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また会う日まで

 

 時吉は僕を、懐かしむような顔で見ていた。


 僕は更に訳がわからなくなり…でも、無意識に何かを察していた。


 だから、渇いた唇を舌でしめらせ、口を開いた。


 もしかして、時吉は…――。


 それは少し前の予感だった。


 「…時は、僕のことを知っているの…か?」


 僕は剣呑に目を細めて、目許を和ませている時吉を見る。


 心臓がうるさくバクバクと鳴っている。


 僕がどうなんだと、息を呑む中…時吉は腕を組んで、静かに頷いた。


 僕はやっぱり…と、確信する。


 時吉とこの世界で出会って、お互い初対面のはずなのに、何故か懐かしく感じていた。


 だが、まさか…本当に懐かしいが当たっていたとは…――。


 「俺の探していたものはお前だよ…和紗」


 そうして、先程とは違う親友に向ける優しい笑顔をこぼす。


 僕はその予想外もいいところの事実を受け入れようとするが、なかなかに難しいようだった。


 その証拠に己の腕で震える体を抱きしめている。


 目の前のものを拒むように、非力な自分を護るように――。


 僕は現世にいた頃の記憶をほとんど失くしている。


 家族が何人いたのかさえ、憶えてはいない。


 突然みんなの記憶からも、その世界自体から消えてしまった友達を、取り戻したいという思いがあまりにも強かったために時吉とこの世界とが繋がってしまった。


 そして、現世からかけ離れた世界に迷い込んできてしまうほどに大切で、大きかった存在は、この僕だった。


 忘れたことに対し、全てを諦めて何の感情も抱かなかった僕を必死に想ってくれていた人を、忘れていたのにどうしてそんな優しい目で見られるのか…解らない。


 そんな目で見られたら、どう応えたらいいか、解らない。


 そして、心は受け入れるのが、無理なことを知った。


 だって、僕はひどいことをしてしまった。


 決して、己の意思でここへ来ることを望んだわけではないけれど。


 たとえ、己の意思で忘却を選んだわけではなくても、僕は親友の心を傷つけた。


 「…ごめん。僕なにも憶えてないんだ…本当に」


 あからさま過ぎる態度を取り繕うように僕は、笑う。


 だが、それはかえって逆効果だったらしい。


 ぎこちない笑顔に時吉は悲しそうに顔をゆがめた。


 その顔に、そんな顔をさせてしまった張本人である僕も傷ついた。


 己を抱きしめる腕を解いて、だけど、それでは心許なかったので胸元をぎゅっとつかむ。


 「お前は、俺が嫌いか?」


 「…嫌い、ではない。けど、僕はお前を…」


 『傷つけた』


 その表情から逃げるために、僕は顔を俯かせる。


 「…なんだ?言ってみろよ」


 「……時は僕のことを友達と今も、そう思っているか?」


 「だから、ここまで来てしまったんだろ。その想いが悩みになってしまうほどに俺の中では、和は大切な…大切な友達なんだ」


 真摯な眼差しと、少し寂しげな表情に胸が痛んだが、それよりもはっきりと言い切ってくれる時吉を嬉しく思った。


 「そっか…ありがとうな。藤姫がここに来るまで、僕は鈴のことしか感じられなかったんだ。寂しいなんて、全然解らなくってさ…でも、藤姫が来てくれて僕のことを知ってくれて、嬉しかった。時が僕のことを大切な友達といってくれて、本当に嬉しい。でも、今の僕はこの世界から抜け出すすべを知らない。それでも…」


 時吉からそらしていた視線を、その人に合わせて言った。


 「時は僕のことを、憶えていてくれるか?ずっと、友達だと言ってくれるか?」


 「ああ。何度だって言ってやるよ。和紗は俺の親友だ。それはいくら時が流れようとも変わらない」


 「……お前は、いい奴だな…本当に。ごめんな。僕、そんな時のことも忘れてしまっていて」 


 本当悪いことしたなと、僕は悲しさから顔をまた歪めてしまう。


 時吉はすっと、その腕を伸ばして僕の頭の上に乗せると、くしゃくしゃとかき回した。


 僕はその行動に目を真ん丸くして、呆然と時吉を見た。


 その表情は困惑げだった。


 「…そーして、お前は自分を無意識のうちに追い込むんだな、今も。お前は俺に謝るようなことはしてないだろう?むしろ、俺が謝りたいくらいさ。せっかく会えたのに、またお別れだ」


 「…お前は諭しやか。お前がそう思ってないなら、僕もそう思わないでおく。これからはもう少し前向きになってみる。これでお別れだけど、絶対また会えるように頑張るよ、僕はこの真っ白な世界で。時は明るい世界で」


 「ああ。また会う日までの約束だ。いつか絶対、俺のいる世界に戻って来いよ!」


 「いつか、な」


 そう言って、僕と時吉はお互いを見て笑った。


 時吉の姿が徐々に薄く、空気に溶けていく。


 時吉の悩みが完全に解決されたからだ。


 ああ、もう戻ってしまうのか。


 せっかく会えたのにと、胸が痛んだ。


 だけど、このまま無理にこの世界にとどまらせてしまったら、その存在の全てが消えうせてしまうので仕方のないことだった。


 時吉は薄れていく自身に気づいたようだが、それでも構うことなく尚も笑っている。


 だから、僕も寂しさが表に滲み出ないように、精一杯笑った。


 時吉が完全にこの世界から帰っていったあとの僕に残ったのは少しの涙と、笑顔なのにどこか寂しそうな笑顔だった。


 「また、会える日までこの世界で生きよう。いつか絶対大切な親友に会うためにも」


 ――僕はここで頑張ろう。








 鈴の声が、また聞こえた。


 少しだけ、記憶が戻った僕に呼びかけている。


 僕の名を呼ぶ声が以前の切羽詰ったそれから、少し和らいだように聞こえる。


 鈴、僕は今も君の声には応えてあげられないけれど、時吉のおかげでやっとこの世界を快く受け入れられたんだ。


 いつかまた、君にも会えるといいな。


 だけれども、それまで君は僕の事をきっと必死に呼び続けるのだろう。


 もう、呼ばないほうが良い。


 いつまでもずっと呼んでいたら、君の声がかれちゃうから。


 呼ばないでよ、鈴。


 僕は君の声を聞いていると、とても悲しくさせられるんだよ。


 どうしてか分からないけれど、とても悲しい声だから。


 もう、呼ばないほうが良いって伝えられたらいいのに。


 伝えられない想いは募るばかりだ。


 どうすれば僕の声が君に届くのだろう。

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