時吉の悩み
「俺の、ここに来てしまった理由は…――」
深刻な顔つきで、時吉はやっと理由を話してくれる気になった。
僕は早く時吉を元の世界に帰すために、無言で先を促す。
時吉は両手のひらを拳に変えて、力いっぱい握り締めているようだった。
余り他の者に聞かれたくはなく、言いにくい悩み。
それ程に深刻だと見える時吉の悩みとは、一体どのようなものなのだろう。
「俺の悩みは…」
時吉が顔を俯かせる。
僕は焦れた思いを押さえるために、ごくりと息を飲んだ。
時吉がゆっくりと、口を開く。
この様子からして、今更になって、まだ決まりがつかないのか戸惑っている風に見受けられる。
時吉は何回か口を開閉した後、やがてのど奥に引っかかった言葉を紡ぎだした。
「誰も、多分俺以外憶えてはいないんだろうけど…俺の友達が、突然いなくなったんだ」
「友、だ…ち?」
僕が間の抜けた声で繰り返すと、時吉は頷いた。
僕は胡乱げな目で時吉を見る。
「それが、時の深刻な悩み…なのか?」
「ああ。そうだけど、なんだ?…その疑ったような目は」
なんというか…思ってたのと違って気を抜かれたというか。
「…いや。ちょっと予想外だったんだ。まさか時の悩みが、友達のことだったなんて」
僕は真顔で、正直に胸のうちを語った。
「時のことだからさ、どうせまたファンタジー世界にはどうしても行けないのか…とか辺りだと検討付けてたんだけど。そっか…違ったんだな」
すると、時吉は怪訝そうな顔をした。
僕は何だと、ただ首を傾げるだけ。
自分は何かおかしなことを言っただろうかとは、これっぽっちも思いはしない。
だから、尚更首をひねるだけだった。
時吉はそんな僕を一瞥すると、胸の前で腕を組み合わせて思案顔を作った。
「――和、お前なんでそんなこと知ってんだ?」
「え…?」
「俺、ここで初めてお前に会ったよな?」
「…うん。そう、だけど」
「なら、どうして和が俺の以前の悩み…というか願いを知ってるんだよ?」
――あ。
ファンタジーのところは否定しないんだね。
しかも、悩みじゃなくて、願望だったんだ…。
時吉のファンタジー好きはかなりの重症ものらしいことだけは、とりあえず分かった。
だが、それは分かっても、それ以外が――時吉の言っていることが、さっぱり理解できない。
「なんでって…それは、僕が……――あれ?」
僕はさも知ってて当たり前と弁解をしようとした。
だが、その声は途中から弱々しいものに変わり、最後には意味の分からぬままに消えていく。
「それは…なんだ?お前、何か知ってんのか?」
「いや…何も、知らないはず…なんだけどな――多分」
かなり曖昧に答える僕に時吉は更に、眉をひそめだした。
「記憶が、曖昧なのか…?」
「ああ。実はあんまり憶えてないんだよな、僕。まァ、そんなことより、君の悩みをどうにかすることを優先に僕はおかなければならない」
このままでは先程と同じように、時吉によって話を脱線されかねないので、僕が戻してみることにする。
「そうか。で、俺は悩みを言ったけれど、これから和はどうしてくれるんだよ?確か、ここに来た奴は悩みを全部置いていかなくちゃいけないんだよな」
「ああ。だけど、実は僕もどうすればいいかわかんないんだよねェ。だからさ、とりあえずってことになるんだけど、時の友達の名前教えてくれるか?」
「それなんだけど、俺そいつの名前覚えてないんだ」
「…どーして?」
悔しげに歪められていた顔が、いっそう深かめられる。
僕はただならぬ何か感じて、己の身を無意識に抱きしめた。
「誰も…友達がいなくなったことに気づいていない。誰も、その存在が始めからなかったかのように、気づかない」
心臓がドクンと、はねた。
「それ…て、もしかして世界に忘れられたとか…」
「そうかもしれないな…誰も何も言わないのが、覚えてないんだとすると…何かに巻き込まれたとかっ!?」
シリアスな雰囲気が、突然のファンタジー好きによってぶち壊しにされた。
「…ふざけるのも大概にしろよ」
僕はさすがにこの状況下にあるので時吉をキっと、睨むが、時吉はいまだおどけた様子で続けた。
「俺は、ふざけてないよ。だって、そういう可能性だってないとは言えないじゃないか。確かにそいつは俺の傍にいて、生きてたんだぜ?…なのに、突然みんなの記憶から消えたんだ。現に、和だって、突然この世界に来たって言ったじゃんか。記憶が曖昧で、俺とここで初対面なはずなのに、俺の願いを、俺の口から聞いたように知っていて…」
そこで、時吉は急に口をつぐんだ。
何か考えるような素振りをしばらく見せて、やがてハッと何かに気づき得心がいった風に瞠目すると、くしゃりと、寂しそうに笑った。
僕はまたまた意味が分からずに、時吉が結論をはじき出すのを待っているだけ。
だが、一向に話し出そうとする気配を見せない時吉に、僕はついに焦れて尋ねた。
「…続きは?お前、何かに気づいただろ」
僕は早く言えと、直接言葉にせずに視線で示す。
視線のメッセージを受け取った時吉は、
「ああ。まさか、迷い込んだ世界で本当に悩み解決になるとは…」
意味深な笑みとともに向けられた視線の先には、僕がいた――。