始まり Ⅱ
父さんの造った機械から光が溢れた。
突然の事態、しかし明らかに俺のせいで不具合を起こしたということだけは理解できた。
爆発するっ!?
試作していた機械が小規模な爆発を起こす光景を何度も見させられてきた。
それらは火事になるとか家に穴が開くとか怪我をするとかの事態になることはなかったが、部屋半分を埋め尽くす機械なら話は別になるはず。爆発の規模は俺の知っているものより大きいに決まっている。
意味がなくとも少しでも自分への影響を少なくするためにとっさに腕を顔を守るように前に出し、身を縮め、衝撃に備え足を踏ん張る。
そして、目を閉じていても分かるぐらいの強烈な光が襲う。
……。
………………。
…………………………あれ?
しばらく経っても、これといった衝撃どころか音すらしない。それに、光も無くなったような気がする。
身を守るようにしていた体勢を崩し、恐れ恐れに目を開ける。
だが、目を開けてもどういうわけか部屋が真っ暗で何も見えなくなっていた。
……いや待て、部屋が真っ暗?
確かに父さんの部屋のカーテンとかは閉まっていたけど、外の光が隙間から漏れていたんだぞ?仮に家の電気が全部止まったとしても真っ暗になるなってありえない。
それに、なんだか部屋がやけに広く空気も違う気がする。
とにかく明かりが欲しいのでポケットの中から携帯を出してライトをつけようとして気づく。
「圏外!?」
携帯に表示された文字に目を疑う。
光ったせいなのかと思ったがいくらなんでもそんことあるだろうか?
気を落ち着かせつつ携帯を操作しライトを点けて前にかざす。
だが、照らした先にある光景は配線と機械で埋め尽くされた父さんの部屋のものでは無く、人工的に造られただろう石の壁が目の前に広がっていた。
「……どういうこと?」
あきらかに今までいた部屋とは違う、別の場所。
左右を見ると、壁際にいくつか机があり、パソコンやよくわからない機械が置いてある。上の方を見上げるとかなりの高さのところに天井があり、球形の電灯らしきものがぶら下がっている。
倉庫のような場所なんだろうか。ならここは誰か出入りしているのだろうか。
どこかに出入り口とか、人とかいないだおうか。
こんな意味不明な状況なもんだから、とにかく人に会って安心感を持ちたい。
そう思いながらまず後ろを振り返ると、だいたい10mほど離れた場所に何か山吹色の巨大な物があるのが目に入った。
何だろうと思いと確認すると、足の裏のように見える。この距離からでも分かるぐらいに大きく、指先の部分が鋭く尖っている。
興味がわき近づいて横に回りながら移動していくと足首が見えた。そこから目の前にあるものが横の倒れた状態というのが想像できた。
こんな状況なのに、気になって全体を確かめようとする。
足首からふともも、ふくらはぎと人間と同じような構造になっており、よく注視してみると表面はウロコを思わせる造りになっている。だんだん胴体だろう部分まで到達すると、おそらく胸の部分あたりから上下に並行して板らしきものが2枚出っ張っている。
人型のように思える謎の物体だが、どこか見たことがあるような気がする。それも小さい頃に。
ふと目の前に階段のようなものが現れた、と思ったが実際は3mほどの高さの移動式階段だった。
ちょうどいいやと固定されていることを確認してから登り、落ちないよう気を付けながら、上からライトを照らして物体を観察する。
照らして見えたのは龍の頭だった。
額には赤く丸い透明な宝石のようなもの、それを挟むように鋭い角が斜め後ろに向かって付いている。後頭部からは赤い鬣を模した物が伸びている。
東洋の龍を模したかのその顔は、恐ろしくも見えるが、神々しさと勇ましさを感じさせてくれる。
それを見た瞬間、子供の頃の記憶がよみがえってくる。
「これ、シンリュウオー……、じゃなくてリュウオーか?」
超龍機シンリュウオー。
小さい頃にやっていたロボットアニメの前半の主人公の機体として活躍していた『リュウオー』と呼ばれる黄龍を参考に黄色を基調としたデザイン機体と見た目がそっくりなんだ。どうりで知ってる気がしたんだ。
いやぁすっきりした。あれほど好きだったアニメの機体を思い出せないなんて。でもこれでここが日本のどこかということは可能性は高くなったな。
言っちゃなんだがリュウオーなんてマイナーアニメの機体をわざわざ造ろうとするのなんて、物好きな日本人ぐらいのもんだろう。
しかしこれを造った人は凄いな。確か50mぐらいの大きさがあるはずなんだけど目測でも等身大ぐらいあるし、材料が何であれ時間とか労力とかめちゃくちゃかかるだろうに。
ここにいれば今すぐ握手をしたいぐらいだ。
ひょっとしてあの胸辺りで出っ張てた板の部分はコックピットハッチなのか?コックピットも再現してるのか?
やばい、こんなときなのに興奮してきた。昔大好きだったロボが目の前にあるのがこれほど感激だ。
感動をそのままに階段を下りて、近づいてもっとよく観察しようとしたら周りが突然明るくなった。何がと上を見上げると電球が光っている。
自動で付いたのだろうか? でもおかげでリュウオーがよく見えるように―――。
「Eamo!!」
「うぉっ!?」
背中付近で誰かが叫ぶ声が響いた驚き振り返るとと、赤色の髪で褐色の女性が俺を睨みつけるように立っていた。黒い、どうみても拳銃と思わしきごつい物をこちらに突き付けながら。
「ed Okok wo inanurietihs!」
な、なんだって?この人何語を喋ってるの!?てかあれ拳銃!?も、モデルガンじゃなくて!?あれですか一般人立ち入り禁止の場所的な場所で俺は不法侵入者なんでしょうかそもそもここ外国だったの俺悪くないですいや話しかけてきてくれてますけど言っている意味がわかりませんお願い睨まないで美人が台無しですよ銃を近づけないで怖いから助けて命乞い!!?
「アイムノットエネミー!! アイムノットエネミー!! ノーデンジャー!!」
お願いです通じて英語です世界で一番ポピュラーな言葉だぞ!?
必死に願いが届くように何度も叫びながら土下座をすると、女性の顔がきょとんとしたような表情へと変わり、銃も下に向けてくる。
これは、言葉が通じてくれたのか?そうならいんだけど……。
女性の態度のおかげで少し気持ちに余裕が出来た気がしたので、少し女性の様子を見てみる。
背は俺の胸ぐらいまの高さで、赤い髪を後ろでシニヨンのように纏めている。
特徴的な輝く金色の目、顔つきは幼さを残した感じでとても可愛らしい感じだ。
白い長そでのワイシャツに青いジーンズのようなズボン。腰には右に銃を入れるホルスターらしきものと、左に小さいポーチ。
女性というか少女という感じだ。手の小ささに似合わないごつい銃がすごく不釣り合いだ。なぜかほほえましく感じてフフッと笑ってしまった。
そのせいだろうか、少女は再び警戒するように睨み銃を構えなおして、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
まずい。怒らせてしまったんだろうか。
少しずつ距離が縮まってくる。銃を向けられている以上迂闊に動くこともできず、どうされてしまうのかという緊張で口が乾いていく。
ついに銃口がぴたりと体にくっつきそうになるまでの距離に縮まった。
「……………」
「………」
お互いに沈黙を保ったまま。少女と向かい合う。
しばらくどちらとも何も行動を起こさず、ただただ時間が過ぎていく。
5分、10分、あるいそれ以上は経ったんじゃないかというところで、少女は銃を構えるのをやめ、ホルスターに入れる。そのままポーチの方を開けて中から何かを取り出して、手のひらに乗せて俺に見せてきた。
小さいな青い宝石が付いた、見た目からしておそらくイヤリングだろうものを2つ。
これはと不思議に思っていると、少女はそれを耳に近づけてつけるジェスチャーをする。
もしかして、それを俺にしろということ?そういう意味を込めて同じ動作をすれば、うんとうなづいて俺にイヤリングを渡してきた。
一体何の意味がと思うが、わざわざ渡してきた以上何か理由があるんだろう。そう自分に納得させ、穴をあけるタイプじゃないのを確認してからイヤリングを耳に着ける。
…………。
…………?
「どういうこと?」
「良かった、ちゃんと反応したぁ」
「うわぁ!?」
たまらずつぶやくと少女から言葉が返ってきた。
というか、ちんぷんかんぷんだったこの子の言っていることが分かる!?
「え、いやなんで、さっきまで!?」
「落ち着いて。あなたに着けてもらったのは言語翻訳魔法をセットした魔法道具です。それで私の言葉があなたになじみのある言葉に翻訳されるんです」
へっ?言語翻訳?このイヤリングが?
いや、こんなので着けたぐらいで簡単に言葉の壁を越えれるはずがないだろ。いくら俺が馬鹿でもそれは不可能な……ん?
「魔法道具?」
「はい。まだ試作だからしょうがないかもしれません。たまたま持ってて正解でした。それにしてもあなたはどのようにしてこの場所……あれ、あなた……」
「ああ、なるほど、そういうこと。父さんですか?」
「うん、よく見ると面影が……、父さん?」
「ええそうです。父さん考案のドッキリですか?」
それ以外に考えられない。
魔法道具だなんてファンタジーな単語が出てきてくれたおかげでようやっと頭が冷えた。
どこの誰が、に関してはどうせ父さんが絡んでんだろうな。たまに変なサプライズと称して人を驚かしたりするし。
そういや高校入学してから鍵閉め以外であまり家に帰ってなかったな。一応電話はしていたけどそれほど長く話したりしてないし、もしかして寂しかったのかな。
ありえる。兄さんが大学寮に入るって言ったらものすごい勢いで泣いてた人だ。自分は平気で家を空けるくせに。
しかしドッキリのためにここまでのセットを作るとは……。父さん、おそるべし。
ならこの子も父さんに巻き込まれた子なのか。そう思うととても申し訳ない気分になる。
「えぇと、もしなんですけど、父さんが君にこの茶番を頼んだんだとしたら、ほんとごめんね。時々突拍子もないことをしちゃう人でさ。こんなことにつき合わせてすみません。あ、でも演技は本当になかなかだと思いますよ」
「いや待って、何か勘違いしてない!?」
「別にもう大丈夫ですよ続けなくても。いやこのセットの準備はなかなかですよ」
「ちょっと、人を置いて納得しようとしないでよ!畜生!その悪そうな目つきに勝手に納得しようとするところ、やっぱりコウヨウの話してた息子のどっちかだな!?まったく親子揃って……!!」
コウヨウ、光陽って、父さんの名前じゃん。やっぱり知り合いだったのか。うん、ますます父さんの仕込み説濃厚になってきた。
こんな外国人の子を雇ってまでやるなよ。しっかし、この子さっきと比べて随分と乱暴な口調になってきたな。こっちのが素なのかな。
「あの」
「うるさい!信じないだろうけどあんたに説明するから黙ってなさい!さもなくば!」
言うや否や腰にしまっていた銃を横に向け、引き金を引く。
バァン!とけたたましい音が鳴った。
「ぶっ放す!!」
えっ、えっ、嘘なんかとても偽物と思えないような感じなんですがまさかの本物!?ドッキリのためにここまでやる!?
「わ、わかったから、落ち着いてください!」
「本当だろうな!?いちいち口挟まないな!」
「聞きますから!だから顎に銃口押し付けないでくれますか!?」
「……よし。それじゃあ説明する。でも後ろの使徒機について皆に報告しないといけないから先に連絡はさせてもらうぞ」
あぽすとらー? また知らない単語が出てきたんですけど?
場所が変わったり魔法がどうとか本物の銃だとか。どういうことなんだよ。
「あ、あのさ、一体、どういうことなの? 俺、変なことされないよね?」
「大丈夫よ。混乱して泣きわめいたりしたらちょっとどつくかも―――」
その時、地響きのような巨大な轟音が倉庫内に響き渡った。