あ、あわわわわわわわ。あ、あわ、あわわ、あわ、泡!」
もうどうしたお前。
「ギョエッヒーッヒッヒッヒ────って、くっさ!この嬢ちゃん生臭!」
「え?・・・・・・あ、あの・・・・・・実は私、人魚なんです」
大きく出すぎだろハッタリ。
「ほ、ほら、変なこと言ってねえでハンカチやるから体拭け」
優しい世界。そこにはハンカチ携帯型チンピラだっています。
「あと五千円あげるから温泉でも行ってこい。美味しいもんも食べていいぞ」
もう惚れちゃいそうなんだけど俺。
「じゃあな、気をつけて帰れよ」
ごめんなさいその子迷子なんです。
「・・・・・・うぅ、怖かった。でも、いい人だった。・・・・・・ね、ねえ、腰抜けちゃったから、助けに来て・・・・・・ください」
おずおずと申し出る彼女。
自然と笑顔が浮かんできた。
どうやら、世界の温かさに当てられてしまったようだ。
そうして俺は静かに、
電話を切って、コタツに潜った。
その日は一日中、コタツに入って過ごしました。
──え?助けねえの?