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異世界イデアルト Ⅱ

「はいどうぞ、ジエレンティー♪」


 レドさんは丸いテーブルにテーブルクロスを敷き、棚から白磁のティーポットと俺達用のカップとソーサーを4つ持ってきて、飲み物を注いでいる。

 紅茶だろうか。澄んだ琥珀色でふんわりとした甘い薫りがする。


「椅子はそこの丸椅子を使ってね。ささっ、まずは1杯」


 指が射された方にあった丸椅子をみんな自分で取って座る。位置は俺の真正面にレドさん、左隣にクリムちゃん、右隣にリグンさんだ。

 そういえばここに来てから何も飲んでなかったな。

 勧められて飲まないのも印象悪いだろうし、お言葉に甘えて1口。


「おいしい」


 砂糖なんて一切入れてないストレートの紅茶って苦いイメージがあったけど、これは柔らかい甘みがする。くどくなくて飲みやすいから何杯でもいけそうだし、心も安らいでいく気分になる。


「気に入ってくれようだね。ジエレンティーは緊張した時や疲れた時に飲むと効果的だからね、今の君にちょうどいいかなと思ったんだ~。まだソレルヴァンでしか生産されてないけど、こうしてお茶にするだけでなくパンと混ぜてもとてもおいし―――」

「オヤジそれはまた今度で」

「……僕の好きなの布教したいだけなのに……」


 楽しそうに解説を始めようとするレドさんを慣れた様子でクリムちゃんが止める。いつもこんなこと調子なのかな。


「ではでは、この世界の事と君のお父さんことコウヨウについていろいろ説明を始めようか」


 これまでほんわりとした立ち振る舞いだったレドさんの態度が真剣な態度へと変わる。


「まず僕たちの世界イデアルトについては、曰く『ファンタジーな世界』というんだろうね。魔法があって、人以外の知的生命体が存在している世界。これが全体の図ね」


 説明しつつ右手のひらをかざすと、人差し指にはめている指輪が光る。すると手のひらに赤く光る魔法陣が現れ、くるまった大きい紙がストンと出てきてテーブルの上に広げると地図が描かれている。

 見た目は馬を横から見たような巨大な大陸の絵が描かれている。正確には一つなぎの大陸ではなく真ん中あたりは大きな運河のようなのがある。後は所々に小さな島らしいものがある。全体的な比率は陸と海が半々くらい。それに国境と思われる線と国旗が記載されている。


「コウヨウ曰く大きさは地球の倍ぐらいだって。それで中央当たりのでっかい国が僕たちの国ソレルヴァン」


 真ん中のっていうと、赤い龍が太陽を掲げたマークの国旗があるところか。


「その隣の剣と槍と斧が書いてある国旗がスバルト。海を挟んだところにある、満月を女神が抱いている国旗はアールモーニー。他にも国はたくさんあるけどとりあえず今はこの国と合わせた3大国家を覚えておけばいいよ」


 ソレルヴァン、スバルト、アールモーニーの3国。

 確かにこの3国は他と地図に書かれた領土の範囲がかなりデカイ。結構な影響力をもってるんだろうということは想像に難くない。


「これが今の僕達の世界の形なんだけど、500年前まではある方々によって20の国で統治されていたんだ」

「ある方々って、ひょっとして巨神様というのですか?」

「あら知ってたのかい?」

「ここに来る途中にクリムちゃんがそれらしいことを言ってたので」

「そうだね、500年前まではそれぞれの土地を治める20柱の巨神様がいたんだ。ご先祖様達は巨神様にお仕えし、逆に巨神様は魔力の一部を分け与えてくださったり、苦しむ民をその力で救ってくださったりなどしてたそうな。そんな巨神様が統治しておられた時代は概ね平和だったそうな」


 なんか神様と聞くと、好き勝手やりたい放題なイメージがあったり悪い意味でやんちゃなエピソードがあったりするけどこの世界の神様は人格者だったのかな。


「そんな巨神様も、ある日世界規模の戦いが勃発した際に全員残らず消滅してしまったらしんだけど」

「全員!?神様が残らずですか!?」

「そ。巨神戦争として伝承されているんだけど、数体の巨神様が突如として世界中を破壊しあるゆる生物を喰らい始めたため、残りの巨神様とご先祖様達が死力を尽くして阻止した結果、神様全員いなくなってしまったんだ。

 ちなみにこの大陸の形だけど、当時は横長の六角形に近い形でこの世界の9割にも及ぶ程だったんだけど、巨神様同士の戦いの余波で現在の形になってしまったそうだよ」


 僅かな時間で世界をここまで変えるような恐ろしいことが起こっていたなんて。


「巨神様を失った世界では戦いの傷も癒えないまま生き残った人々により各地で戦闘が勃発。ひどい有様だったらしい。100年以上前のことならこの中じゃリグンが一番詳しいよ」

「まあ確かに若い頃はあっちこっちで馬鹿どもが好き勝手やりおうたからな。本当に今ん体勢が出来たんは奇跡みてぇなもんだわ」

「そんなにひどかったんですか?」

「さすがに150年前より以前は説明できんが、賊に滅ぼされる村は後を絶たず、流行り病が起これば感染予防と言って住人一人残らず焼き尽くす者に、奴隷が生ぬるく思えるほどひどい扱いをされよる人々。わしも一歩間違えばどうなっとったかかわからんよ」


 当時の事を思い出してか、苦々しい顔をする。

 思い出すのも嫌になるぐらいひどかっんただろう。


「とまあ様々な問題をどうにか解決していき、現在の3国を中心に新しい体勢をつくりあげ、80年前にやっとこさ世界を安定させたんだ。

 んで、その混乱期に人々は救いを求めてそれに応えるように宗教や組織が幾つも生まれたてさ。

 それ自体は問題は無いんだけど、そのうちのある組織が現在において厄介な存在となってしまったんだ。これも二人のどちらかに聞いてないかな?」


 厄介な存在? そういえば戦いのときにリグンさんがそれらしい名前を言ってたな。


「オルディネオがどうとか言ってましたけど……」

「そ。教団オルディネオ。今の世界の悩みの種だ」


 レドさんがまた魔法陣から旗と思われる物を取り出して広げる。

 白いダイヤのマークみたいのを10枚の翼が円を描くように囲っている絵が描かれている。

 オルディネオを表す紋章なのだろう。


「このオルディネオってのはどういった組織なんですか」

「よくある平和行動をしていた200年ぐらい続く組織で、各地に赴いては被害者を救うために精力的に活動していたんだ。人数は少なかったけど、どの団体よりも精力的にしかも確実に成果を上げていたから、多くの国で貴賓のように扱われていたね~」


 それだけなら普通に良さそうな教団だけど……。


「ところが25年前に当時のトップのヴァセ・ヴァイスが突如世界中に対して、『今のままでは世界はいずれ滅びる。ゆえに生贄を捧げて巨神様を蘇らせる事こそ使命』なんて言ったんだ」

「そんなことを?何かきっかけがあったんですか?」

「それが分からないんだ。僕も何度か目にかかったことがあるけど、穏やかで人格者で決してあんな馬鹿な事言う方じゃなかったね~。だから最初は度が過ぎる冗談と誰もが思ったけど、各国に攻撃、侵略し始めた事で本気であると分かったんだ」


 侵略って、今まで平和活動と真逆の事をするなんて正気を失ってるんじゃないのか!?


「もちろんどこも傍観しているだけな訳がないからすぐに反撃をし始めた。当初は数の差もあるからすぐに鎮圧されると考えられていたが、予想以上に戦いは長引くことになる」

「何があったんです?」

「奴らの使ってた武器なんだけど、こちらの使用していた装備が強力だったんだ」


 また魔法陣を使用してそこから写真を何枚か出てくる。

 そこには戦車やマシンガンを持ったマネキンのような兵士などが写っている。


「こっちはようやっとまともに自動車やら飛行機、武器の研究を始めたばっかりだってのに、こっちが開発してる以上の物をお出して来たんだよ」

「国がようやく造り始めた物以上って、そんなの簡単にできるもんなんですか?」

「けど事実だからどうしようもない。技術の差に加えてこの世界じゃ肉体や道具を強化できる魔法があることもあってその威力は計り知れないものになった。結果、制圧どころか敗北に次ぐ敗北を重ねるハメとなったんだ」

「それでもこう、凄い攻撃魔法で差を埋めたりとか出来なかったんですか?」

「威力のある魔法ほど大量の魔力が必要だから誰も彼も易々と使えるもんじゃないよ。当時は発動に手順を踏んだし半端な大魔法は自分の居場所を教えるようなものでそこに集中砲火を浴びるなんてよくあったよ」


 そう簡単にいかないってことか。


「もちろんこっちだってやられぱなっしてわけじゃなく、各国の名だたる戦士を中心に反撃、敵の武器を研究しての製造などいろいろやってたけど、それ以上に向こうの侵攻が上回ってね。4年も戦いが長引いて大陸のおおよそ半数を占領されたとなれば、正直どこの国も諦めてムードが漂ってたんだ。

 そんな時だったよ。ソレルヴァン城に謎の言語を話す男が光と共に現れたという報告が入ったんだ」

「それ、まさか父さん!?」

「正解。君の父親がこっちの世界に来たんだよ」


 父さんなんてタイミングの時に……。

 でもお隣さんが最後に父さんに会ったのが1週間前ぐらいだったはず。もしずれが無かったら今から1週間前にこっちに来ているはず。

 25年前に戦争が始まって4年続いている言ったから21年前のこの世界に転移したってこと?こんなにずれがあるのって、やっぱり機械が誤作動した影響なのか? 


「報告を受けてわしやレドが駆け付けた時にゃ周りを兵士に囲まれよったからか、お前さん達の言葉であれこれ喋ったり地面に触れ伏してペコペコしようたり、分かりやすう命乞いをしよったな」

「あまりにも必死すぎるから興味が湧いてね、試作中だった翻訳機を使って会話してみたら、なんと異世界人だよ?

 頭のオカシイ馬鹿だなぁ~と思ったけど、嘘をついてる様子は無かったもんでこっちが困惑したよ。よく考えてみなよ異世界人だよ前代未聞だよそれも君みたいに信じられないくらいの魔力を感じさせるほどだよそんなのが突然目の前に現れた僕たちの身にもなってよただでさえオルディネオの対応で参ってるのに途方もない―――」

「オヤジ」

「おおごめん。まあそんな彼をどうしようって話になってね。一部じゃ不穏分子だからさっさと処刑すべきなんて話がでてきたんだけど―――」

「しょけ、殺す!?」


 そりゃ怪しい男を野放しにはできないだろうけどそれは―――!?


「あくまで選択肢の一つさ。ただ僕は彼と何度か話して決して悪い奴じゃないと思ったし、馬があう気がしてどうにも殺すのには引けてね~。それで、彼を兵士として利用するということで周りを説得してどうにか処刑だけはやめさせたんだ」


 そんな危ういことになってたんだ。じゃあレドさんは父さんにって命の恩人てことなのか。


「ま、首に反逆防止用の特殊なチョーカーを点けられることが条件だったんだけど。悪いことをしてしまったけどコウヨウは『これも人生』って感じで受け入れてくれた。そうして僕たちの戦争になし崩しに参加してもらうことになったんだけど。

 いやはや彼の知識から作られた技術により一気に技術差を詰めることができたおかけで戦況がこちら側に傾き始めてさ。それに本人も魔法をあっという間に習得するわ、前線に出ては次々と占領された土地を取り返したりと八面六臂の活躍。

 これまでの苦労はなんだったんだと言わんばかりに、劣勢があっという間にひっくり返しちゃったよ。そして6年後には奪われた土地をすべて取返し、ヴァセ・ヴァイスを討ち取ることに成功したんだ」


 ・・・・・・・。

 誰の話ですか?父さんの?本当に?俺の知ってる父さんはそんなすごい人じゃないんだけど?

 不眠不休で実験しまくり奇声を上げ騒ぎまくって結局失敗しまくるのが日常茶飯事のお方なんですけど?

 旅行先で不良に絡まれた時格好つけて追い払おうとしたら返り討ちにされて警察に助けられてた人なんですけど?

 息子の俺からしても到底英雄的活躍が出来るような人じゃないんだけど?


「おかげさまでコウヨウは異世界からの救世主として超有名な存在になったんだよ。君は顔つき、特に目が彼に似ているからいろんな人に反応されたでしょ~?」


 それでいろんな人が俺の顔を見て騒いで悪人面とか言ってたのか。


「そんな凄いことになってたなんて……」

「こうしてその後はソレルヴァンに住居を構えて戦後の復興や発展を手伝ってもらいながら、元の世界に帰るための装置の開発をしていたね。

 たまにアマツゴウを一緒にを建造させたりね。いや~本当にあの時は楽しかったなぁ。国家予算ぶっ飛ばす程の物の製造を無理矢理承諾させた時は本当にたまらなかったよ~」


 アマツゴウ?特別な施設か何かなのかな?

 なんか充実した生活を送っていたようで。


「そして2年前、3国中心で開催される予定だった建国80周年式典の目玉として、僕らは使徒機(アポストラー)の復活させることにした」

使徒機(アポストラー)()()? あれって、こっちの世界に昔からあったんですか?」


 てっきり父さんがアニメのロボットを再現したついでに造ったものかと。


「かつて空より侵略者が現れた時に巨神様が我々に与えてくださった物なんだとさ。そのほとんどが巨神戦争で破壊されてしまったんだけどね。

 ただ半壊状態とはいえ1体だけ現存していたから、それを参考に形だけどもできないかと思ってね。そうして1年半をかけて3機完成したんだ」


 3機というと、リグンさんのゴウエンゴーにあの青い機体の他にもう1機あるのか。


「しかし完成して数日後に、まあ、その……」

「っ……」

「……失踪しちゃってね」


 間を置いてから失踪したことを告げられる。

 一瞬クリムちゃんのほうに視線を向けられた気がするけど。

 でも失踪とか、父さんなら完成した機体が動くところを見ないで消えるはずないと思うんだけど。


「しばらく捜索を続けたけど見つからず。怪しい人物がいたんでそっちも調べたけどこっちも分からず。そうこうしているうちにオルディネオを名乗る連中が3ヶ月前に現れて使徒機(アポストラー)を利用していた。

 で、それを調べてみた結果、まさかとは思ったけども、オルディネオの使徒機(アポストラー)を造ったのはコウヨウじゃないかとなったんだ。

 君も見ただろうけど、黒鎧の残骸を解析したところ、質は劣るが大部分の技術は僕たちの作成した使途機と似ていたんでね」


 あれに俺たちののロボットと同じ技術を使われていた?


「偶然とか、他の誰かが技術を横流ししたとかは」

「そりゃ僕らも考えたよ。でもヴィシュタイトを機体に組み込まれているの思うと、コウヨウが関わってる可能性は非常に高いのよ」

「ヴィシュタイト?」

「今耳に付けてる宝石あるだろ? それがヴィシュタイトだよ」


 耳の翻訳機だとか言ってたこの青い石が?


「それはこの世界じゃごくありふれた青い魔法石でね、魔力を倍増させたり、加工して魔法道具としての利用、最近は魔法陣を組み込んで詠唱短縮出来るようにと、いくつか使い方があるんだ」


 ゲームとかでもある魔法石みたいなイメージでいいのかな。

 でもありふれた物なら、それだけで判断できないんじゃないのか。


「ただ、自然で見つかる大きさのものは基本的に2㎝ほどのもので。6㎝のものは1000個の中に1個あれば程度の確率だよ」

「大きいほうがやっぱりいいんですか?」

「大きくなればなるほど魔力の倍増率がどんどん上がる。昔10㎝の物が見つかった際に攻撃魔法で試したときは通常の20倍近くの威力まで上がったんだ。

 だからこそ過去多くの国や研究者達がこれを人工的に作ろうとしたんだけど、完成どころか劣化品すら作れた者は現在までいなかったんだよ。コウヨウを除いてね」

「父さんがこの石を作るのに成功したんですか」

「そ。使徒機に使ってみないかと3mのデカさの物を持ってきてね、どうしたんだと聞いたらイデアルトに来る前に偶然作った石と全く同じだったから用意できたとさ」


 来る前に作った石……。そういえば、家の日記に未知のエネルギーを発生させる石が出来たみたいなことを書いてあったような。

 じゃあ魔法なんて存在しない俺たちの世界で、こっちの人たちが誰も完成できなかった石を作っちゃってたのか。

 変なところで才能を発揮してたんだな父さん。


「彼の作ったヴィシュタイトは青ではなく黒色で、増幅率も3割ほど劣っていたけどね。

 でも上の人たちが黙ってるわけなく、作製技術の開示を求めて彼もそれに承諾した。だけど開示前に彼は姿を消した。

 黒鎧にはその黒いヴィシュタイトが使われている以上、十中八九で彼が関わってるだろう」


 だから父さんの仕業じゃないかと思われてるのか。

 でも、オルディネオとかいう連中に父さんが協力するんだろうか。

 そもそも向こうにとっては怨敵ともいうべき相手のはずなのに。


「……でさ、こっちとしてはコウヨウが本当に敵にいるかどうか確証を得たいわけなんだよ。それで、良かったらなんだけど―――」




 ◆




「協力者としてこの戦いに参加しろ、と言ったのか?」

「一緒に戦ってくれないかと言っただけだよ~」


 煌びやかなそれでいて決して派手過ぎない装飾を施した執務室にて、レドは彼によく似た顔の男性でこの国の国王であるジュール・マーカーゾンに光広の写真を渡しながら今回の事を話していた。

 ジュール国王は写真を執務用の机に置き腕を組んで考える。


「戦闘経験の無い少年を使徒機に乗せて戦わせるのか?すでに本人に承諾させたのか?そもそも戦わせるとは殺しをさせることだぞ」

「明日聞くつもり。戦いは今日1回経験してるから慣れさせれば大丈夫でしょ」


 平然と言う弟にジュール国王はため息を吐く。

 昔コウヨウを説得しようとした時もそうだが、そう軽い感じで言われても困る。

 ちゃんとした場面ではマトモなのに普段はどうしてこうも他人の事は少々無頓着なところがある。


「もしコウヨウが敵にいるなら、あの龍の使徒機(アポストラー)、リュウオーという名前らしいんだけどあれを前線に出せば反応のひとつでもあるかもしれないじゃない?」

「なら我が軍の者を乗せればいいではないか。プロの方がスムーズにいくだろう」

「それなんだけどどうもミツヒロ君以外は受け付けないようにプログラムされちゃっててね、無理に解除しようとすると使えなくなる可能性もあるし襲われてもせっかくの使徒機を使わないなんて無駄じゃないというか出来れば動くところがどんどん見たいのよまだ解析中だけど気になる機能がザクザクザクザクと―――」

「ともかく彼にしか使えないということだな」

「喋らせてよ~」


 いい年して頬を膨らませて文句言う阿保を無視しつつ思案する。

 確かにゴウエンゴーの記録した戦闘映像から、リュウオーと呼ばれる使徒機(アポストラー)が絶大な火力を誇っていることは分かる。

 しかしあの武装は味方がいる方向には使えないだろう。他の機能は分からないが、もしあんな攻撃ばかりなら困る。

 素人を下手に出して他の味方の行動を阻害するような動きをする可能性は十分にある。

 だがどのような方法か不明だが使徒機(アポストラー)のような巨大兵器を大量生産してるオルディネオに対して、こちらはわずか3機。内1機はアールモーニーで人造ヴィシュタイトの解析のために使用できない状態にある。

 この広い国土のあちこちに気まぐれのように現れる連中に対処するにはあまりに少ない。それなら素人搭乗の1機であっても多少役立つかもしれない。


「本人が良しとするならば私は何も言わん。戦いを拒否した場合はその意思を尊重しろ。分かったな」

「仰せのままにジュール、もとい国王様」


 こいつに任せて大丈夫だろうか。不安しかよぎらない国王だった


  ◆


「じゃあこれお前の着替えな。とりあえず大きさの合いそうなのは揃えたから」

「……あの、今更なんだけどお姫様にそんなことさせるわけには……」


 とりあえずの説明が終わり今日は解散ということになり、また明日ということで泊まる場所として格納庫のすぐ横にある宿舎の空いている部屋を借りて今日のことを振り返っていたところにクリムちゃん、じゃなくて姫様が俺の替えの服をもって部屋を訪ねてきた。

 心遣いはありがたいけど、こんなことさせるのはさすがによくない。

 レドさんやクリムちゃんがこの国の王族の一人と聞いたときはそんな風に見えなかったので心底驚いたもの。


「こんな時だからこのぐらいはしないと。それとそういう堅苦しいのも別にいいよ」

「ですが……」

「お前の方が4つも年上なんだ。もしどうしてもっていうならあたしの命令に従ってるってことで通しとけ」

「……それでしたらお言葉に甘えて。服を持ってきてくれてありがとう」

「どういたしまして」


 クリムちゃんから着替えの入った籠を受け取り中身を確認する。

 白い長袖のポロシャツに紺色のズボンと赤いフライトジャケットみたいなのが数着入ってる。元の世界の服と差はあまりないんだな。


「今日は悪かったな、色々と」


 部屋にある椅子に座ったクリムちゃんがふいに謝ってくる。悪かったって、今日のこと全部言ってるのかな。


「勝手に首突っ込んだ俺も悪いよ。銃を目の前に撃たれたのはびっくりしたけど」

「いや、あの時はああしたら話聞くかと思って……、ホントごめん」

「もう気にしてないよ。話しを聞こうともしなかったこっちが悪かったから」


 話の内容がおかしかったから勝手に父さんが仕組んだことを考えてまともに聞こうともしなかったしな。

 爆音が無かったらもっと長引かせてただろうなぁ。魔法を使われても映像技術を使った新手の手品と思い込んでただろう。


「そういえば、なんでクリムちゃんはなんであの場所にいたの?」

「あそこはコウヨウが時々滞在していた別荘みたいで失踪した後に一度確認作業はしてたらしんだけど、どうしても気になって調べてたらあの地下を見つけて、お前がいて……まあ騒いだと」


 騒いだですまない、とは言わないでおく。

 

「それは一人で調べてたの?」


 王族の一人のお姫様がそんな勝手して危険すぎないか?

 あそこ周りは森ばっかりで他に人がいる感じじゃなかったし、もし何か大事があればいけないから誰か連れてくるべきじゃないのかな?


「前にコウヨウがほかにも拠点作るのありかなとか言ってたからつい。勝手に誰かを連れてくのも引けてさ、まあ結局迷惑かけちゃったんだけど……」

「まあ、おかげで俺はなんとかなったとも考えれるし」

「……戦いに巻き込んだんだ。良くはないよ」


 申し訳なさそうな声でつぶやく。


「私がプロテクト解除出来てればあんたは戦う必要なかったし、そもそもあの男をコウヨウに会わせなきゃこんな面倒にならかったかもしれないし……」

「あの男?」

「コウヨウが失踪する前にあいつに会いたいって城を訪ねた老人がいたんだ。もちろん門番に止められてたんだけど、必死に懇願する姿が見ていられなくなって、一目だけならとコウヨウを引っ張り出して門前まで連れて行ったんだ」

「そんなに必死だったの?」

「涙を流しながらどうしても一目と必死に土下座を延々と続けるんだぞ。可哀そうになってきて……」


 老人がそこまでやったらちょっと同情しちゃいそうにはなるよな……。


「それで会わせたらコウヨウが信じられないのを見たような顔して、そいつと聞きなれない言葉で喋り始めてちょっとしたらコウヨウが老人の入城を許可したんだ」

「そんな簡単に?」

「あぁ。あんときのコウヨウは二度と会えない人に会えたようにすごく嬉しそうに連れて行ったよ」


 子供みたいに喜んでたってなんだろう、ひょっとしてその人のこと知ってたのか。

 昔、有名な研究者にばったり会った時もはしゃいでたことがあるし、もしかしたらこの世界でかなり名の知れた人が訪ねてきたとか。

 でもそれだとクリムちゃんの感想にならないか……。


「その後そいつは何度か訪れるようになったんだけどその度にコウヨウが上の空になることが多くなって、だから皆であの老人が次来たら取り調べるつもりにしてたんだけど、その前にコウヨウは失踪したんだ……」


 そんな経緯があったんだ。その上しばらくしたら父さんが造ったかもしれないロボットが使われ始めた。その老人が失踪に関わっているなら、自分のせいだって思うよな…。


「でもそんなことになるなんて誰も思わなかったんだから、責任をそこまで感じることはないよ」

「みんなそう言った。だからって簡単に割り切れはしないよ」


 言いたいことは分からないでもないけども……。


「もしリュウオーを動かせてたら、自分で戦う気だったの?」

「そのつもりだった。結局お前に任せなきゃいけなくなったけど。……そういえば、親父の提案受け入れるのか」


 レドさんの提案。リュウオーに乗って一緒に戦ってほしいって話。

 単純に戦力として、それと同時に父さんが何かしかの反応を示さないかどうか。そのための提案。


「自分から首突っ込んで今更だけど、ちょっと迷ってる」


 あの時は状況が状況だったから必死だったけど、今後もあれと同じかそれ以上の戦いをしろということだ。

 今更だろうけどあの鎧には人が乗ってるはずで、それを倒すということは人を殺すということだ。一晩で決めろと言われても中々難しい。


「なら無理はしなくていいさ。親父はともかく叔父さ、じゃなくてジュール国王は理解のある人だから提案を受け入れなくても大丈夫だ。安全だって保障してくれるさ」


 心配してくれんだろうクリムちゃんが提案を蹴ってもいいと言ってくれる。

 一般人だった俺からしたらそっちの方がいいんだろう。けども、やはりどうしても父さんのことを考えると……。


「ありがとう。もうちょっとゆっくり考えてみるよ」

「そっか。あんまり無理しなくていいからな。……それじゃあ、おやすみ」

「うん、お休み」


 軽く手を振って部屋から出ていくクリムちゃんに挨拶をする。ドアが完全にしまってから、ベッドに横になってもう一度レドさんの提案について考える。

 オルディネオって組織の使うあの黒鎧は世界の度々いろんなところに現れては街を攻撃し、人を攫っているらしい。

 戦おうにも元々機体装甲の強固さの前では通常配備されている銃火器や戦車程度では役に立たないそうだ。

 強化魔法(スレングトという名前の魔法らしい)で威力を上げればダメージを与えられるが相手も同じように強化魔法を使う上にヴィシュタイトによる魔力増幅も圧倒的に上なため生半可な強化では無意味だそうだ。

 そのために本来式典用だったこちらの使徒機(アポストラー)を戦えるように改修して使用しているが、数の不利により各地に現れる敵すべてに対応なんてできない。

 だからたとえ1機だけでも機体が増えれば多少はマシになるだろうってことだ。


「戦争、か」


 今日だってちょっとの判断ミスであっさりと死んでかかもしれなかったのに、それを何度も続けなきゃいけないとなれば怖気づきだってする。

 けど、父さんが関わっているかもしれないのに、他の人に任せて自分は怯えて匿ってもらうなんてことでいいんだろうか。

 今更ながら自分が巻き込まれたことの厄介さに頭を抱える。あの時点でこうなる可能性を考えていたんだろうかクリムちゃんは。だとしたら本当に優しい子よ。

 ああもう今日は悩むことが多すぎだよ。こういう場合は父さんは……。


「悩んだら自分のためになるほうを選べ、だったっけ……」



 ◆



「う~ん、やっぱりジエレンティーは至高だよねぇ」


 翌日。

 レドは自身の部屋でお茶を飲みながら光広が来るのを待っていた。

 その横でクリムは落ち着かない様子で椅子に座っていた。


「落ち着いてよ、そんなにミツヒロ君が来るのが待ち遠しい?」

「……そりゃ気にもなるだろ」

「それもそうだね~。果たして彼はどちらを選ぶのやら……」

「失礼します!」


 そこへドアを開けて昨日渡されたフライトジャケットを着た光広が入ってくる。

 背筋をしっかりと伸ばして二人の前に直立する。


「おはようミツヒロ君、よく眠れた?」

「おはようございます。ええぐっすりと。クリムちゃんもおはよう」

「ああ、おはよう」


 ハキハキしっかりと挨拶を交わす。

 その目には迷いのようなものは見えず、それだけで光広がどちらを選択したかは明白だった。


「……その顔は、そういうことでいいのかな?」

「結構悩みましたけど、父さんが関わってるかもしれない以上自分にできることをしたかったんで」

「おい、本当にいいんだな?」


 もう意味も無いことはわかっているがクリムは最後の意思確認をする。

 返答代わりにしっかりと頷いてから、覚悟を表明した。


「日生光広、本日より皆さんと共に戦わせていただきます!」




 ◆




 百体近い黒鎧ことルドーが立ち並ぶ少し薄暗い格納庫のような金属の壁で囲まれた場所。

 黒鎧とは別の銀色の巨大な球体を、人のように見えて顔の部分がマネキンのように無機質な存在、人形兵(ドールズ)と呼ばれる魔力で動く意思のある人形たちが整備をしている。

 球体のすぐ近くではその男はリュウオーの戦闘映像をまじまじと見ていた。


「おかしいな、この機体は僕かあの子らじゃないと動かせないようプログラム……、あの子ら?」


 あの子らとは誰だろう。そもそもなぜ自分はこの機体に見覚えがあるのだろう。

 はてはてと不思議な感覚に悩んでいると後ろから足音が聞こえてきたので振り返って確認する。

 修道女の服を身にまとった金髪の女性ベールと黒いローブを着た護衛のグレイだ。


「これはベール嬢、何かご用でしょうか?」

「新しい機体の開発はどうなっているのかお伺いしたくて来ました」

「そんなことを態々? ご苦労様なことね」

「その態度はなんだ貴様!!ベール様に対して―――!」


 無礼な態度をとったことにグレイが睨みつけてくるが、ベールは手を挙げてやんわりと止める。


「自分の目で確認したかったのです。見たところ順調そうなようで。大変でしょうが引き続きお願いします」

「はいはい了解で~す」


 2人に会釈の一つもすることも無く、いい加減な返事を返して人形たちの中に紛れて指示を出し、調整を再開する。


「奴め、ベール様を何だと思っているのだ……!」

「気にしなくていいですよ。しかし思ったよりいつも通りですね」

「そもそも本来ならばあんな態度は取れません。油断は禁物です」

「もちろん。では監視を続ける、ということで」

「御意」


 そんな2人の会話を、彼は強化した張力でしっかりと聞いていた。


(僕ってなんで信用ないのかなぁ。まあ確かに彼らの事は妙に好かないんだけどさ)


 今のオルディネオは自分のおかげという自負さえあるのにひどいもんだとため息をつく。

 特に最近はどこに行くにしても必ず誰かが後をつけてくる始末で辟易としている。


(まあ、機械をいじれればどうてでもいいんだけど)


 些細でわりとどうでもいいことでもあった。

 目の前の巨大な球体、新しい使徒機を完成させるべく彼は、日生光陽はウキウキと作業に取り掛かるのだった。


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