兄さん鉄拳制裁タイムです
立ち上る火柱、鋼鉄製の重い扉は拉げ半壊しそこからなだれ込む反乱軍、その後ろをおっかなびっくりついてくるユウ。
「な、何もここまでしなくても良くねぇか?」
成り行きで反乱軍に肩入れしてしまった事に後悔しているようだ、しかしこんな見知らぬ土地ではそうも言っていられまい。
「あんたの言ってる事が本当ならこれくらい平気でしょ!」
「そうは言ってもだな、これ立派な器物破損と不法侵入とそれから―」
「あぁもうウザい! 黙ってついてきな!」
「は、はい!」
商業都市から進みカズマがいる居城へと赴いた一行は遂に剣を交えた、前線の部隊が城門を突破、重騎士を先頭に傘下の兵を蹴散らし、今まさに両者が相まみえる。
だがその勢いを殺す様に頭上から氷塊が所狭しと降り注ぐ、何人もの人間が下敷きになり大広間は地獄絵図と化した、そして近付いてくる足音、赤い外套を羽織り如何にもな杖を携えた少年、間違いない彼がカズマだ。
「やれやれ何の騒ぎかと思えば―、それでも俺の兵士か? 使い物にならねぇな」
「カズマ! あんたをここで討ち取る!」
「はねっ返りが何を言うかと思えば、うん? その後ろのおっさんは誰だ?」
睨み合いをしている最中、視線はユウを捉える、初めての戦場に戸惑いながらもここまでやって来た―はいいのだが、その様子は新兵そのものだった、そしてやっと自分の事を指されている事に気付いたユウは。
「え? あ、俺か―何て言えばいいんだろうか」
「まぁ別にいいや、俺に逆らう奴は全員死刑だ、特に女―お前はただ殺すだけじゃなく奴隷にして死よりも屈辱的な責めを受けさせてやる」
張り詰めた空気が漂う、だがそれを破ったのは―。
「くくく、はははははは! お前それマジで言ってんのかよ! あぁ安心したぜ、やっぱガキだわ、人の脅し方を知らねぇみたいで! ふいぃ緊張解れたよ」
涙目で腹を抱え爆笑するユウ、しかし数本の切っ先が喉元に突きつけられる、それを握っているのは少女達だった。
「カズマ様を冒涜する輩は叩き切る」
「おっちゃんきらーい、だから死んで?」
「痛みを感じる間もなく魂を刈り取りましょう」
引き攣る表情、殺意に満ち満ちた少女達の視線、だが。
「お、おいおい、お嬢ちゃん達そんな物騒な物を持つもんじゃないよ? 君達にはぬいぐるみとかお花がお似合いなんだから」
「貴様!」
偉く威勢の良い少女が切りかかって来るが、ユウも丸腰ではない、道中で拾った鉄パイプのような物で受け止め勢いを殺す。
「だからさ、やめようって、ね? さもないとお兄さん本気で怒るよ?」
「この! 俗物が!」
「助太刀しちゃうよー」
「その魂、無に帰しましょう」
大きく溜息を吐き出し獲物を下げる、だが少女達は止まらない、こちらを殺そうと本気で切りかかる、しかしその刹那はっきりと少女達は耳にした。
「こりゃ少しお灸が必要だね」
大きく振りかぶり狙った先、威勢の良い少女の腹部を捉える。
「ぐっ、あっ!」
へたり込み悶絶している様子を尻目に今度は、おっとりしている小柄な少女を捕まえると床へと叩き付け、残った一人には容赦ない延髄蹴りが炸裂した。
「ちとやり過ぎたか」
「あ、あんた一体、そいつらはカズマの親衛隊なのに」
「親衛隊? 嘘だろ、カズマが趣味で寄せ集めた可愛い女の子達じゃないの?」
強烈な一撃を見舞われた三人は遠のく意識の中、男の背を睨み。
「き、貴様、一体どこでそんな技を、それにこの力―」
「あ? どこって言ってもなぁ、土方で鍛えた体とプロレスかな」
「プロレス? くそまだ私の知らない流派があったの、か」
そう言い残し気を失い突っ伏す、ユウはプロレス好きだ、深夜にやっているプロレス番組は欠かさず見ている、加えて現場で鍛えられた肉体は並大抵のものではない、俗に言うガテン系というやつだ。
「―っ、しまったカズマがいない!」
「何だ逃げたのか? 自分を慕ってる女の子達を見捨てて逃げるなんて―災難だったな君らも」
視線を少女達から玉座へと向けると上へと続く階段を見つける、軽く手を上げ。
「なぁ君、この子らの介抱をお願いできるか? あとは俺が始末するからさ」
「え? い、いいけど―でも一人でなんて」
「なぁに余裕だって、そいじゃ頼んだよー」
一人階段に向かう、残された少女はただ茫然と立ち尽くし視線を下に向ける、あまりの男の強さにばかり目が行き気付いていなかったが、倒れている少女達は誰一人として顔は傷ついていなかった、男なりの配慮であろうか。
「変なとこカッコつけてる、あんだけ殴ったのに顔は綺麗なまま―これならお嫁に行けるねあんた達も」
城の最上階、開けた所の奥に二人はいた、険しい表情のカズマに対し余裕たっぷりの笑みを溢すユウ。
「あいつらを退けるなんて流石じゃないか、どうだ俺の配下にならないか? 今なら」
「興味ねぇ」
「残念だ―、燃えカスにでもなっちまえ!」
右手を突き出すと風が手の中心に集まる、徐々にそれは赤みを帯びやがて赤熱する、巨大な炎の塊を形成すると、躊躇う事無くユウに向かい放った。
「ははは! これが俺の能力だ! 凡人共が到達できない域に俺は立っている! 俺はなぁこの世界の王なんだよ!」
迫りくる火球、だが何故か避けようとしない、体が避ける事を拒否する、それどころか向かい始める、一歩また一歩と。
「バカかお前は! 俺の炎は全てを焼き尽くす、あの雑魚共とは違うんだよぉ!」
着弾し爆炎と熱風を生み出すと城を大きく揺らす、歯を剥き出し不気味な笑みを浮かべるカズマ、だがその表情はやがて驚嘆へと変わる、揺らめく炎の中微かに動く人影を見たのだ、それは近付いてくると無傷のあの男が眼前に立ちはだかり。
「おぉすごいなぁ、で? もう終わりか?」
「そ、そんな訳ない! まぐれだ! これなら逃げられまい!」
後方へ飛びずさると腕を空へと伸ばす、灰色の雲が集まり静電気が雲の中を駆けまわっているのを視界が捉え。
「雷かぁ、丁度肩凝ってんだよな、なぁここに落としてくんねぇか?」
首筋を伸ばしトントンと肩を指す、カズマは激昂した。
「ふざけやがってくそ野郎がぁ!」
雷光が一直線に男を貫く、辺りは焦燥の匂いとかなりのエネルギーが発生した事で水蒸気が立ち上る、ようやく息の根を止めたと思った―だが。
「うーん、やっぱり無理か、残念だ」
「な、なんで! なんでお前は生きてるんだよ! ほとんどの奴等はこれで瞬殺なんだぞ!」
「あぁもういいよ、お前の底が見えたわ―お前を信じて付いて来た子達も使えないと分かれば雑魚呼ばわりか、本当クズみたいな奴だ」
握り拳を作り節を鳴らす、上着を脱ぎ棄て上半身裸になると。
「祈れ、悪党―懺悔の時間だ」
「な、なにを」
胸倉を掴み右頬にフルスイングの右ストレートが入る、鼻血を垂らし思わず両手で顔を塞ぎ込むが。
「お前が今までしてきた事を考えれば―まだだ、まだ終わんねぇぞ」
肩を掴み膝蹴りを腹部へと綺麗に突き刺す、よろめき後退るが逃がすまいと今度は後頭部を掴み頭突きを容赦なく打ち込む、最早彼には反撃できるほどの余力は残っていない。
「お、女や子供に手を上げるなんて最低だぞお前!」
「関係ねぇな、フェミニストじゃないんでね、それにお前は子供じゃない―さっきも言っただろう何遍も言わせんな“悪党”」
脚を踏み込み腰に貯めを作り放たれる上段回し蹴り、それは見事に決まり遂にカズマは気を失い倒れ込む。
「巨星墜つ、なんてな―おぉい生きてるか?」
気絶しているカズマを担ぎ上げ、大広間へと戻るとそこには反乱軍の面子が勝利を喜んでいた、後の調査でカズマは奴隷商を黙認する代わりに貢物という名の幼い少女達を堪能し、ハーレム王などと語っていたらしい、他にもカズマが考えた政策はよく考えてみれば穴だらけでそれは酷い物だった。
「ガキが背伸びして大人の話に首を突っ込むんじゃねぇよ、まずは社会科をしっかり勉強しなさい」
「あ、ありがとうお陰で助かったよ」
短い間だったが行動を共にした少女、そこには心の底からの純粋な笑顔があった。
「いやいやこちらこそ、短い間だったが―」
手を差し伸べ握手を交わそうとした時、ふと男の姿は何処にもなかった、辺りを見渡しても姿が見えない、幻だったのだろうか―だが足元に落ちている男が着ていた上着はまだ温もりを保ち、それはあの男が今までここに居たのだという確かな証拠だった。