始まり Ⅰ
超龍機シンリュウオー。
魔力を動力源とした巨大ロボットを操り、世界征服を企む悪の組織の野望を阻止すべく立ち向かう正義の主人公たち、という単純なストーリーのロボットアニメ。
単純なストーリーでそこまで人気が出たわけではないがそれでも好きになる人はもちろんいた。
日生光広もそういった子供の一人であり、自称科学者な父や5歳年上の兄と一緒に毎日欠かさずリアルタイムでアニメを見たり、おもちゃで遊んだりしていた。
特にお気に入りの主人公のロボットのおもちゃを父に見せては同じものを作ってほしいとねだったものだ。
もちろん彼の父はどうあがいても造れないことぐらいは分かっているが、息子を悲しませたくないので「いつか必ずな」と一応の約束はしておいた。
兄は空気を読まずにできるわけないと弟に言っていつも怒らせていたが。
そんな子供たちも成長をしてそれぞれ家を出て寮暮らしをしながら学校に通っていた。
父はそれ幸いにと研究のためと家を長期間開けて旅をするようになったがたまに家の電気やテレビ、機会をつけっぱなしにしたまま出ることがあるためそのたびに子供のどちらかが戻る羽目になっていた。
今回もいつものようにお隣さんからの知らせの連絡で戻ったのがきっかけだった。
◆
高校1年の夏の日。
電車に乗って1時間、駅からバスで1時間。
今日、俺は2階建ての実家に帰ってきた。理由は、ご近所さんから1本の電話。
俺の家に回覧板を持っていったら、ドアが開きっぱなしで中に誰かがいる様子がないという、またかと思う内容だ。
科学者を自称している父さんはとにかくいろんなものを自分なりに発明している。
誰もが夢見た物から使い道不明のヘンテコな物まで、あれこれと開発をしている。
残念ながら成果が実ったことは無い。作業場が一般的な家の1室を改装してだけの場所だから無理もないのかもしれないが。
数少ない成功例は、様々なタイプのロボットによる対戦ゲーム。
箱状のゲーム機の中に入って思考制御によってプレイするというシンプルなもので、映像、振動、体にかかる負荷などが、本当にロボットを操縦しているんじゃないかと錯覚させられるほど。
特に障害で五感を失った人でもその感覚を味わえるという情報が広がっていった結果、世界大会が開かれるほどの人気ゲームとなった。俺もばっちり遊んでいる。
その技術を発展させて医療や軍事などでも利用されていったこともあり、お金に関してはどうにか困ることなく生活は出来ている。なぜか父さんはそのことに渋い顔をしているが。
しかしそれで満足できないのか新たな発明品作成に日夜作業に没頭している。
俺たちが成長して四六時中居なくても大丈夫になってくると、突発的に旅をしては1ヶ月帰ってこないなんてことが多くなってきた。
別にそれ自体は構わない。好き勝手に行動するのは慣れているし、そういう熱心さが息子として嫌いじゃないが家を空けっぱなしにするのだけは勘弁してほしい。
電気も消さず、窓も閉めないままの家を見て、呆れる。
今は兄さんは大学の、俺は高校の寮にそれぞれ住んでいるため、父さんが居なくなってしまうと家は完全に無防備状態になってしまう。
最初は警察に連絡をしたりもしていたが、あまりにも頻度が多すぎるため最近はそのようなことも無くなってきている。
こればっかりは勘弁してほしい。
ご近所さんにお礼とお土産を渡したのち、家の中に入り部屋を一つ一つ確認していく。
一応父さんがいないかどうかも見てみるが、もちろんいない。
1階のあちこちに散らばっている資料や名前も分からない工具、放置しっぱなしのごみをいつも通り片付ける。
通帳や印鑑などの絶対に無くなってはいけない物がちゃんとある。
あらかた1階の片づけが終わったら、次に2階の方へ。
自分の部屋、兄の部屋は前に帰ってきた特から変わった様子は無し。
あとは父さんの小さな研究室を見るだけと、ドアを開ける。
「……なんだこりゃ?」
そこで一番最初に目に入ったのは、中央で部屋の面積を半分も占拠している2つの透明な筒状の何かだった。
天井にぶつかりそうなほどの高さでそれに上から下まで色とりどりの配線でびっしりと繋がれており、稼働をしているのかグオングオンと音を立てている。
父さんが新しく開発した機械だろうか。いやでも目立つそれを足元に散乱している資料や配線を避けながら観察をしていく。
頑丈そうなガラスのような筒が2つ、2メートルほどの間隔で設置されている。
取っ手のない扉のようなものもあり「OPEN」と書かれた緑のボタンと「CLOSE」と書かれた赤のボタンが付いている。
そういうことなんだろうなと思いながら緑のボタンを押すと、予想通り透明な部分が左右に割れる。やっぱりドアの開閉ボタンだった。
「人が入る機械……、でいいんだろうか」
用途は分からないが、何となくそんな気はする。
またとんでもないもので開発していたのだろうか。危険なもんじゃないよな?
とりあえず放っとこう。それよりも行方の分かるなにかは無いだろうか。
父さんの部屋の中に、今回いなくなった理由やどこに行ったかの手掛かりがないか探してみる。
まずは部屋に隅の父さんが普段使っている机に置いてある本をパラパラと捲り、手掛かりがないか確認する。
……。
………。
…………。
びっしりと計算式を書いてはバツ印で消されたノートばっかりでさっぱり分からない。
兄さんなら見れば理解できるかもしれないが、残念ながら俺の知能ではヒントにもならない。
こりゃあまた帰ってくるまでどうしようもないかなと思っていると、1冊だけちゃんと言葉が書かれたものがあった。
日付が左上に書いてことから、研究日誌だろうか。
何かないかと捲っていくと、最後の方に気になることが書いてあった。
『6月×日
やっと物質転移装置の試作型が完成した。
資料がほとんど消失して開発できる希望なんてごく僅かだったけど、新たなエネルギーのおかげでどうにかなりそう。
しかし改めてこの世というのはなにが起こるかわからない。人間にこのようなエネルギーが存在するなんて、マンガみたい。気分転換で造った宝石もどきでこんな結果になるとは神秘というべきか。これも日ごろの行いのおかげかもしれない。
さておき、これより稼働実験を行う。
昨日捕まえたゴキブリくんに協力してもらい、安全性を確かめる。さすがに自分の体を使って実験なんて危険すぎる。
実験が終わり次第、結果を次のページに記載をする』
「物質転移装置……?」
これまた随分とSFチックなものが出てきた。
明らかに無謀そうだけど、未知のエネルギーがどうとか書いてることから、ひょっとしてマジで実現させたのか。
次のページを捲ってみるが、何も書かれておらず、それ以降も白紙だった。
……まさかと先ほどの機械を見つめる。
この日誌の内容と、電源が切られることなく静かに稼働をしている機械。
つまり、そういうこと?
稼働させたら失敗をして、それに巻き込まれて父さんは―――。
「いやいや、考えすぎだよ」
いくらなんでも思考を飛躍し過ぎだ。
結局うまくいかず、何かを求めて家を飛び出して旅に出た。そっちの方が可能性が高いと自分に言い聞かせる。
そもそも転送装置なんて1個人が開発するなんで不可能だって。
これは研究がうまくいかなくて自分の中の妄想を書きこんだけだ。
未知のエネルギーが人間から出せるなんて、馬鹿馬鹿しいにも程がある。あれだ、睡眠不足か年のせいとかそんなあたりだ。
きっとそうだと自分に言い聞かせるようにしながら、ついまじまじと見ていた機械をバンと叩いてしまう。
ヴォン、と音がして、機械が大きな音を立てる。
「……え?」
非常に間抜けな声を出た。
何事と理解が追いつく前に、機械から放たれる光が一気に部屋全体を照らして―――。
◆
「……?今なにか変なことした?」
「するわけない」
どこかでのこと。
灰色のローブを着た大男が茶色いつなぎを着た白髪交じりの黒髪の男性と会話をしている。
「下らん事を言ってないでとっとと調整を完了させろ。いつまでかかっているのだ」
「あのね、あれこれ要求するせいで君が思っている以上に大変になっちゃてるの。黙ってくれないかな?」
「いちいち口答えをするな!とにかく! さっさと完成させろ!分かったな!!」
チッとわざと聞こえるように舌打ちをしながら男はこの場を立ち去る。
そんな男を彼は冷めた目で見ながら、先ほど自分が言った言葉を思い出す。
(それにしてもなんであんなこと言ったんだろうか。さっき感じた、変な胸騒ぎのせいかな……)
ほんの少し前、何かが『この世界』に来た。
何故かそう思った瞬間、ふと先程の言葉がでてきた。
一体、自分は何について語ろうとしたのだろうか。
(……悩んだって答えはでなさそうだ。それよりも今こいつだね)
どうせ考えたって意味がないことをし、巨大な人型の何かに視線を向けつつ、作業を再開するのだった。