リュウオー出撃!
清々しいほどの青空。
3つの太陽が照らす、木々が生い茂る本来ならとても静かな丘に、似つかわしくない砲撃音が鳴り響く。
西洋式の丸みのある細身の甲冑をそのまま50mの大きさに拡大した黒色の人型のロボットが20もの数でトンプソンマシンガンに酷似した銃を撃ちつつ前進している。
チグハグした印象の人型機体がゆっくりと前進をする先には、1階建ての木の建物と、それを守るように60mほどの緑色の機体が聳え立つ。
黒い鎧のロボットと同じ人型だが全体的にどっしりとした太さがあり、腕部が4つもある。
2つの手で自身と同じほどの大きさの5角形の盾を構え銃撃を受け止め、盾の僅かな隙間より残りの手で保持している長細く四角い銃の砲身の僅かに覗かせ、そのまま少しだけ左に動かし、狙いを定めて撃つ。
ダダンと発射された2発の弾丸は黒鎧の1機に吸い込まれるように胸部に直撃する。胸部に巨大な穴が出来た黒鎧はそのままゆっくりと後ろに倒れ、爆発をする。
しかし他の機体はそれに目をくれず、何事もなく同じように撃ち続ける。
それどころかビー!という警告音がなったために確認をすれば空中が歪み渦が出来たかと思えばそこから全く同じ機体が現れ、攻撃をしてくる。
それを見ていた緑の機体を操っている茶色のロングコートを着た、250㎝はあろう4本の腕を持つ巨漢の老人、リグン・リミドは嫌そうな顔をする。
「まだ来るんかい。こっちはさっさ終わらせたいんじゃけど」
ちらりと、自身の周りを覆うモニターに映る建物に目をやる。
手間のかかる知り合いの娘がこの建物を探索しに行ったと聞いてさっさと連れて帰るためにこの機体、ゴウエンゴーを使ってまで来たらこうなるとは思ってもみなかった。
まったくとため息を吐く。その一瞬を隙と思ったのか左腕に固定された丸い盾を構えながら黒鎧が急接近してその手の両刃の剣を振りかざすが、リグンは冷静に盾で弾き体勢を崩したところに砲撃を加えて倒す。
もちろんその間ももう片方の盾で銃撃を防いでいく。だがいくら数を減らしても次から次へと機体が追加されていく。20程だったはずが、今や倍の40はいるんじゃないかと思うほどだ。
「なんだこうも送り込んで来よって!」
その光景につい愚痴が増える。しかし愚痴を言ったところで何かが変わるわけではない。
銃弾を何百発と受けてきたせいで盾はあちこちが凹み、心もとなくなっている。出来れば攻勢に出たいが、相手がこの建物を目的としている以上、下手に動いて壊されてしまったら意味が無い。もしあの娘が今も中に居ればそれは在ってはならないことだ。
(この状況を動かす何かが起こってくれんか……)
そう思った時にまたけたたましいアラーム音が鳴り響き舌打ちする。
「またワープか!」
ワープ空間の発生を知らせるアラーム音。
どこからと周囲を確認すると、自身のほぼ真上、距離にして600mほどの場所にワープ空間が発生していた。
上からの奇襲かと思ったが、ふと黒鎧達が攻撃をやめて釘付けになっているのに気づく。どこか戸惑っているようにも見えることから、向こうにとっては予想外だったのだろうか。
ゆっくりとワープ空間から出てきたものは、自身の機体と同じ大きさはありそうな、龍がそのまま人になったような山吹色の機体だった。
全身を現したそれは、背中からゆっくりと尻尾を出現させ鬣を揺らしながら空に浮く。
(使徒機!見たことないやつ!)
今まで見たことのない機体を前に警戒心を最大限に強める、が、龍は手足をわちゃわちゃと慌ただしく動かし始めたと思えばそのまま落ちていき、背中から地面へ衝突した。
とてつもなく情けないにもほどがある光景にみな呆気にとられてしまう。
その情けない事をした龍ことリュウオーの中では、光広とクリムの二人は衝突の衝撃をもろに受けてうめき声をあげていた。
「おぉ……、おえぇ……」
「げほ、はぁ……うぇ。だ、大丈夫、か……」
「い、痛…ぐぅ…」
思考制御だから簡単だと思っていたら、うまくいかず盛大に失敗をしてしまった。
痛みと恥ずかしさが襲うが、太陽が見えたことから無事に外に出たのだろうと、痛みを我慢して状況確認のためにモニターを見て驚く。
前には壁のようにずらりと何十体もの黒い鎧が、後ろには緑色で4本腕のゴリラっぽいロボットが、それぞれどでかい大砲と銃を構えている。
(なにこれ挟み撃ち!?)
まさかの事態に大慌てをしてしまいそうになるが、どちらからも撃ってくる気配がしてこない。
こっちの様子をうかがっているのだろうか?そう思ったところで、クリムが緑色のロボットを見て叫ぶ。
「あれってゴウエンゴー!?リグ爺なのか!」
「リグ爺!?知り合い!?」
「私の教育係だよ!ちょっとこれ通信装置とかないの!?」
「お、おうちょっと待ってろ!」
クリムに急かされ通信関連の物が使えないか試してみる。
するとモニターに『ゴウエンゴーにリンク 通信可能』の文字が浮かんだので、通信するよう念じるとモニターにリグンのゴツイ顔が現れる。
「通信……リュウオー?その使徒機の名前か!?誰じゃお前!?なんでこっちにコンタクトできとる!?」
「や、ちょっとこれは……!」
矢継ぎ早に質問してくる老人にたじろいでしまうが、そこにクリムが割って入ってくる。
「それは後回しだリグ爺!戦いの最中だろ!?」
「は?姫ちゃん?何しとるんじゃそこで!?おうこら小僧お前なんで姫ちゃんがそこにおる!?ワレ何をしてるかわかっとんのかぁ!!」
「だから今そういう場合じゃないって!!」
「あ、あのリグさん?この子とはついさっき出会ったばかりでして、決してやましいことは」
「なにぃ!?やましいことしたんか貴様……とっ!!」
会話途中でゴウエンゴーがリュウオーのすぐそばに駆け寄る。
そのままかばうように盾を前方に構える。それと同時に盾に銃弾が降り注ぐ。動きを止めていた黒鎧達が再び攻撃を開始し始めたのだ。
「明らかにそれを狙って!?姫ちゃん!そりゃあ一体何なんだ!?態々オルディネオが大群送ってくるぐらいなんか!?」
「コウヨウが造ったのだよ!それが狙いなんだろうさ!」
「あいつの!?なるほど道理で……!」
「ちょっと、俺を置いて話を―――!」
『ワープ反応デス』
勝手に話を進めていく二人に割って入ろうとしたところに、機体の音声から知らせが入る。
何事かと慌てて確認をすると、上空にいくつかの渦があり、少しずつ大きくなっていく。
「あれは!?」
「奴らまだ送ってくんのか!?」
「やる気ってことか!」
二人の反応からさっき攻撃してきた奴らが来るのを察した光弘は、このままの体勢ではまずいと、機体を立ち上がらせようと試みる。ゆっくりとであるが立ち上がっていき、ゴウエンゴーに隠れるような体勢になる。その間に何かを考え込んでいたリグンは、光広に提案をする。
「おいお前 そいつで戦えるか!?」
「え!?た、多少は動かせるかと!でも―――」
「なら逃げ回ってもいいからなんとかせい!姫ちゃん!あとは頼む!」
「サポートって!?」
「そいわけじゃから、よろしく!!」
言うが早く、ゴウエンゴーの手が光り緑色の文字の書かれた円状のものができたかと思うと手の中に手りゅう弾のようなものが現れる。
それを敵めがけて投擲する。砲撃をしていた黒鎧達がそれを避けるように動くが、予想と違い爆風などではなく強烈な光が発生する。
その一瞬を突くように、盾を地面に突き刺し機体を鎧達の方へ跳躍させつつ、下方にいる敵目がけて銃を乱射しまくる。
銃弾を喰らい混乱している敵陣のど真ん中に突っ込んだところで持っていた銃を手近な相手にたたきつける。と同時にゴウエンゴーの両隣に空間に先程と同じ緑色の文字の書かれた円状のものが現れ、そこから80mはあるだろう、巨大なハルバードが2本現れる。銀色の刃が赤くなり刃を赤い炎が纏う。それを相手に振り下ろすせば敵の体がドロリと溶けながら切断される。
自分たちの中に突っ込まれたためか、銃での攻撃をやめ剣を手にして襲い掛かるが、リーチの差もさることながら、斧で剣を弾きあるいはすべて躱すゴウエンゴーに傷一つつける間もなく倒されていく。
「あんなごつい機体で……」
「さすがリグ爺!」
実力差を見せつける圧倒的な戦いに感嘆する。だが見惚れている場合ではない。
渦から次々と黒鎧が丘を覆い隠すかの如く出始めたのだ。計測できた数だけでも80はいる。その光景にクリムは息をのむ。
盾の後ろにいるとは言えすでにぼろぼろの状態のものではすぐに壊されるだろう。
「こんな数を送ってくるのか。おい、どうにかできそうか!?」
「分からない!操縦方法は父さんの作ったゲームと同じだけど、感覚がだいぶ違う!」
彼の父親の作ったゲームは、箱型の筐体に入って遊ぶタイプのゲームであり、椅子の動きを用いるのはもちろん、専用のヘルメットを通して脳に刺激を与えて体に負荷があるかのように感じさせる。
当然光広もそのゲームをやっているのでその感覚はわかるのだが、本物のロボットを動かしたことで所詮はゲームを楽しむためぐらいのものでしかないことを思い知らされた。
落ちるまで、落ちた際、そして立った際。その時の体に感じたものすべてがゲームよりもずっと重かったのだ。
こんなものを仮に先程のゴウエンゴーと同じように動かせそうにない。
小さいころから兄の付き添いでランニングや簡単な筋トレはしていたが所詮ただの学生でしかない彼にあれほどの激しい動きが出来る自信は無かった。
「じゃあどうする!?リグ爺は向こうで手一杯だぞ!?」
「動かなくて大丈夫な武装……、俺の知ってる通りならいいんだけど、使える武装は!?」
『使用可能武装表示シマス』
光弘の指示に従い、自身の顔の前に小さなディスプレイが表示される。
『腕部350㎜プラズマ連射砲3門、龍炎拳、龍玉光は1度のみ使用可能。ソノ他ハ調整中デス』
「ありがとう!クリムちゃん、あの鎧のコックピットどこか分かる!?」
「胸部部分だ!」
「分かった!AIさん、コックピットを外して狙える!?」
「いや待て待て!そんなことしてる暇あるか!?」
この状況で何を馬鹿な事をと憤慨するが、次の言葉で意味を理解する。
「さすがに人を撃つわけにはいかないだろ!?」
「人……、ああそういう!安心しろ、あれは実質無人だ!」
「どういうこっちゃ!?無人機ってこと!?」
「だいたいそういうこと!」
正確には違うが同じようなものなのでとくに訂正をせず答える。
この状況でよく相手を気遣おうと思うと感心すべきが呆れるべきがは戸惑う。
だがそんな思考は機体を襲う衝撃で消え去る。
何事かと前を向けば盾が完全に破壊されてしまったために銃撃が通ってしまったのだった。
しまったと思ったが、機体に当たる音はすれど壊れるような音がしない。
『ダメージ0。問題ゴザイマセン』
「マジ!?」
かなりの数の攻撃を食らっているにも関わらず、モニターにはどこかが破損したという報告は一切ない。
一体どのような装甲なんだと驚愕するが今回は好都合だ。
「プラズマ砲で自動迎撃!その間に龍玉光の準備を!」
『了解』
両腕を前方に突き出し前腕部分の装甲がスライドして3門の砲が展開される。
そこから青白いプラズマの弾が連射される。
最初の数発こそ盾が防がれるも次々発射されるプラズマ弾に耐え切れず盾は融け本体に直撃、全身に穴をあけながら倒れる。
しかしいくら倒しても敵は次々と転移してきて減る様子がない。
とにかく急がねばと集中するが、いつの間にか真横に接近していた敵が剣を振り下ろそうとしていたことに気づかず―――。
「"盾魔法"!!」
だが攻撃が届くよりも早くクリムが叫ぶとリュウオーの横にに赤い半透明な魔法陣が障壁になるように現れて増えぐ。
それで気づいた光広は障壁により体勢を崩した敵へプラズマ砲を当てて撃破する。
(あ、危なかった!あの壁がなかったらどうなってたんだ!?)
防御用の魔法なのだろうか。画面映し出されたまさに魔法といったそれの凄さに驚く。
「ありがとうクリムちゃん助かった!」
自分の対応の遅れを救ってくれた少女にお礼を言うために少し後ろを振り向くが、なぜかクリムは手を前にかざしたまま呆けた顔をしていた。
「どうしたの!?」
「い、いや何でもない。それよりも早く攻撃を!」
「分かった!」
彼女の反応に疑問を感じたが、壁が守ってくれているこの時を逃すわけにいかない。
(頼むから成功してくれよ!)
アニメで見たリュウオーの記憶を思い出しながら、頭部の宝玉にエネルギーを送るイメージをする。
体から機体のコックピットに転移をした時のような何かが使われ宝玉へ流れ込んでいくのを感じる。ディスプレイに表示されるエネルギー充填率のゲージが一気に上昇していく。それに呼応するかのように鬣が靡き、機体の周囲に黄色い電流が迸る。
黒鎧達がそれを見て慌てたかのように銃撃をしながらリュウオーに近づいてくるが、銃撃はおろか機体そのものもすべて魔法の壁に阻まれる。それをどうにかしようとさらに攻撃を仕掛けるがすでにリュウオーの準備は整っていた。
『魔力及エネルギー規定量充填完了。龍玉光発射可能』
「行くぞ!龍玉光、拡散発射ァッ!!」
宝玉が光り輝く。瞬間、何十もの青細い光が放射状に放たれる。
咄嗟に盾を構える黒鎧もいたが、そんなもの存在しないかの如く光線が貫いていき、さらに後ろにいた機体にもそのまま貫通していく。
上空に逃げ出す機体もいるが攻撃速度と範囲の広さのせいもあり間に合わず爆散する。
そのまま機体の向きを変えながら周囲の敵を次々と貫いていく。
『エネルギー0%。攻撃終了』
その言葉と共に光がおさまった時には、目の前にいた敵はすべて破壊され、木が茂っていた大地は消し飛びいくつもの巨大なクレーターが出来上がり、溶岩のようなにドロドロとしている。
100以上はいたはずの敵が消えたことはもちろん、目の前の光景にクリムは絶句してしまう。
それはすでに自分の方の敵をを終え加勢をしようとしたリグンも同様であり、またなぜ敵がここまで大量の機体を差し向けたのかを理解した。
「コウヨウめ、あんなもんこっそり作りやがって」
知り合いの隠していた物に呆れ、しかしその力が敵に回らなかったことにほっとする。
一方で光広は倦怠感に襲われながらもモニーをじっと睨み、他に残っていないかを確認する。
『敵反応ゼロ。ワープ空間ニヨル増援モ認メズ』
音声が索敵の結果を告げる。その言葉にふぅと安堵のため息を漏らす。
ロボットを動かしたことや戦闘を行ったことからの疲れがどっと溢れ、だらしなく体勢を崩す。
「めちゃくちゃな技じゃないか……」
「こいつの必殺技その1だからね。ここまで再現されているとは思わなかったけど……」
「敵も狙うだけあるのぉ」
近くに来ていたリグンから通信が入ったため、慌てて背筋を伸ばす。
「そんなかしこまるな。さっきは悪かったな。まあ色々聞きたいことはあるが、ここじゃなんだしついてこい」
そう告げてゴウエンゴーは背を向けると、ふわりと浮いて動き始める。慌てて自分も同じようなイメージをすると、リュウオーも同じように浮遊をし始める。向こうと比べるとふらふらしているものの、どうにかついていけそうだった。
「どこへ行くんだ?」
「あたしたちの住む街だよ。ついていけば大丈夫さ、悪いけど操縦頼むよ」
「わ、わかった」
魔法に巨大ロボットなんてのが当たり前に使われる。どう考えても自分のいた世界で起きてることだとは思えない。そんなところで父が何かに巻き込まれている。
どうなるのだろうかと一抹の不安を抱えながら、ただついていくしかなかった。