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ずっと傍に

 「…時吉殿はお帰りになられたのね」


 藤姫がふと現れて、俯いてしゃがみこむ僕に声をかけた。


 僕が声のした先を緩慢な動作で見上げると、藤姫は軽く一笑した。


 僕もそれにつられ、仄かな微笑を返す。


 「…ああ」


 言葉少なに答えれば藤姫は僕の隣に座り込んだ。


 「あら、何かあったの?」


 藤姫は細い左腕を伸ばして僕の髪を優しい手つきですきながら訊いて来る。


 きっと、解っているはずなのに、あえて僕の口から聞こうとする。


 僕はされるがままに何も言わない。


 ちらりと横目で目をやれば藤姫はふふ…と困ったような顔をしていて、空いている右手で僕の手を握りこんだ。


 「…言いたくないなら無理には訊かないわ。私は和紗が一番大事ですもの。それに、私が知らなくてもいいこともあるはずよね…」


 「……でも、藤姫は知りたいから訊いたんだろ?」


 「ええ。どうして、泣いたあとがあるのか気になって」


 僕は藤姫のからかいの混じった声に頬が赤く火照るのを感じた。


 だが、もう見られてしまっているので今更隠そうなどと無駄な抵抗はせず潔くおもてを上げ、藤姫を真っ直ぐに見つめた。


 「僕はね…藤姫と一緒に居たいんだ。だけど約束を、親友と交わした。いつかむこうの世界に帰るって、それまでここで頑張るって」


 「うん。私はそれまであなたの傍に居るわ…寂しくないように。時吉殿と和紗はお友達だったのね」


 「僕は忘れてたんだけど、時吉は憶えてくれていて…それを許してくれたんだ。僕が『それを望んだんじゃない』からってさ…。ほんの少しの間だったけど、とても楽しかった。とても懐かしい感じがした」


 僕がとつとつと喋るのにあわせて、藤姫は相槌を打ってくれた。


 それが「ああ…ちゃんと聞いてくれてるんだな」と、僕を嬉しくさせる。


 自分のことのように聞き入ってくれている。


 「時吉殿は和紗と再会できて、嬉しかったのね。…『この世界はあなた次第で抜け出すことも可能になる』と、前に言ったでしょう?だから、もし和紗がまた親友と会いたいと強く思ったのなら、道は自然に切り開かれるでしょうよ」


 「…そう、かな」


 力弱く笑む僕とは裏腹に、藤姫は力強く頷いた。


 「ええ。私はそう思ってる。貴方が真実それを望むなら、きっと可能なはずだから」


 「――そうだね…ああ。物事は前向きに考えたほうがいいっていうしな」


 「時吉殿は強い心の持ち主なのね…滅多に来られない世界にまで来てしまうほどの、強い友情。和紗は良いお友達を持っていて羨ましい」


 「何言ってるんだ…僕と藤姫だって友達じゃんか。それに『殿』って藤姫…」


 「ぁ…ごめんなさい。つい昔のクセで、気づかなかったわ」


 「本当にお姫様だなぁ〜、藤姫様は。さすが『姫』がつくだけあるよ」


 「……しょうがないじゃない。本当に姫やってたし、これは父上が考えてくださった大事な名前ですもの」


 「…別に悪いって言った訳じゃないんだけどなぁ…ごめんね。まぁ、でも、ありがとう」


 そう言えばきょとんと、藤姫は僕を見つめ返した。


 「何故…どうしてお礼を言われるのかしら?」


 「僕の傍に居てくれて、ありがとう」


 藤姫が息を呑む。


 僕がその様子に破顔すれば、藤姫は泣き顔に似た微笑を浮かべて言った。


 「何言ってるの…これからも、和紗が私と同じように望んでくれるなら、いつまでも傍に居るわ。ずっと、ずっと…」


 その言葉に胸が少しだけ痛んだ。


 どうしてなのか解らないけれど、藤姫が寂しく見えた。


 



 なんて優しい人なのだろう。


 僕を包み込んでくれる人は確かに暖かいけれど、とても寂しくて寒い処に留まっているんだなと、無意識に察してしまった。


 ねぇ、鈴。


 君は今も僕を呼んでいてくれているけれど、君は寂しくないのかな?


 もし、寂しいのなら、ごめんね。


 目の前にいる藤姫はどこか君と似ていて時々、つらそうに顔を歪める。


 僕はこの人に与えてもらうばかりで、甘えてばかりだ。


 僕はこの人に何かしてあげられるだろうか。


 藤姫の寂しさの理由は分からないけれど、僕が傍にいることでそれが少しでも柔らけば…少しでも埋められるのならいいのに。


 鈴や時吉のいる世界にはまだ当分戻れないよ。


 藤姫を独りにはしたくないから。


 どうして『独り』と決め付けられるのか自分でも説明できないけれど、この人は長い間孤独だったんだと思った。


 だから、貴方が望むのなら僕はずっと傍に居てあげる。


 それなら、寂しさだってもう生まれはしないはずだから。


 だけど、約束は少し先延ばしになっちゃうね――。


 


 



 

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